表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スチームパワード アドベンチャー ミアとビアンカ  作者: ELWOOD CRAFTWORKS
第一章 覚醒と陰謀

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/58

第54話「ドレス・ユー・アップ」―大統領晩餐会前の攻防


 大統領晩餐会。


 その言葉を聞いた時、ミアは、正直なところ少し楽しみにしていた。


 豪華な料理。

 珍しいデザート。

 もしかしたら、見たことのない蒸気式給仕装置などもあるかもしれない。


 だが、同時に大きな問題がひとつあった。


「で、服はどうするの?」


 安全家屋セーフティハウスの居間で、ビアンカがそう訊いた。ミアは当然のように答える。


「いつものスーツでいいんじゃない?」


「私もそのつもりだったわ」


 二人は顔を見合わせ、同時に頷いた。情報局の臨時協力者として動いてきた間、二人はずっとスーツ姿だった。


 動きやすい。

 隠しポケットもある。

 必要なら武器も装備も携帯できる。

 なにより、余計なことを考えなくていい。


「晩餐会って言っても、正式な場でしょ? スーツなら失礼じゃないよね」


「ええ。少なくとも変ではないわ」


 ミアは安心したように頷いた。


「よし。解決」


 その瞬間、背後から柔らかな声がした。


「解決していません」


 フローラだった。


 長身の犬族の女性エージェントは、にこやかな笑みを浮かべている。だが、その笑顔を見た瞬間、ミアとビアンカは同時に嫌な予感を覚えた。


「大統領晩餐会に、いつもの捜査用スーツで出るつもり?」


「捜査用じゃないよ。普段着兼仕事着」


「余計駄目です」


 フローラは即答した。

 ビアンカが冷静に言う。


「でも、私たちは軍人でも貴族でもないわ。過度に着飾る必要は――」


「あります」


「……あるの?」


「あります」


 フローラはきっぱり言った。


「あなたたちは今回、大統領に招待された功労者です。しかも、これからローマン共和国との特別契約に関わる重要人物でもある。場に合わせた装いは、礼儀であると同時に戦術です」


