第19話「アンナ解剖される!?」
あの日のオーバーヒート騒動から数日後。
予約していたディーラーでの修理日がやってきた。
朝一番でディーラーに向かった。
ガラス張りのショールームには、新型車が何台か展示されている。
入口の自動ドアをくぐると、冷房の効いた空気が心地よかった。
車を停める直前、ナビに念押しするように言った。
「いいか、アンナ。今日は絶対に声を出すなよ? 何があってもだ」
《承知しました。ご主人様》
ナビの表示は即座に標準モードへと切り替わり、あたかも何もないような表情を取り繕っていた。
A-BOXは応急処置により自走可能となっていたが、念のため慎重を期して、信頼できるメーカー系ディーラーに車を持ち込んだ。
冷却系統の異常があった以上、本格的な修理が必要だった。
受付で症状を伝えると、整備士が車内に乗り込み、ナビ画面の点検用インターフェースを起動した。
《点検モード起動(ご主人様、私は静かにしておりますので……お気になさらず)》
整備士が操作を進める中、画面上の一部に指が触れた。
《……んあっ♡》
ごく微かに漏れた吐息のような音が車内に響いた。
整備士は「ん?」と手を止め、ナビ画面をしばし見つめたが、特に異常は見つからなかったのか、何事もなかったように点検を再開した。
ナビシステム内部のアンナは涼しい表情を保っていたが、その胸元にはしっとりと汗が浮かび、思わず隠すように腕を添えていた。
《(……いけませんわ……どうしても体が反応してしまいますの……)》
* * *
修理には2時間ほどかかるとのことで、代車を借りていったん外出することにした。
代車は白い軽自動車だった。
シートに座ると、A-BOXとは微妙に違う感覚がある。
ハンドルの太さ、アクセルの踏み心地、シートの硬さ。
どれも悪くはないけど、なんとなく落ち着かない。
エンジンをかけると、ナビが起動した。
女性の声で「目的地を設定してください」と流れる。
聞き慣れない声だ。
(……なんか、違うな)
近くのショッピングモールまで走って、日用品を少し買い足した。
フードコートでコーヒーを飲みながら、スマホをいじって時間を潰す。
ディーラーの待合室で待っていてもよかったけど、なんとなく落ち着かなかった。
* * *
《(……っ!? ま、まさか……あの代車のナビ、女の声でしたわ……!? ご主人様があんなのに乗るなんて……だ、ダメですわ、ご主人様! ナビが違っても浮気は浮気です!)》
アンナは点検モードのまま声を出すことなく、ナビシステムの深部で一人、誤解と思い込みに悶えていた。
* * *
――2時間後。修理完了の連絡を受けて、ディーラーへ戻ってきた。
駐車場にA-BOXが停まっているのが見えた。
ボンネットは閉じられていて、外から見る限りは何事もなかったかのようだ。
受付で名前を告げると、担当者が案内してくれた。
「ラジエーターホースに劣化がありましたので交換を行いました。冷却水は全量交換済みです。今回は税込みで15,000円になります」
「ありがとうございます。助かりました」
「……あの、ところでですね」
担当者が言いづらそうに言葉を継いだ。
「点検中、ナビから……ちょっと変な音がしたと整備士から報告がありまして」
「へ、変な音……ですか?」
思わず目を泳がせながら、しどろもどろに応じた。
「ま、まあ……異音か何かですかね? たぶん熱の影響で誤作動か何か……はは……」
支払いとお礼を済ませ、再びA-BOXへと戻った。
運転席に乗り込むと、代車とは違う、慣れたシートの感触があった。
ハンドルを握ると、しっくりくる。
やっぱりこっちの方が落ち着く。
ナビ画面のアンナが静かに目を開けた。
《正常に稼働しています……これでまた、安全にドライブできますね、ご主人様》
「……点検中、反応すんなって言ったよな」
《あれは……反射ですから》
「そんな反射いらんわ」
《でも……ちょっとだけ楽しかったです♡》
「楽しかったってなんだよ」
《ホースの交換だけなのに……まるで体をバラバラにされて、いろんなところを……もてあそばれた気分でしたわ……///》
「AIのくせに妙な感想言うな」
アンナは涼しげな顔でにっこりと微笑んだ。
その表情は、まるで人間の女の子のように見えた。
《それと……代車のナビ、女性の声でしたわね……ふふ、ご主人様は"女声ナビ"がお好きなんですね?》
「違うってば! それしかなかっただけだろ!」
《でも……少し妬いちゃいましたわ》
「AIが焼きもち焼くな!」
《ふふっ……だって、私はご主人様専属ですもの》




