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隠《  》  作者: 相宮祐紀
紫陽花
5/6

5.紫 

 (おに)は、(あらわ)されることを求める。知覚もされずに隠れているが、暴き出されたいものなのだ。望み通りにしてやれば、満足するのか消え失せる。満足というより観念だろうか。だが(おに)の気分など知らないし、そもそも気分などあるかも知らない。

 ともかく顕術(けんじゅつ)で顕せば、半分は勝ったようなもの。ただし、顕術では討伐できない。範囲内では(おに)顕認(けんにん)でき、また範囲内のひとたちが(おに)の害を受けにくくなるが、(おに)を消滅させることはできない。顕したあとにやるべきは、「(かげ)」をまとわせた刀剣による、いわゆる物理攻撃である。内からのほうが早く済む。隠れることも隠すこともできない、内に直接触れるので。

 直接触れて、浸食する。そのためにやるべきことというのは、相手の(おに)の大きさにもよるが、こちらから内へ飛び込むことだ。内から、暴いてめちゃくちゃにする。真折(まさき)薫子(かおるこ)の言っていた、「あんなことやこんなこと」とはおそらくこれのことだろう。ひと月前も、等級一を相手にやった。そのあとごろから、(おに)をとらえづらくなってしまった。あのときも、いまも不可抗力だ。不可抗力だ。仕方なかった。

 足を捕らえた、力が弱まる。立っている場所が壊れ始める。パズルの世界が崩れるように、ぼろぼろばらばら瓦解していく。消え去っていく足もとに、地面のアスファルトが見えた。その上に立つ(はるか)の姿も、だんだんはっきり見えてくる。こちらを見あげて唖然としている。やはり、移動していない。

 目が合った、と思った瞬間、ふっと足場がなくなった。遥の前に着地して、すぐにうしろを振り向くと、高架下に詰まった(おに)はほとんどすべて消えかけていた。やがて、伸び縮みする紫もどきも、ぎざぎざの黄ばみも見えなくなった。甘ったるい腐臭も失せて、空気のぬめりも徐々にほどける。全身にまとわりついた、べちゃべちゃとしたいろいろも、あっさり風にさらわれていく。

 隠れていても、そこにいる。暴き出されると消え失せる。消滅。欠片ものこさない。いっそこちらがむなしいくらいに、最後のひとひらがきらめいている。見つめて、(しゅう)はそっと呟く。

紫陽花(あじさい)

 暴雨(はやさめ)を振って納める。なにも付着していないので本当は振る必要もないが、なんとなくいつもそうしてしまう。(おに)退治にしか興味ないのに────ふいに自分の矛盾を感じた。かちんと、暴雨が納まったとき、死んだ(おに)みたく霧散した。そしてその場は静まり返る。

 だれかが、だれかを呼ぶ声が、ずっと遠くで響くのを聞く。ごとん、がたんと頭上が揺らぎ、砂嵐に似た電車が去った。柊は首だけ振り向いた。

「終わった」

 短く告げると、みたいだね、と返事があった。さっきまで、げえげえと騒ぎ立てていたのに、低く落ち着いた声だった。指がぱちんと鳴らされる。顕術を解いたらしかった。

 柊は少し戸惑いながら、遥のほうへ身体を向けた。どうして少しも離れなかった。そうたずねようとして、出たのは別の問いだった。

「異常は」

「ないでしょ。見てただけだよ?」

 遥は、ひょいと肩をすくめる。

「自分の心配したらどうなの。まあ、なんともなさそうではあるけど」

 平坦な調子で言った。(おに)を顕したときと同じく、指を組み合わせ、ほどいては組む。隙間から柊を覗き見る。ちかりと、小さく光が散った。

「ふうむ。今回はなんともないね」

 (おに)の害は食われることだけではない。(おに)の持つ「隠影(おにかげ)」に触れることも、人間にとって害になる。「隠影」は(おに)の内側に多く、触れると「(かげ)」が減ってしまう。「影」が減りすぎると、ひとは消える。

 そして「影」の減少は、顕術を使わなければわからない。本人すら気づきにくいので危険だ。(おに)への攻撃を素手でせず、刀剣を使うことになっているのも負担を減らすためである。

 柊もすぐに顕術を使った。そして遥に歩み寄り、訝しげに眉を寄せる彼に、脈をとらせろと要請する。返事がないので手首を掴むと、はっとするほど細かった。細いだけでなく骨ばっており、折れるか透けるかしそうなくらいだ。思いがけないほど動揺しながら、なんとか鼓動を探り当てる。「影」が減ったとき特有の、微細な揺らぎは感じられない。だいじょうぶだ。離れようとしたとき、するりと手から手首が抜けた。

「なんなのきみ。なにすんのさ急に」

 呆れたような声だった。

「僕が顕術使ったんだから、きみは使わなくてもわかるだろ。こんな近くにいるんだし」

「あ……」

「あ、じゃないだろ。解くね」

 遥はぱちんと指を鳴らした。

「きみってずいぶん勝手なんだな。こんな、心配みたいなことして。僕の『影』なんて腐るほど湧くって、もう何回も言ったでしょ。『隠影』に触って減っちゃったって、あっという間に復活するんだ、だれかさんとかと違ってね」

「なに──」

「でもほんと、すぐ終わったね……もう気色わるすぎて、テンション乱高下だけど」

 遥は大きく伸びをした。勢いがよかったので、広すぎる袖がずり落ちて、細い腕が露わになった。

「……わわ」 

 いそいそと袖を戻し、指の先まで覆ってしまう。柊はなんとなく視線をそらした。

 「影」の力がとんでもない。離れなかった。細すぎた。なんなの。勝手だ。きみってさ。頭の中が震えている。

「顕認できた。ありがたかった」

 脈絡もなく伝えると、だろうね、と素っ気ない言葉が返った。そうかと思えばつぎの瞬間、ぐいっと距離が詰められる。

「ねえいま。いいもの見つけちゃった。ほら、あれ。あれ見てよ」

 弾んだ声で指差したのは、空っぽのトンネルの向こう側だった。

「自販機。僕、目がいいんだよね。ねえ、ありがたかったんならさ、奢ってよチョコ。あのチョコ奢って」

 思いきり目を細めて見ると、プロテインバーの自販機である。チョコレート味もあるらしい。確かに「チョコ」だが、少し違う気がする。それでも遥はご機嫌だった。おねだりするのがチョコレートって、かわいすぎない? かわいすぎ、とさえずるように言っている。見あげてくる目はきらきらしており、よく磨かれているのだと思った。 

「さっきの記録が終わってからな」

「やった、マジメくんの奢りだ!」

 喜んでいるのか、よくわからない。柊は小さくため息をついて、ジャケットの内ポケットから携帯端末を取りだした。私物ではなく任務用のものだ。

「あ、ねえ、きみってたぶんさ。自分の私物の携帯とかは、仕事中持たない派なんだろ」

 そんな派閥は知らなかったが、いつの間にか所属していたらしい。なぜかまた言い当てられてしまった。

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