「戦術って言われると少し納得しそうになるのが嫌ね」


 ビアンカが眉をひそめる。

 ミアは耳を伏せた。


「でも、私たち、そういうオシャレ詳しくないよ」


「だから用意しました」


 フローラがそう言った瞬間、居間の扉が静かに開いた。入ってきたのは、白毛の猫族ケット・シーの女性だった。


 猫族としてはかなり背が高い。

 長い金髪を上品にまとめ、ぴしりと仕立てられた秘書服を着ている。

 姿勢も、歩き方も、微笑み方も、すべてが整っていた。


 ミアは思わず見上げた。


「……ロイスさん?」


 その女性は柔らかく一礼した。


「お久しぶりです、ミアさん、ビアンカさん」


 国家保安情報局局長秘書、ロイス。初めて本部に出頭した時以来の再会だった。


 彼女の後ろには、情報局員が大きな衣装箱を二つ運び込んでいる。


 ミアの耳がぴんと立った。


「その箱……なに?」


 ロイスはにっこり笑った。


「本日の任務装備です」


「任務装備?」


 ミアが少し安心しかけた瞬間、ロイスは続けた。


「パーティドレスです」


 ミアとビアンカは同時に後ずさった。


「いや、私はスーツで――」


「私もスーツで十分――」


 フローラとロイスは、ほぼ同時に言った。


「駄目です」


 ギヤ爺が隅の椅子で腕を組み、にやりと笑った。


「いいぞ。俺の気持ちを味わえ」


 ミアが振り返る。


「ジジイ、楽しんでるでしょ!」


「おう。大いにな」


「ひどい!」


「スーツを着せられ、髪をいじられ、酒を取り上げられた俺の苦しみを知れ」


 フローラがさらりと言う。


「ハンスさん、今夜も飲み過ぎは禁止です」


「まだ言うか!」


 ロイスはそのやり取りを上品に微笑みながら見ていた。


「では、まずミアさんから」


「え、待って、心の準備が」


「大丈夫です。とてもお似合いになると思います」


「そういう言い方はずるい!」


 ビアンカが一歩下がろうとする。


「私は後で――」


「ビアンカさんもです」


 フローラが逃げ道を塞いだ。


「あなたは背が高くて姿勢が綺麗だから、ドレスが映えるわ」


「褒めても無駄よ」


「では、任務です」


「……それもずるいわね」


 サムは書類を読みながら、淡々と言った。


「諦めた方が早い」


 ミアが睨む。


「サムおじさんは味方じゃないの?」


「今回に限っては違う」


「裏切り者!」


 コラージョが部屋の隅で低くゴロゴロ鳴った。ミアは振り返る。


「コラージョまで面白がってる!」


 ≪見たい≫


「見たいじゃない!」


 ロイスが笑みを深めた。


「では、参りましょう」


 ミアとビアンカは、フローラとロイスに左右から連行されるようにして、隣室へ連れていかれた。


 ギヤ爺は満足そうに呟く。


「これで少しは分かっただろう」


 Qじいがぼそりと言った。


「いや、たぶん後で倍返しされるぞ」


 ギヤ爺は少しだけ顔をしかめた。


「……そいつ困るな」



 試着室と化した隣室では、まさに戦闘が始まっていた。ただし、相手は敵兵でも工作員でもない。


 ドレス。

 コルセット。

 髪飾り。

 手袋。

 靴。

 化粧道具。


 ミアは鏡の前で固まっていた。


「これ、動きにくくない?」


「晩餐会で走り回る予定がなければ問題ありません」


 ロイスが淡々と答える。


「予定はないけど、予定外はよくあるよ」


「その場合は、フローラさんとビアンカさんが対応します」


「私も対応する側がいい!」


「今日はされる側です」


 ミアは耳を伏せた。


 一方、ビアンカも別の意味で苦戦していた。


「この靴、踵が高すぎるわ」


 フローラが微笑む。


「姿勢がさらに綺麗に見えるわよ」


「戦闘時に不利」


「晩餐会です」


「でも非常時は」


「非常時は脱げばいいわ」


「それはそれで問題では?」


 ロイスはミアの髪を整えながら言う。


「ミアさんのツインテールは活かしましょう。少しだけ巻いて、リボンを合わせます」


「リボン……」


「嫌ですか?」


「嫌じゃないけど……私、子どもっぽくならない?」


 ロイスは少し驚いたように瞬きし、それから優しく微笑んだ。


「大丈夫です。可愛らしさと品は両立します」


 ミアは少しだけ赤くなった。


「……そういうの、慣れてない」


「慣れなくてもいいんです。今日は、少しだけ違う自分を楽しめばいいのです」


 ビアンカはその言葉を聞いて、鏡の中の自分を見た。


 スーツではない自分。


 軍服でもない。

 狙撃手でもない。

 情報局協力者でもない。


 ただ、一人の女性として装う自分。それは少し落ち着かなかった。


 フローラが静かに言う。


「似合っているわ、ビアンカ」


「……ありがとう」


