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隠《  》  作者: 相宮祐紀
紫陽花
3/8

3.影 





** **





 真折(まさき)から任務の内容を聞き、(しゅう)御衣(みけし)(はるか)とともにさっそく事務所をあとにした。

 裏口を開けて路地を抜けると、レトロ調の商店街に出る。そこそこひとがおり賑わいがあり、どこかあたたかみを感じる通りだ。事務所を擁する低めのビルが、その一角を占めている。ビルの一番下の階はドラッグストアになっており、安売りのシャンプーや飴や歯磨き粉が、かごに詰められ外に出ていた。

 真折のグミと同じくらいに、鮮やかな色の看板の列が高いところからさげられている。古本屋も、コンビニも接骨院も、小洒落たカフェも一緒くた。看板だけでなく店自体も、雑多に横に並んでいるが、違和感もなく融和している。透明の屋根の向こうには、青空が遠く澄んでいた。

「きみさ。ちょっと思ったんだけど」

 横を歩く御衣遥が、ふいに声をかけてくる。顔を向けると、目が合った。頭ひとつぶんほど身長差がある。目を合わせようとするだけで、相手の首が痛そうだ。かと言って腰をかがめるのも、子ども扱いのようだから困る。

「ねえ、きみさ。思ったんだけど」

「はい」

 柊がやっと返事をすると、御衣遥は口を曲げた。

「んんむ、なんか、もういいや」

「気になります。教えてください」

「気になる? ほんとに? まあいっか。じゃあさ、まずは敬語やめない?」

 敬語、やめる。敬語やめる。頭の中で繰り返してみる。御衣遥は、長い睫毛をぱちぱちと上下させて続けた。

「僕、敬語とか使わない派だからさ、きみも気楽に喋っていいよ。というか、このままだとお堅いし。ひと月続くと窒息死する」

 ね、と覗き込んでくる。敬語使わない派閥など知らない。だが柊はすぐにうなずいた。

「わかりました。ではそうしましょう」

「いいね。ところできみ、僕のこと、なんて呼ぶつもりとかある?」

 質問の直後、攻めてくる。

「あ、名字のほうは駄目だよ。嫌いなんだ弱そうだから。うん、遥かな。遥でいいよ。きみのことは、まあてきとうに呼ぶね」

 ぶかぶかの袖と裾を揺らして、非常に自由勝手気ままだ。けれども、動じるほどではない。遥と名前を呼ぶことも、本人の希望なら抵抗はない。柊はまたうなずいた。

「わかった」

 ちらりと視線を送ってみると、思いのほか真っ直ぐ目が合った。やはり遥は首が痛そうだが。そして、なにやら不満げな様子だ。

「どうした……遥」

「わ、あっさり。きみってやっぱり、きみってさあ……」

 遥はふいと前を向く。

「ほんと、(おに)退治にしか興味ないんだね」

 放り出すような言い方をする。柊も前方に注意を向けた。遥や、真折の指摘する通りだ。おそらく自分は本当に、「(おに)退治にしか興味ない」。いま横にいる人物が、自分を褒めようと貶そうと、指の先すら動かない。だが、いまはこの人物の協力がなければ、(おに)の討伐が難しい。

「遥」

「なによ」

「さっき言いかけたことはなんだった」

「えっ?」

「『きみさ。ちょっと思ったんだけど』」

「ええ……っと、そんなこと言ったっけ、言ったか」

 いったん、立ちどまる。散歩中の白いチワワにじゃれつかれそうになっていた。謝る飼い主に会釈してから、柊はふたたび歩きだす。

「さっき言いかけたことは、なんだった」

「なんか、『何事もなかったように』のお手本だね……。じゃあ聞かせてもらうけど……、きみっていつも、そんな格好してるの?」

 柊は自分の服を確かめた。スーツに革の靴を履き、鞘袋を背負っている。全身黒づくめではあるが、袋の中身は刀であって(おに)を討伐する武器だ。(おに)と戦う隊士なら、みんな持っていなければならない。スーツも、隊で揃いのものだ。そんな格好、とからかいを含んで言う、そのように評される筋合いはない。

「それってさあ、制服だよね。一応持たされるけど、だれも着てないやつ。そんなので動きづらくないの?」

「動きやすい素材でできてる。通気性もいい」

「ははあ。そうかい」

 スーツよりも遥のだぼだぼの服のほうが、よほど動きにくそうに見える。それに、同じ形のスーツを着ていると便利なことがひとつあるのだ。連絡用の無線機や、イヤホンやマイクなどを、どこにつけるかしまうかについて、いちいち迷う必要がない。

「無線機つけるのに便利とか言う?」

 鋭い指摘にぎょっとする。遥は、にやりと片頬で笑った。

「イヤホン触ってたから、そうかなって。いまの反応だとビンゴだね。案外わかりやすいのかな、きみ」

 この人物は、なんなのか。洞察力に優れているのだろうか。唖然として眺めていると、ひょいっと軽く肩をすくめた。

「僕はてきとーにつけてるけどね。きみって見た目重視なのか、見た目なんかどうでもいいのか、どーでもいいって感じがするね。それしか服持ってないとかでしょ、まあ、似合ってるんだけどさあ」

