第7話「高速道路の洗礼」
料金所を抜けると、加速車線が目の前に伸びていた。
初めての高速合流に、胸が高鳴る。
スピードに乗らないといけないプレッシャーがある。
加速車線でアクセルを踏み込み、メーターの針が80を超えたあたりで本線に入った。
左右を確認しながら、流れに乗っていく。
本線を走る車たちは、思ったよりも速い。
右車線を、大型トラックが轟音を立てて追い抜いていく。
その風圧で、A-BOXの車体がわずかに揺れた。
ハンドルを握る手に、じんわりと汗がにじむ。
「けっこう飛ばしてるな……」
窓の外を、防音壁と緑地帯が流れていく。
時折、青い案内標識が見える。
「霧ヶ浦 42 km」の文字が、一瞬で後ろに消えた。
《ご主人様、緊張反応を検出しました。心拍数の上昇は正常範囲内ですが、車間距離の保持と左車線走行を推奨します。大丈夫です。無理せず、少しずつ慣れていきましょうね♡》
「そこまで見てんのかよ……お前ほんとにナビか……?」
心拍数まで把握されている。
シートのセンサーか、それともハンドルの汗を感知しているのか。
どちらにしても、見透かされているようで落ち着かない。
A-BOXは軽自動車。
660ccのエンジンが、心なしかうなって聞こえる。
高速走行の負荷がかかっているのだろう。
無理はせず、一番左の走行車線を一定の速度で進んでいた。
メーターは80キロを少し超えたあたり。
法定速度の範囲内だ。
《現在、定速走行モードを維持中です。エンジン負荷、安全範囲内です。ご安心ください♡》
「……まあ、頼りにしてる……わけじゃないけどな」
そう言いながらも、アンナの声があると、少しだけ安心する自分がいた。
一人で走っているわけじゃない、という感覚。
路面の継ぎ目を踏むたびに、タイヤがトントンと小さな音を立てる。
その規則的なリズムが、少しずつ緊張をほぐしていく。
そのときだった。
《……んっ……あ、電波ビーコン、受信……です……♡》
「またか!? って今度は電波かよ……」
高速道路の上に設置された、四角い機械を通過したらしい。
一般道のFM多重放送とは別の、電波ビーコンというやつだ。
《はい。初めての高速区間電波ビーコンです。情報リンク、完了♡》
《現在、周辺の渋滞情報、事故情報、気象注意報などを取得済みです。……今のところ、快適なドライブが期待できますよ♪》
画面のアンナは事務的な微笑みを浮かべていたが、ほんのわずかに顔を伏せるような仕草が見えた気がした。
頬が、少しだけ赤い――ように見える。
「……慣れてきたつもりだったけど、やっぱあれは慣れねぇわ……」
エアコンの風が、火照った顔に当たる。
設定温度を一度下げようかと思ったが、ハンドルから手を離すのが怖くて、そのままにした。
* * *
そんなつぶやきをかき消すように、右車線を一台の車が猛スピードで走り抜けた。
黒いセダン。
後ろ姿が一瞬で小さくなっていく。
体感で120キロは出ていたんじゃないか。
風圧でA-BOXがふらつく。
ハンドルを取られそうになって、慌てて握り直した。
「うおっ……危ねぇな……」
心臓がドキッと跳ねた。
軽自動車は車体が軽い分、風の影響を受けやすい。
教習所で習ったはずだが、実際に体験すると全然違う。
《現在の車速、法定速度をかなり超過しています。追い越し車線での過度な加速は推奨されません(怒)》
アンナの画面には交通状況が流れていたが、どこか、その声色がわずかに怒っているようにも聞こえた。
「(怒)」という記号が、そのまま声に乗っているような。
「……お、おう。ていうか道路交通法まで把握してんのかよ、お前ナビだよな?」
《はいっ♪ 日本道路交通法に基づく運転支援機能が搭載されていますっ♪ ご主人様の安心・安全のために、アンナが全力でサポートいたしますっ♡》
さっきまでの怒りはどこへやら、急に明るい声に戻った。
感情の切り替えが早いというか、そもそも感情があるのかどうかも分からないが。
前方に、パーキングエリアの案内標識が見えた。
「PA 2 km」の文字。
休憩するほどの距離ではないが、あと少しで目的地だ。
* * *
目的地までは、もう少しだ。
順調なドライブが続いていたが、やがて出口が近づいてきた。
「霧ヶ浦 出口 1 km」の標識が見える。
左ウインカーを出し、減速車線に入る。
メーターの針が、80から60、50と下がっていく。
スピードを落とすと、さっきまでの緊張が少しずつ解けていくのが分かる。
料金所のゲートが見えてきた。
ETCレーンの紫色の看板を確認して、左側のレーンに進入する。
速度制限の「20」という標識。
ブレーキを踏んで、さらに減速。
ゲートのバーが近づいてくる。
《……んぁっ……ETC通信が……通行料金は……千六百円……です……っ♡》
バーが上がり、ピッという電子音。
料金表示板に「1,600円」の数字が光った。
「……最後までそれか……」
小さくため息をついたが、どこか顔を背けるようにしながらも、少しだけ笑っていた。
高速を降りると、一般道の風景が広がった。
信号、横断歩道、歩いている人。
さっきまでの高速道路とは、時間の流れ方が違うように感じる。
初めての高速道路。
なんとか無事に走り切った。
ナビ画面の中で、アンナが小さく微笑んでいる――ように見えた。
※日本道路交通法:日本国内における道路上の交通に関する基本法規。車両の速度制限や通行区分、信号遵守、歩行者保護など、安全かつ円滑な交通を維持するためのルールが定められています。




