表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/44

第42話 ✧☃

「……実は、君とルーカス様も一緒に、このイノシシの肉でもてなす計画だったのだが……」


 サーベルの言葉に、微かな硬さが混じった。


 空気の中を、何かが流れた気がした。

 

 アスタリアの瞳が、きらりと輝いた。


「何かあるなら、遠慮なく言ってください。」


「――エスダロスでの、子供の連続行方不明事件だ。」


 サーベルは、凛とした張りを帯びた声音で続けた。


「ルーカス様がここへいらした表向きの目的は、私が報告した『エスダロス国境領主の不穏な動き』の調査。でも、本当の目的は別にある。

 王室に直接報告しても、『他国の内政問題』として処理されてしまいます。

 エスダロスの住民たちは自国の国境領主に訴え出たけれど、領主は『徹底的に調査する』と言うだけ、実際には完全に黙殺している状態。」


「容疑者は?調査はどこまで進んでいますか? 失踪した子は全員エスダロス国境の子供たち? 人数は?」


 アスタリアはすぐさま切り込んだ。


「容疑者も、遺体も、まだ見つかっていない。ただ、目撃者はいる。詳しい調査資料は私の執務室に。全員エスダロスの子供たち。8人です。」


 アスタリアはサーベルと視線を交わし、二人の間に無言の理解が流れた――自然と足は、サーベルの執務室へと向かっていた。


 ヨナはマイペースに自分の部屋へと歩き去っていった。



 2階の執務室へと続く廊下を歩きながら、アスタリアは口を開く。


「明日、サーベルはルーカス様と私を連れて、エスダロス領内へ調査に向かう予定でしたよね?」


「ええ。本来ならエスダロスの保安官を通じて、行方不明になった子供の両親たちにご協力いただきながら、ルーカス様へ直訴する一芝居を打ってもらうよう調整していたのだけど……」


「……直接彼に頼めばよくないですか?」


 アスタリアが率直に返した。


 サーベルは苦笑ともつかない、静かな笑みを浮かべた。


「隣国の内政が絡む以上、どうしてもデリケートな扱いになります。

 たとえその芝居を打ったとしても、ルーカス様が動いてくださらない可能性も、覚悟しています。」


(……なんだか、大変そうだな。)


「だったら、安心してください。そのお芝居、もう必要ない。――私がいれば、それで十分です。」


 アスタリアの迷いのない、確固たる声が、廊下の空気を通り抜けていった。


 その揺るぎない響きに、サーベルは思わずハッと息を呑み、驚きに瞳をわずかに見開いた。



 アスタリアは淡々と見積もっていく。


(小鳥たちに聞いて手がかりさえ見つかれば、犯人の居場所さえ突き止めれば……私が物理的に解決できない相手なんて、存在しないんだから。)


  「もし、ルーカス様が手を貸してくだされば、彼が持つリソースを動かせるのだけれど。」


 サーベルの声が和らぎ、落ち着いた調子で応じる。


「そうですか。じゃあ、私が彼に『エスダロス領内でそういう噂を聞いたから、一緒に調査に行きませんか?』って誘ってみます。」


 アスタリアは、さも今日のご飯のメニューを決めるかのような軽さで言い放った。


「それで彼が動いてくださる……?」


 その場に、にわかに静けさが落ちた。



 サーベルは意外そうな表情を浮かべた。


 ——アスタリアがただ者ではないのは分かっている。

 だが、相手は、あの王家騎士団の副団長であるルーカス様なのだ。


 もしかして、アスタリアはルーカス様が連れてきた、王家の権力中枢に関わる『秘密兵器』クラスの人物……?

 そもそもルーカス様自身もわずか18歳にしてあの地位に上り詰めた規格外の「奇人」なのだから。



 一方、そう問われて、アスタリアは改めて考え込んだ。


 今のは、直感のまま口にしてしまっただけだった。

 ルーカスとは、意識して距離を置いているつもりだった。

 あの酒場で熊肉を食べて以来、打ち解けたのかもしれない。

 でも、プライベートで友好的であることと、仕事の判断は別だ。


 なぜか、ルーカスなら聞いてくれる——自然にそんな気がした。

 あの人は、どこか自分と似た匂いがする。こういう理不尽な事態を、決して無関心で見過ごすような人間ではない。



 建物2階にあるサーベルの執務室は、窓から外の噴水小広場が見下ろせる部屋だった。


 書類が積まれた机と椅子の他に、情報を整理するための巨大で薄い木板が立てかけられている。そこには、行方不明事件の発生場所が記された何枚もの羊皮紙のスケッチが、いくつもの鉄鋲ピンで無骨に固定されていた。

 羊皮紙には子供たちの顔の似顔絵まで手書きで細かく記録されている。


(……前から、相当手をかけていたみたいだ。)


 サーベルが資料を広げると、アスタリアはそれらに凄まじい速度で目を通していった。


(――近くのイノシシが出る森も探索済み? 農地、放牧用の丘陵地帯、国境線の林、それに……向こう側のエスダロスのブドウ園も、か。)


 そんなことを思いながらも、アスタリアは手帳を取り出し、自分に必要な要点だけを的確に書き抜いていく。


 ひと通り確認を終え、執務室を出た。アスタリアは、森から噴水のある小広場へ戻らせておいた馬を、サーベルの厩舎に預けた。

 サーベルから貰った大きなイノシシの肉塊をしっかりと抱え、城を目指して、夜の闇へと足早で滑り出した。


(よし。明日も仕事だな。)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