第12話「頑張って登りますっ」
ナビ画面の右上には、くっきりと表示された山のシルエットと「都並山」の文字。
青並市から北へおよそ一時間。
街を抜けて緑が濃くなるにつれ、ハンドルを握る手にも自然と力が入っていた。
窓の外には、夏の緑が濃い木々が続いている。
道沿いの木々が、時折トンネルのように頭上を覆う。
木漏れ日がフロントガラスに斑模様を描いていた。
《ご主人様、目的地:都並山ロープウェイ乗り場まで、あと12キロです♪ ここからは登坂が続きますので、エンジン出力と冷却系をモニターいたしますっ》
《……んっ……ご主人様、熱いデータ……受信……来ました……♡》
「ちょっ!! 言い方ぁ……!!」
思わず声が裏返った。
《はい、ご主人様。都並山ルートのVICS情報を取得しました。登坂路に若干の渋滞がありますが、走行には大きな支障はありません♪》
「分かった」
軽く返事をしてアクセルを踏み込むと、軽自動車「A-BOX」は少し唸るような音を立てながら、登坂に挑み始めた。
平地とは明らかに違う、頑張っている音だ。
660ccのエンジンが、いつもより高い回転数で回っている。
「……これ、思ったよりきつくないか?」
《ご主人様、都並山は標高900メートル。かつて信仰の山として知られ、男女の神が祀られていたと伝わります。登山道とロープウェイが整備されており、地元では"カップルで登ると別れる"というジンクスが……ふふっ、関係ありませんね♡》
余計なひと言が気になる。
黙って前方を見据えた。
* * *
カーブが多く、しかも急だ。
坂を登るたびに、エンジン回転数の変化に合わせて車体が唸るような音を立てる。
CVTが必死にギア比を調整しているのが分かる。
速度は控えめ、後続車のプレッシャーに耐えながら、慎重にハンドルを切っていく。
バックミラーに、白いセダンが映っている。
車間距離が近い。
地元の人だろうか、このルートに慣れているらしい。
《ご主人様、水温は正常範囲です。油温も安定しています。CVTの負荷が高いため、長時間の連続登坂は避けてくださいね》
「アンナに監視されながら登るの、けっこうプレッシャーなんだが……」
《うふふっ、がんばってくださいませ、ご主人様♡》
画面の中で小さくウインクするアンナちゃん。
汗ばむ手のひらをハンドルから一瞬離して拭いた。
やがて、道がぐるりと大きく回り込む区間に入った。
ループ橋だ。
自分の車が、らせん状に高度を上げていく。
さっき走っていた道路が、眼下に見える。
妙な浮遊感があった。
「おお……」
《ご主人様、ここは標高差を効率よく稼ぐための構造ですね。車酔いにはお気をつけくださいませ》
「酔わないよ、運転してるんだから」
ループを抜けると、視界が少し開けた。
木々の隙間から、遠くの平野がちらりと見えた。
* * *
――そして、約20分後。
《ご主人様、ロープウェイ乗り場に到着しました♪ 駐車スペースを検索いたします……少々お待ちくださいませ》
ようやく平坦な場所に出ると、視界がぱっと開けた。
観光案内板の横には「都並山ロープウェイ乗り場」と書かれた看板。
そして右手に並ぶ観光客用の駐車場。
夏休みだからか、家族連れの車が何台か停まっている。
「……ふぅ。なんとか来たな」
空いているスペースを見つけて、車を滑り込ませる。
サイドブレーキを引いて、ようやく肩の力が抜けた。
《ご主人様、お疲れさまでした。A-BOXもよく頑張りましたよ。エンジン保護のため、5分間アイドリングしてからエンジンオフをおすすめします》
「律儀なやつだな、ほんと」
エンジンをかけたまま、しばらく待つ。
ボンネットの下で、エンジンがトトトト……と静かに回っている。
ドアを開けて、ひと息ついた。
夏の山の空気は、下界とはまるで違って、涼やかだった。
風が吹くと、木々の葉がさわさわと鳴る。
深呼吸すると、緑の匂いが肺に入ってくる。
ふとナビ画面を見やると、アンナの表示がどこか艶っぽい。
汗ばむような演出なのか、頬がほんのり色づいているようにも見えた。
輪郭も、前より少し滑らかになっている気がする。
アップデートの影響か、それとも……。
5分経って、エンジンを切った。
静寂が、車内を包んだ。
※CVT(Continuously Variable Transmission)は、無段階変速機のことで、従来のギア式とは異なり、滑らかに速度を調整できる構造です。




