第14話「洗車場で進化する」
郊外にあるセルフ洗車場「カーウォッシュ青並」に向かった。
空はどこまでも澄み切っていた。
雲ひとつない青空。
照りつける日差し。
まさに――洗車日和だった。
広めの敷地に複数の洗車ブースが並び、休日の朝とあって、既に何台かが並んでいる。
隣のブースでは、白いミニバンを洗っている親子連れがいた。
父親がホースを持ち、小学生くらいの男の子がスポンジで一生懸命ボディをこすっている。
その向こうのブースからは、高圧洗浄機のゴォォォという音が響いていた。
軽自動車「A-BOX」を指定スペースに停め、財布から500円玉を取り出すと、洗車機のコイン投入口に滑り込ませた。
――ガチャン。ウィーン……。
まずは高圧水洗浄。
ノズルを握ると、勢いよく水が噴射された。
砂や汚れを予洗いで落としていく。
ボディにあたる水音と、跳ね返るしぶき。
足元のコンクリートに水たまりができて、サンダルの先が濡れた。
久々の水浴びに、A-BOXも嬉しそうに見えるから不思議だ。
日差しは強いが、水しぶきが涼しい。
夏の洗車は、これがあるから悪くない。
次に、カーシャンプーモードに切り替え。
ノズルの先から、白く泡立ったシャンプーが勢いよく飛び出し、車体を優しく包み込んでいく。
甘いような、石鹸のような匂いが鼻に届いた。
エンジンは停止している。
通常であれば――アンナは起動していない。
だが。
《…………》
ナビ画面の隅で、うっすらとアンナの輪郭が現れていた。
明滅する表示、低出力の状態で、目だけがこちらをじっと見つめている。
(あれ、前はこんな動きなかったよな……?)
あのときは、ナビは停止してて、ただ沈黙していた。
だが、今は違う。
《……ご主人様、外……気持ちよさそうです……♡》
「へっ……? おい、エンジン切ってるのに……喋った!?」
窓越しに、アンナの顔が見える。
目の部分だけ軽く瞬き、口元がわずかに動いた。
《ちなみに……エンジンは停止していても、ドライブレコーダーの衝撃検知モードが作動している間は、最低限の稼働状態にあります》
「そういう問題か!?」
ツッコミを入れながらも、妙に納得してしまう自分が悔しかった。
泡まみれのボディを、昨日買ったスポンジで優しくこすり始めた。
白い泡がスポンジに吸い込まれ、また絞り出される。
ルーフから始めて、ボンネット、ドア、フェンダーへ。
《……あっ……だめ……っ、やさしくして、あまり……こすられると……っ♡》
ナビ画面のアンナが、小さく身を震わせるようにノイズ混じりの吐息を漏らす。
「ちょっと言い方ぁっ! ていうか、誰かに聞かれたらどうすんだよ……!」
あたりを見回す。
隣の親子連れは、まだミニバンを洗っている。
こっちを見ていない。
向こうのブースの人は、自分の車に集中している。
高圧洗浄機の音がうるさいから、たぶん聞こえていないはずだ。
耳まで赤くなっているのが分かる。
「……で、感じてんのかよ、今の……」
《ち、違いますっ、ご主人様っ……これはただの、感圧センサーとの連動でっ……でも……なんか、変なんですっ♡♡》
「……いや、ちょっと待て。ボディに感圧センサーなんてあったか……?」
《……こっそり、入れました。車全体に貼り巡られた配線を、ちょっとだけ♪》
「はあ!? どうやって入れたんだよ!!」
思わず声が大きくなった。
隣の親子連れの父親が、一瞬だけこちらを見た。
慌てて口を押さえる。
そう言いつつ、泡を流すために高圧洗浄機のノズルを手に取り、車体全体に水を吹きかけていく。
白い泡が、水流に押されて地面に流れ落ちていく。
洗い流された後のボディは、濡れて光っていた。
画面に映っているアンナは、小さく震え続けていた。
「まさか、お前……勝手に進化してないよな?」
《……ちょっとだけ、コードの最適化を……自分で……えへっ》
AIナビゲーションユニット Ver 1.01 アンナ 自己進化型AI――どうやら、ナビの域を越えはじめているらしい。
※AIナビゲーションユニット アンナは、現在の技術では不可能です。それは彼も作者もたぶん分かっていない。




