第50話「議事堂襲撃」―真実を守る戦い
鈍い破裂音が、議事堂の外壁を震わせた。傍聴席が一斉にざわめく。
「何だ!」
「爆発か!?」
記者席の何人かが立ち上がり、衛士たちが制止する。議長は木槌を叩いた。
「静粛に! 静粛に!」
だが、議場の空気はもう静まらなかった。ディクソンは証言台で息を呑み、ジュリアードはその混乱を見て顔色を変えた。恐怖ではない。計算だ。
サムは即座に無線へ低く告げる。
「全員、配置につけ。ディクソンを証言台から下ろすな。議場の封鎖を優先。ビアンカ、ミアを守れ」
「了解」
ビアンカはミアの前に半歩出た。ミアはブレスレットの画面を開くと、そこには、コラージョの視界が映っていた。
暗い地下通路。
石壁。
鉄扉。
前方の非常搬入口。
コラージョはすでに動いている。黒い猫のような車体が、音を抑えて通路を進んでいた。
ミアは小さく喉を鳴らす。
≪コラージョ、状況を見て。無理しないで≫
返ってきた音は短く、硬い。
≪来てる。外。複数。火薬の匂い。怒ってる声≫
「外に複数。火薬反応あり」
ミアが言うと、サムの目が細くなった。
「正面広場か?」
「違う。地下搬入口側」
フローラの声が無線に入る。
『地下搬入口へ向かう。警備兵二名と合流したわ』
Qじいの声も続く。
『コラージョを前に出しすぎるな。狙いはあやつだ』
「分かってる!」
ミアは答えたが、コラージョはもう止まる気配がなかった。
⸻
議事堂地下搬入口。そこでは、煙が薄っすらと流れていた。
外から搬入口の鉄扉を破ろうとした痕がある。小型の爆薬で錠前部分を吹き飛ばそうとしたのだろう。扉は歪んでいたが、完全には開いていない。
その向こうから声が聞こえる。
「もう一度だ!」
「早くしろ! 中の班から連絡がない!」
「猫バイクを押さえろ。娘が近くにいればそっちも確保する!」
コラージョのライトが細く光る。尾のような排圧制御管が、静かに床を叩いた。
その瞬間、扉の破れ目から煙幕筒が投げ込まれ、白い煙が通路へ広がる。
コラージョは後退しない。むしろ、低く姿勢を沈めた。
次の瞬間、鉄扉が外側から蹴破られ、黒い外套の男たちが三人、雪崩れ込んできた。彼らの手には拳銃。拘束具。そして、蒸気核強制遮断器。
「いたぞ!」
一人が叫ぶ。
「止めろ!」
遮断器が唸るが、コラージョは止まらない。小型蒸気リアクターが低く脈動し、蒸気核への干渉を補正する。黒い車体が、煙の中で猫のように滑った。
男が拳銃を向けるその前に、コラージョの尾が伸びた。形状記憶合金の尾が盾のように広がり、銃弾を弾く。
金属音に男が驚いた次の瞬間、コラージョは前輪を軸に身を翻し、尾で男の足を払った。
「ぐあっ!」
男が床に転がると、もう一人が拘束具を投げようとする。だが、背後からフローラが飛び込んだ。
「そこまで」
腹パンガンが炸裂。鈍い音とともに、ゴム弾が男の腹に入り、男は声にならない息を吐いて崩れた。
『また腹パン命中!』
ミアの声が無線に入る。
『実況するなと言っただろう』
サムが即座に返す。フローラは息を切らさず、二発目を装填しながら言った。
「ミア、コラージョを左へ。右側にまだ一人いる」
≪コラージョ、左!≫
ミアの喉鳴らしと声が重なると、コラージョは即座に左へ跳ねるように移動した。
右側の煙の中から拳銃の銃口が出る。発砲するが狙いは空を切った。
フローラが床を蹴り、男の手首を蹴り上げると拳銃が飛んだ。続けて肘を胸へ入れ、壁へ押さえ込む。
「三人目、確保!」
警備兵たちが駆け込み、男たちを拘束する。だが、フローラはまだ表情を緩めなかった。
「主任、襲撃班三名を制圧。でも外にまだ足音がある」
『数は』
「少なくとも二人。撤退しようとしてる」
『追うな。議場を守れ』
「了解」
コラージョが低く唸った。
≪追う。逃げる。嫌な匂い≫
ミアはすぐに返す。
≪駄目。守るのが先。戻って≫
少しだけ不満げな喉鳴らし。
≪……戻る。守る≫
ミアはほっと息を吐いた。
⸻
