第26話「秘密基地と、AIの回路」
コスモス畑へのドライブから、数日が過ぎた。
すっかり秋めいて、夜が長くなったのを感じる。
大学から帰宅し、部屋の片付けをしていると、隅の方に見慣れない箱が一つ。
なんだっけ、これ……?
手に取って、思い出した。
そうだ、電子工作キットだ。
買ったのは、あの台風の日。
アンナの警告を無視して大学の購買に寄り道したせいで、とんでもない嵐に巻き込まれた、あの悲惨な一日。
買ったことすら、すっかり忘れていた。
「……秋の夜長に、車の中で勉強したりするのもいいよな」
思い立ったら吉日。
俺は部屋の隅に積まれたダンボール箱をごそごそと漁り始めた。
出てきたのは、年季の入った工具箱。
大学の実験や趣味で買い揃えた、俺の相棒たちだ。
パチン、と留め具を外して蓋を開ける。
ハンダごて、ニッパー、テスター……うん、必要なものは一通り揃っているな。
「よし、週末にでもやるか」
* * *
そして、週末の夜。
俺は工具箱とキットを抱えて、アパートの駐車場へと向かった。
A-BOXのドアを開けると、ナビ画面のアンナがぱちくりと目を瞬かせる。
《ご主人様? そのようなものを抱えて、いったい何を始められるのですか?》
キョトンとした顔で、アンナが小首を傾げる。
「ふっふっふ、見てろよアンナ。今からこのA-BOXを、俺たちの秘密基地に改造してやる」
俺はそう言って、ドアを開け放ち、作業に没頭し始めた。
カチリ、と小さなスイッチを入れる。
ヘッドライト型の小型LED照明が、手元を煌々と照らし出した。
これがないと、夜の作業は始まらない。
「んー、このコンデンサの容量、設計図通りでいいのか……?」
キットは汎用品だ。
A-BOXの電圧変動を考えると、少し不安が残る。
俺がハンダごてを片手に唸っていると、ナビ画面のアンナが、ぱっと回路図を表示した。
《ご主人様、A-BOXの電圧変動を考慮しますと、推奨値より15%ほどマージンを持たせた方が安定しますわ! こちらのコンデンサをご提案します!》
画面には、具体的な部品の型番まで表示されている。
「お、サンキュ! さすが俺の相棒!」
《えへへっ、お任せくださいませ♡》
アンナの的確なアシストを受けながら、作業は順調に進んでいく。
いよいよ、最後の電源取り出しの段階になった。
「さて、と。電源はヒューズボックスから取るか……」
俺は運転席の足元に屈み込み、ヒューズボックスのカバーを外した。
ずらりと並んだ色とりどりのヒューズ。
「えーっと、アクセサリー電源は、どれだったかな……」
《お待ちください、ご主人様! A-BOXのヒューズボックス配置図を表示しますわ♡》
アンナの声と同時に、ナビ画面に詳細な図面が映し出される。
《こちらの15アンペアの低背ヒューズがアクセサリー電源です。キーがオンの時だけ通電しますので、バッテリー上がりの心配もございません♪》
「うお、マジか! そんなデータまで持ってんのかよ!」
俺は驚きながらも、アンナが指し示したヒューズを抜き、買っておいた電源取り出しヒューズと差し替える。
配線を内張の裏に隠しながら、スイッチを手元まで引き回す。
その細かい作業で、自然と俺の顔はアンナのナビ画面にぐっと近づいていた。
《ひゃっ……!? ご、ご主人様、そ、そんなに近づかれると……私の演算回路が、ショートしてしまいます……///》
画面の中のアンナが、顔を真っ赤にしてあたふたしている。
「バカ、お前の画面が一番明るくて見やすいんだよ!」
《(ご主人様の心拍数、急上昇……!? ま、まさか、ご主人様も、ドキドキしてらっしゃるの……? いえ、そんなはずは……でも……!)》
画面の中のアンナは、さらに顔を赤くしてもじもじしている。
その吐息が、すぐそこで聞こえるような気がした。
* * *
そして、ついにその時が来た。
俺は一度、運転席に座り直し、キーをアクセサリーの位置まで回す。
カチリ、と小さな音を立てて、車内に電気が流れた。
ごくりと唾を飲み込み、俺は、自作のスイッチを、ゆっくりとオンにする。
ふわり。
A-BOXの車内が、暖色系の優しい光に包まれた。
まるで、小さな書斎のようだ。
「……いいじゃん、これ。最高の出来だ」
俺は運転席のシートに深く体を沈め、満足げに呟いた。
自分と、相棒とで作り上げた、二人だけの秘密基地。
《はいっ! これで、どんな秋の夜長も、ご主人様と一緒ですわね♡》
ナビ画面の中で、アンナが最高の笑顔を見せる。
その暖色の光が、なんだか妙にピンクっぽく見えてしまうのは、きっと気のせいだ。
「……お前がいると、ムードが出すぎるな……。あ、いや、なんでもない」
俺は慌てて付け足した。
こいつといると、どうも調子が狂う。
《ご主人様、早速、この新しい照明を試しに、どこかへドライブに出かけませんか?》
「それもいいな」
俺は、完成したばかりの秘密基地を見回しながら、にやりと笑った。
「ちょうど大学のレポートで、星空の観察をしなきゃいけなかった」
《まあ! それでしたら、夜のドライブですわね!》
アンナが嬉しそうに声を弾ませる。
「おう。……まあ、運転中はさすがにこの照明、消すけどな」
俺が釘を刺すように言うと、アンナはきりっとした表情で敬礼した。
《もちろんですわ、ご主人様! 安全第一ですもの!》
こうして、俺たちの新しい冒険が、また始まろうとしていた。
優しい光に照らされた、二人だけの秘密基地から――




