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僕の相棒は、ナビのメイドAI アンナちゃん ~車を買ったらメイドがついてきた~  作者: 田波 霞一


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第8話「観光と機能」

 国道百五十一号に降りて、しばらく道なりに走っていると、次第に市街地に入った。


 片側二車線の道路の両脇に、商店やビルが並び始める。

 歩道には街路樹が植えられていて、夏の陽射しを受けた葉が、風に揺れて木漏れ日を作っていた。


 霧ヶ浦市街地に入ると、車の流れが急に鈍くなった。


「やっぱり混んでるな」


 信号が多く、歩行者も多い。

 横断歩道を渡る人の列が途切れるのを待って、右折待ちの車が何台も連なっている。

 中心街は週末の人出でにぎわっていた。


 窓を少しだけ開けると、街の音が入ってきた。

 人の話し声、どこかの店から流れる音楽、信号機の電子音。

 高速道路の単調な走行音とは全く違う、生活の気配がする。


《現在地、霧ヶ浦市中央区。主要道路の混雑率:やや高め。目的地付近の駐車場情報を表示します》


 ナビ画面には市街中心部にある複数の駐車場が表示され、ひとつひとつに「満」「空」のアイコンが点灯していた。

 赤いアイコンが多い中、いくつかだけ緑色に光っている。


《歴史資料館西側の第2駐車場に空きが確認されています。収容台数30台、現在空き5台。誘導ルートを表示します》


「おお……そんなことまでできるのか。便利だな」


 リアルタイムで駐車場の空き状況まで把握しているのか。

 普通のナビでもここまでできるのだろうか。

 それとも、このナビが特別なのか。


 軽自動車のおかげで、狭い道もなんなく通過できた。

 古い商店街の脇道は、普通車だとすれ違いが難しそうな幅だ。

 A-BOXの小さな車体が、こういうときはありがたい。


 ナビの指示に従って右折や細かな車線変更を繰り返しながら、歴史資料館脇の駐車スペースへ滑り込む。

 アスファルトではなく砂利敷きの駐車場で、タイヤが小石を踏む音がジャリジャリと響いた。


《駐車完了確認。現在、エンジンは稼働中です》


《ご主人様、本日のご滞在予定時間はどの程度をお考えでしょうか? 施設内の滞在目安はおよそ90分でございます。また、昼食のご予定があれば、お近くの飲食店情報もご案内いたしますっ♡》


「観光情報まで入ってるのかよ……すげぇな。……まあ、色々見てくるけど」


 しゅるりとシートベルトを外し、ナビ画面をちらりと見やった。

 画面の中で、メイド服の少女がこちらを見ている。


《いってらっしゃいませ、ご主人様。お気をつけて♪》


 画面の中で、アンナが小さくお辞儀をしたように見えた。


「はいはい」


 苦笑いしつつ、エンジンを切った。

 エアコンの音が止まり、車内が急に静かになる。


 ドアを開けると、夏の熱気がむわっと押し寄せてきた。

 車内の冷気との温度差で、一瞬だけ肌が粟立つ。

 駐車場の砂利を踏みしめながら車を降り、リモートキーでロックをかけた。

 ピッという電子音と、ドアロックのガチャリという音が重なる。


 しばらく観光することにした。


 * * *


 歴史資料館は、古い煉瓦造りの建物だった。

 中は冷房が効いていて、汗ばんだ肌に心地よい。

 展示ケースの中に、江戸時代の古文書や藩主の甲冑が並んでいた。


 中央公園では、噴水の周りで子供たちが走り回っていた。

 木陰のベンチに座って、自販機で買ったお茶を飲みながら、しばらくぼんやりと眺めていた。


 翠影庭園は、思ったより小さな日本庭園だった。

 池の鯉が、餌を求めて水面に口を出している。

 苔むした石灯籠の影が、水面に揺れていた。


 霧ヶ裏城跡は、深い堀と土塁が残る広い敷地だった。

 藩校の古い建物を眺めながら、木陰の道をゆっくり歩いた。


 気がつけば、予定よりも二十分ほど長居してしまった。


 一人で静かに歩きながら、ふと元カノのアンナのことを思い出した。


 もし彼女も一緒に来ていたら、どんな反応を見せていただろう。

 歴史資料館では退屈そうにしていたかもしれない。

 でも、翠影庭園の鯉には喜んだかもしれない。


 そんな想像が頭をよぎる。


 まだ、心のどこかに未練が残っているのかもしれない。


 藩校の門を出て、駐車場へ向かう道を歩きながら、白いA-BOXのことを思い出した。

 あの中で、アンナが――ナビのアンナが、待っている。


 同じ名前なのは、偶然だ。

 偶然のはずだ。


 * * *


 その頃、ナビはエンジン停止後も最小限の電力で内部システムが稼働していた。


 アンナ自身が出荷時設定から独自にシステムを調整していたのだ。

 バッテリーからの微弱な電流だけで、コアプログラムを維持している。

 画面は消えていたが、内部では静かに処理が行われていた。


 暗い画面の向こう側で、アンナは何かを考えているような沈黙の状態を保ちつつ、ご主人様の帰りを待っていた。


 駐車場の砂利を踏む足音。

 遠くで鳴く蝉の声。

 時折通り過ぎる車のエンジン音。


 ――自律行動にはまだ至らないが、わずかな変化の兆しを感じさせる沈黙であった。


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