議場では、混乱が広がりかけていた。だが、サムが議長の横に立ち、短く告げる。
「議事堂内部の警備事案です。証言は継続可能です」
議長はサムを見た。
「安全は確保できるのですか」
「確保します」
その言い方には、疑問を許さない硬さがあった。議長は数秒だけ沈黙し、頷く。
「では、証言を継続します」
傍聴席がざわめき、ジュリアードは立ち上がった。
「このような状況で証言を続けるなど正気ではない! 公聴会は中断すべきだ!」
その声に、民営化推進派の議員数名が同調する。
「安全確保が先だ!」
「証言の信頼性に問題がある!」
「混乱の中で出された証言など――」
その時、ディクソンが証言台で口を開いた。
「中断を望んでいるのは、真実を聞かれたくない者だけです」
議場が静まった。ディクソンの顔は青ざめていたが、目は逃げていなかった。
「私は続けます」
ミアはその姿を見つめた。十年前、目を逸らした男が、今は逸らしていない。
許したわけではない。けれど、彼が今、逃げずに立っていることだけは分かった。
⸻
ディクソンは再び証言を始めた。
「蒸気石輸送船事故の前、ジュリアード局次長は私に言いました。事故が起きれば、公聴会が開かれる。その場で、政府主導の資源管理体制の限界を示す。管理局長を辞任へ追い込み、民営化を進めると」
ジュリアードが叫ぶ。
「嘘だ!」
「私は、その会話の直後に記録を残しました」
ディクソンは新たな書類を示した。
「自分のためです。保身のためでした。ですが、今は証拠として提出します」
議長が衛士へ合図し、書類が受け取られる。オルドリッジ議員は顔を強張らせていた。
ディクソンはさらに言った。
「ジュリアード局次長は、アーリア・インダストリー系資本の導入後、自身が新設される資源開発監督委員会の長に就く予定だと話していました」
議場が爆発したようにざわめいた。
「委員会?」
「そんな構想は公表されていないぞ」
「誰が約束した?」
フローラから無線が入る。
『主任、地下襲撃班の一人が吐いたわ。依頼主の名は知らない。ただ、連絡相手は“商会の男”。合言葉は“新委員会”』
サムの目が鋭くなる。
「議長」
サムは一枚の報告メモを即座に書き、衛士を通じて議長へ渡した。
議長は目を通し、表情を変えた。
「ディクソン証人。今の証言に関連して確認します。その“新設委員会”という言葉は、あなたが直接聞いたものですか」
「はい。ジュリアード局次長本人から」
ジュリアードは椅子から立ち上がった。
「私はそんなことは言っていない!」
その時、ヴァレンティ局長が静かに口を開いた。
「局次長」
その声は大きくない。だが、議場に通った。
「あなたは先月、私に“局長の時代は終わる”と言いましたね」
ジュリアードの顔が引きつる。
「それは組織改革の話で――」
「そして、“次の椅子はすでに用意されている”とも言った」
議場がまた静まる。ヴァレンティは続けた。
「私はその時、あなたが何を言っているのか分からなかった。今なら分かります」
ジュリアードは口を開いたが、言葉が出ない。
⸻
その頃、地下搬入口では、フローラが押収品を確認していた。
遮断器。
拳銃。
拘束具。
偽造された搬入証。
そして、小型通信機。
コラージョはその横で、静かに待機している。フローラはコラージョを見た。
「あなた、本当に優秀ね」
コラージョが短くゴロゴロ鳴る。
「褒めたの、分かった?」
またゴロゴロ。フローラは少し笑った。
「ミアほどではないけど、少し分かる気がするわ」
無線越しにミアが言う。
『今のは“もっと褒めて”だよ』
「欲張りね」
フローラはそう言いながらも、コラージョのカウルを軽く撫でた。コラージョは満足げに喉を鳴らす。
⸻
議場では、ディクソンの証言がついに核心へ入っていた。
「私は、ジュリアード局次長の計画に加担しました。直接爆薬を仕掛けたわけではありません。だが、事故後の政治的展開を知りながら、止めなかった。これは私の罪です」
彼は深く頭を下げた。