「でも、たぶん本人よりミアの方が驚くわね」


「なぜ?」


「あなた、自分が綺麗だってあまり自覚してないから」


 ビアンカは一瞬言葉に詰まった。


「……そういう話は苦手よ」


「知ってる」


 フローラは楽しそうに言った。



 しばらくして、居間の扉が開いた。

 先に出てきたのはミアだった。


 彼女は淡いクリーム色のドレスを着ていた。猫族の小柄な体に合わせて仕立て直されたもので、動きやすさを残しながらも、柔らかい布がふわりと広がっている。


 ツインテールには小さなリボン。

 首元には控えめな飾り。

 いつもの工具袋は当然ない。


 ミアは落ち着かない様子で裾をつまんだ。


「……変じゃない?」


 部屋が静かになった。

 Qじいが眼鏡を上げる。


「ほう」


 ギヤ爺が腕を組んだまま、少しだけ目を細める。


「馬子にも…いや、猫にも衣装だな」


「ジジイ!」


「褒めてる」


「絶対違う!」


 サムは短く言った。


「似合っている」


 ミアは固まった。


「……サムが普通に褒めた」


「事実だからな」


 コラージョが低く、嬉しそうに鳴った。


 ≪きれい≫


 ミアの耳が一気に赤くなる。


「コラージョまで……」


 そこへ、ビアンカが出てきた。

 深い青のドレスだった。


 派手すぎず、しかし凛とした印象がある。背筋の伸びた立ち姿と、落ち着いた表情がよく合っていた。髪はいつもより柔らかくまとめられ、首元には小さな銀の飾り。


 ミアはぽかんと口を開けた。


「……ビアンカ、すごい」


 ビアンカは少し居心地悪そうに言う。


「そんなに見ないで」


「だって、すごく綺麗」


 ビアンカは目を逸らした。


「……ありがとう」


 ギヤ爺がぼそりと言う。


「こっちは本当に晩餐会向きだな」


 ミアが即座に言った。


「私は?」


「お前は……晩餐会に紛れ込んだ妖精みたいだ」


 ミアは一瞬黙り、それから首を傾げた。


「それ褒めてる?」


「そのつもりだが」


 Qじいが言う。


「うむ、褒めておるな」


 フローラとロイスは満足げだった。


「お二人とも、とてもお似合いです」


 ロイスが言う。


「これで晩餐会に出ても問題ありませんね」


 ミアはまだ落ち着かない。


「でも、これで工具も持てないし、スパナも隠せない」


 ビアンカがため息をつく。


「晩餐会にスパナを持っていく気だったの?」


「小さいのなら……」


「駄目」


 フローラ、ロイス、ビアンカが同時に言った。


 ミアは頬を膨らませる。


「全員厳しい」


 サムは淡々と言った。


「当然だ」


 コラージョがまた低く鳴る。


 ≪でもミアらしい≫


 ミアは少しだけ笑った。


「ありがとう」



 準備が整う頃には、夕方の光が窓から差し込んでいた。ミアとビアンカは、いつものスーツではない姿で並んでいた。


 戦場へ向かうわけではない。

 捜査へ向かうわけでもない。

 だが、ある意味ではこれも任務だった。


 国家の中枢。

 大統領府の晩餐会。

 新しい契約と、これから始まる関係の第一歩。


 ミアは小さく息を吸った。


「ねえ、ビアンカ」


「なに?」


「私、変なこと言ったりしないかな」


「言うと思うわ」


「即答!?」


「でも、たぶん大丈夫。あなたらしさは隠せないもの」


「それ慰め?」


「半分は」


「残り半分は?」


「諦め」


「ひどい!」


 ビアンカは少し笑った。


「大丈夫。私が隣にいるわ」


 ミアはその言葉に、少し安心したように頷く。


「うん」


 ギヤ爺はスーツ姿で立ち上がり、フローラからようやく返されたスキットルを見つめていた。


 フローラがにこやかに言う。


「晩餐会前に飲んだら、また没収です」


「分かってる!」


 ミアがすかさず言う。


「ボス、今日はおとなしくね」


「誰がボスだ!」


 笑い声が部屋に広がる。ロイスは静かに二人を見ていた。白毛の猫族秘書は、満足げに微笑む。


「では、参りましょう。大統領がお待ちです」


 ミアはドレスの裾を少し持ち上げ、不慣れな足取りで歩き出した。


 ビアンカはその横に並ぶ。

 コラージョは同行しない。


 だが、地下車庫から低いゴロゴロ音が届いた気がした。


 ≪いってらっしゃい≫


 ミアは小さく振り返り、喉を鳴らして返す。


 ≪行ってくる≫


 こうして、ミアとビアンカは、大統領晩餐会という新しい戦場へ向かうことになった。


 武器はなし。工具もなし。あるのは、慣れないドレスと、少しだけ強くなった覚悟。


 そして――隣にいる相棒だった。


続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