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第44話 ✧☃

 翌朝。アスタリアとルーカスは、朝一番でサーベルの執務室を訪れていた。


 その後、三人で馬を駆ってエスダロス方面へと向かう。やがて、国境の関所が視界に入ってきた。


 関所には幾台もの荷馬車がガタゴトと音を立てて行き交っていた。材木や丸いチーズを積んだ荷車がフラマリスへ向かい、反対側からは葡萄やごつごつした鉱石、オリーブオイルの樽が運ばれてくる。


 関所を抜け、しばらく進むと――視界が徐々に開け、少し銀色がかった、この地方特有の黄土と、なだらかな丘陵、そして乾いた緑の植生が広がった。



 風を切りながら、ふと(本当に違う国に来たんだな)と、すとんと腑に落ちた。


 アスタリアは、先頭を行く濡羽色に艶めく駿馬に跨るサーベルの背中にちらりと視線を投げた。


(そういえば、他国の人にまで手を差し伸べる。きっとエスダロスの平民を助けるために、自分から名乗り出たんだろう。サーベル、ちょっと可愛いじゃん。)



 サーベルは前方を見ていたが、思考は今朝の出来事へ向いていた。


 今朝。アスタリアはルーカスより少し早くここに来て、機嫌よく告げた。「ルーカスも調査に参加したいって――遠慮なく、何でも差し向けて、って。」


 その時、アスタリアは気づいていなかった。サーベルがほんの一瞬、目を見開き、微かな驚きの色を浮かべたことに。

 ――(遠慮なく、何でも差し向けて、って?)


 騎士の随行者であるアスタリアと、王家騎士団副団長であるルーカス――その身分の差は、あまりにも歴然だった。


 サーベルは薄々感じていた。


 アスタリアという人には、人を対等に見る感覚が備わっている。


 彼女は確かな能力と正義感を持つ人間だ。だがこの世界において、その在り方は一部の者の目には尊卑をわきまえない態度と映るだろう。

 ルーカス様は、決してそのような小人ではない。


 同時に、二人が加わってくれたことで、サーベルは胸の内でほっと息を吐いた。


 もう、芝居を打つ必要もない。

 今の最優先事項は、彼らにエスダロスの保安官を引き合わせ、これからの捜査計画を組み立てることだ。



 エスダロスの国境の町へと足を踏み入れた。二階建ての素朴な家々が目の前に広がっている。


 そこへ、月毛の馬に跨ったエスダロスの保安官――サーベルの協力者が近づいてきた。

 白いシャツに茶色のベストを合わせ、どこかカウボーイめいた装いだ。肩まで届く焦げ茶の髪は、きっちりと中央で分けられている。


「私はレベッカ。エスダロス辺境の町の保安官です。

 こちらはリリー、手伝いに来てくれた村人です。私と、そしてエスダロスの平民たちのためにわざわざ来てくださって、本当にありがとうございます」


 レベッカの隣に馬を寄せているのがリリーだ。顎のあたりまで伸びた葡萄紫の巻き髪に、薄く褐色を帯びた肌の女性。


「こちらはルーカス、そしてアスタリア。この件のために、私が連れてきた、心強い精鋭たちだ。」


 サーベルは、ルーカスの身分についてはあえて触れなかった。


「よろしく。」


 ルーカスは軽く頷いた。


 レベッカとリリーは一行を連れて領内を巡りながら、状況を説明していった。


「エスダロスはフラマリスと少し事情が違いましてね。私は地元の領主に属しています。領主様はこの件に人手を増やす気がないようなのですが、だからといって領主を飛び越えて王家に報告するわけにもいきませんし」


 前半を事務的な口調で言い切ると、レベッカはそれを冗談めかして付け足した。


「だから、もし真相が掴めなかったら、王家に報告して、そのまま逃げてしまうつもりだった」


「この町の周辺にはいくつか村もあります。行方不明になった子どもの中には、その村の子も含まれています。失踪場所に規則性はなく、時間帯はおおむね夕方。町や村の周辺で一人になった子どもが狙われています」