「しかし、今回の破壊工作は資源管理局内部の単独犯ではありません。外部資本、アーリア・インダストリー系の関与なしに、爆薬、救助船、通信社の同乗、報道の速度、飛行艇爆破工作は繋がりません」
議員席はざわめき続け、記者たちは必死に書き続けている。ジュリアードは、もう言葉を選ぶ余裕を失っていた。
「違う! 私は国のために――」
その一言で、議場の空気が変わった。サムの目が動く。ビアンカも気づく。ミアも、はっとした。
ジュリアード自身が、初めて“私は”と言った。否定せずに正当化するために。
「国のため?」
ヴァレンティ局長が静かに訊いた。ジュリアードは息を荒げている。
「そうだ! このままでは資源管理局は沈む! 予算もない、技術も遅れる、政治家は責任を押し付けるだけだ! アーリアの資本を入れれば、技術は進む! 我々は西方大陸の競争に勝てる!」
議場が静まり返る。ジュリアードは、自分が言いすぎたことに気づいた。だが、もう遅い。
ディクソンが静かに言う。
「そのために、人が死んでもよかったのですか」
ジュリアードの口が止まる。
ミアは拳を握った。その問いは、十年前にも向けられるべき問いだった。
そして今も。
⸻
議長が木槌を叩いた。
「ジュリアード局次長。今の発言について、後ほど正式に確認します」
サムが衛士へ目配せすると、衛士たちがジュリアードの背後へ静かに移動した。
オルドリッジ議員は顔を伏せている。推進派の何人かは、すでにジュリアードから距離を取るように椅子を引いていた。
フローラの声が無線に入る。
『主任、地下搬入口は制圧。コラージョ無事。押収品も確保』
「よし。議場内へ戻れ」
『了解』
ミアは目を閉じ、小さく喉を鳴らした。
≪ありがとう、コラージョ≫
返事は温かかった。
≪守った。一緒≫
ミアは小さく笑う。
議場では、ディクソンが最後の言葉を述べようとしていた。
「私は、今日ここで話したことによって処罰を受けるでしょう。それは当然です」
彼はミアの方を見た。
「ですが、十年前の責任を、本来背負うべきだった者が背負う時が来たのだと思っています」
ミアは何も言わない。ただ、静かに頷いた。それは許しではない。だが、真実を受け取ったという合図だった。
⸻
議長は休憩を宣言した。だが、それは混乱を収めるための休憩ではなかった。
証言内容の確認。
提出資料の保全。
ジュリアード局次長への追加聴取。
地下襲撃犯の拘束確認。
公聴会は、もはや資源管理局の管理責任を問うだけの場ではなくなっていた。
アーリア・インダストリー。
資源管理局内部の隠蔽。
政府関係者や議員への波及。
十年前の事故。
すべてが、ひとつの線で結ばれ始めている。ミアは議場の隅で、ビアンカと並んで立っていた。
「お父さんの名前、戻ったのかな」
ビアンカは少し考えてから言う。
「戻り始めたのよ」
「始めた?」
「ええ。ちゃんと戻すには、まだやることがある」
ミアは頷いた。
「うん」
その時、サムが近づいてきた。
「気を抜くな。ジュリアードは崩れかけているが、アーリア本体まではまだ遠い」
「逃げる?」
「必ず逃げる」
サムは短く言った。
「そして、切り捨てる」
ミアは議場の向こうを見る。ジュリアードは衛士に囲まれながら、まだ何かを訴えていた。だが、その視線の先に、もう味方は少なかった。
遠く、議事堂の外では、群衆のざわめきが大きくなり始めている。
新聞記者たちが走っていく。真実は、ついに外へ漏れ始めた。
だが、サムの言う通りだった。これは終わりではない。アーリア・インダストリーは、きっと動く。
本社は現地法人を切る。
デアベルドミッテは協力しない。
そして西方大陸では、新しい経済と軍事の枠組みが動き始める。
ミアはブレスレットを見たが反応はない。だが、世界そのものが大きく軋み始めている気がした。
公聴会は真実の扉を開いた。その向こうにあったのは、ひとつの陰謀ではない。もっと大きな時代のうねりだった。
続く