 あたらずとも遠からずな、失礼そうなことを述べると、遥はすいと手を伸ばしてくる。

「あとはそのスーツ着てたらさ。なんか安心と信頼の、顕影隊士(けんえいたいし)って感じがするよね」

 遥の白い指先が、背負った刀に触れるのがわかる。拒絶するようなことではないが、なんとなく薄寒くなる。ごまかすように呟いてみる。

「安心も、信頼もないだろ」

 そーだね、と遥はかろやかにこたえた。

「顕影隊に入った時点で、(おに)さんと似たようなもんだからねー」

 遥の言葉は間違っていない。顕影隊の活動は、一般には知られていない。(おに)の存在もまた同じだ。

 扇港(おうぎみなと)顕影隊二の隊の事務所は、知覚されない(おに)と違ってそこにあることは認識されるが、気に留められることはない。いったいなんのためにあるのか、正体を知っているひとも、知ろうとしているひともいない。みずから特定のなにかであると標榜しているわけでもない。顕影隊士も似たようなもの。細長い刀らしきものを持ち日に日に歩き回っていても、だれにも怪しまれることがない。(おに)と毎日関わっていると、存在が薄くなるのだった。討伐に好都合である。

「でもさあ、たまに思わない?」

 遥は大きく手を振って歩く。この小柄な人物と、歩調を合わせることに疲れてきたのに。足が重くなり先に行けない。

「みんな、ちょっと気の毒だなって。目の前にバケモノが急に湧くかもしれないし、食べられちゃうかもしれないのに、全然なんにも知らないからさ。食べられたって、わかってないよ」

「不謹慎だぞ」

「言い方はね」

 遥は悪びれもしなかった。確かに、言う通りではあるので、柊は口をつぐむことにした。遥は軽く片目を瞑る。

「知らないってのはほんとでしょ」

 一般には知られていないが、顕影隊は一応、国の組織だ。大昔からそうらしい。国民の大半のあずかり知らない予算がつけられ、全国規模で活動している。政府に監督されながらも、基本は独立した組織であって、古い名家のいくつかが運営を担っている。御衣家はそのひとつである。

 柊は、名家の出身ではない。顕影隊に入るとき、いろいろなものを捨ててきた。いまはひとりで暮らしている。後悔したことは一度もない。でも、こちら側に来てしまうひとをできる限りに減らしたい。人員不足は知っている。それでも、焦がれるほど願う。

「閑話休題。マジメくん」

 急に話を区切ったと思えば、遥は珍妙な呼び方をした。

「ねえマジメくん、なんだっけ」

「なにが」

「任務の内容だよ」

 けだるげな声で遥は言った。柊は静かに拳を握る。

「ゴミを吸う(おに)がいるかもしれない」

 (おに)を討伐するためには、まず見つけ出さなければならない。そのために顕影隊の隊士は、日々巡回をおこなっている。管轄する地域内の、(おに)の出やすい場所に番号を振り、そこを中心に回るのだ。加えてSNSからも、(おに)に関わりそうな情報を得ている。いわゆる一般のひとたちは、(おに)を知覚することはないが気配を察する場合はあるので、関連する投稿がまれに見られる。さらにもうひとつの情報源は、隊長の真折が創設した「顕影探偵事務所」なる架空組織へのメッセージである。

 今回はSNSかららしい。とある高架下のトンネルに向かって、空き缶やビニールが吸い込まれていく。風なのだろうがやや不自然。そういう投稿があったようだ。あ、そうだった、と遥は笑う。

「けど、全然話題にもなってないでしょ。暇なひとがふざけたんじゃないの、残念ながらうけてないけどね」

「そうとも限らないから行くんだ」

「んー、そーなんだけどさあ……、ねえ。さっき聞いたばっかりなのに、もう忘れたのかとか思った? だめだ、全然思ってないよね」

「ゴミを吸う(おに)を討伐するぞ」

「あー、はいはい。いらっしゃったらね。でもゴミを吸う(おに)さんってさ、掃除機みたいで面白いじゃん。ほっときゃいいのにトーバツしちゃうの」

「いつひとを襲うかわからないだろ」

「冗談通じないなあ、まったく」

 遥がため息をついた。長いアーケードがもうすぐ途切れる。

「確かにきみの言う通り、いつひとが吸われるかわかんないからね。掃除機オニのトーバツだぁ」

 わざとらしく間抜けな声を発する。ふよふよと前髪を遊ばせ、泳ぐように歩いているかと思えば、急に顔をあげてきて言った。

「そういえば、きみの討伐成績? って、顕影隊全体でもトップクラスらしいね。真折隊長さん言ってたよ。(おに)さんちゃんと顕認(けんにん)できたら、退治もさぞはかどるんだろうね」

「そうだ」

 なぜかつまらなさそうな遥に、柊は短い言葉を返した。討伐成績云々はともかく、後半についてはその通りだ。アーケードを抜けてしまうと、ゆるゆるとくだり坂が始まる。

「今日から、全開でいけるよね。きみってなんかイノシシっぽいし、止めても聞かないんだろーなあ。真折隊長さんの差配、お見事?」

 遥は急に駆け足になり、柊よりも前に飛び出した。柊は、軽く握った拳におぼえず力をこめていた。

「本当に、全開でやれる」

「でしょうな」

「だから、遥」

「なーによぉ」

 ざわり、風とすれ違う。遥の髪と袖が広がる。足もとを這ったビニール袋が、ずっとうしろへ飛ばされていく。柊は小さな背中に言った。

「改めて、よろしく頼む」

「『(かげ)』が、復活するまでねー」

「それまで頼む。世話になる」

 なぁんか、かっこつけちゃってさ。ため息交じりに呟いた遥は、ふわりと澄んだ空を仰いだ。

「んー、まーかしといてほしい」

 一瞬、濃密な「影」が揺らいだ。

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