 レベッカは少し息をついて、話を続けた。


「目撃情報によると、日没の頃に一人、あるいは二人の人物が確認されています。人目を避けていた可能性が高く、よそ者のようです。馬に大きな布袋を積んでいたとのことでした。

 現時点では犯罪組織の可能性が高いと見ています。最近は邪教の動きも活発ですし、闇市の噂もあります」


(少し複雑な情報ね。)


「何か質問でも、必要なことでもあれば、遠慮なく言ってください」


「そのエスダロスの辺境領主は、普段から領地のことには無関心ですか?それとも今回の件だけですか。

 国境の関所は昼間しか通れませんよね。他の領主の地域でも、同じように失踪事件は起きていますか?」


 アスタリアは言葉を投げた。


「領主は、気にする時もあれば、まったく関与しない時もあります。何を考えているのかは、正直こちらにも読めません。

 関所は昼間しか通れませんが、夜でも林を通れば別の話です。

 他の領主の管轄地では、今のところ失踪事件は聞いていません」


「今のところの計画は、夕方から夜にかけて――馬を持ち、機動力と戦闘力のある者に、この一帯全域を巡回してもらう形です」


 レベッカはルーカスとアスタリアにこの土地の詳細な地図を手渡した。


「昼間は村人で組んでいますし、負担を減らすため、お三人の協力は夕方のみで構いません。さらに住民には、何かあれば夜間でも即座に報告するよう徹底してあります」



「ルーカス様、この作戦をどう思われますか。」


 サーベルはルーカスに視線を向ける。


 ルーカスは地図を見つめながら、わずかに思考を巡らせつつも、すぐに答えた。


「問題ない。合わせます。」


「アスタリア、担当したい区域は決まったか?」


 サーベルが続けて尋ねた。


「うん、国境線寄りと、エスダロス領主の城に近い村の周辺を担当したい。」


(エスダロス領主の城は町や村の外縁に位置している。つまり、この区域から外へ出るには、城の周辺を通るか、国境線を越えるかの二択になる。ここを押さえておけば、仮にリリーやレベッカが見逃しても、私が確実に(さえぎ)れる。)


「そんなに? 二つとも離れた区域か……」


 レベッカが少し目を丸くした。


「問題ない。対応できる。その辺りで巡回しているから、行き違っても気にするな。」



 アスタリアは、レベッカとサーベルを納得させるために、これ以上ないほど自信に満ちた表情を見せた。


 内心は別件で忙しい――


 ガーネット、あなたの馬力にかかってるよ。

 私が大見得切っちゃったんだから。

 残業代は弾むからね。

 ベリルは昼間、可愛い置物のように寝てるし。


 私が二つの区域を請け負ったのは、ガーネットなら問題なく回せるからだ。何より、どこで私の姿が消えようが、『あの人はもう一方の区域にいる』と勝手に納得してくれる。



「なら、私はアスタリアの担当区域の内側――エスダロス内陸寄りの一帯を受け持とう。」


 ルーカスは続けて言った。


(地形に不慣れな私たちには妥当だな)――アスタリアは即座に、ルーカスの意図にそう見当をつけた。


「それじゃあ、私は町の周囲を担当します。サーベル騎士は関所寄りを。リリーは葡萄畑のエリアを。あそこは地形が複雑で、リリーが一番詳しいです。

 これで、もし再び犯行があれば確実に押さえられます」


 視界の先、なだらかな山の斜面には、連なる葡萄畑が広がっていた。


「では手分けして動きましょう。何かあれば連絡を」


「了解。」


 アスタリアとルーカスが頷く。


 サーベルとレベッカは馬首を返し、別々の方向へと走り去っていった。


 アスタリアは手綱を軽く握り締める。

 ――脳内探偵劇場、開幕!


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