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スチームパワード アドベンチャー ミアとビアンカ  作者: ELWOOD CRAFTWORKS
第一章 覚醒と陰謀

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第49話「明かされる真実」―最後の抵抗



 議場は凍りついていた。


「エンリコ・フォルトゥナ主任研究者は、事故の責任者ではありません」


 ディクソンの言葉は、静かな刃のように議場へ落ちた。


 記者席のペンが止まり、資源管理局幹部たちが顔を見合わせる。ジュリアードは椅子の肘掛けを掴み、わずかに身を乗り出していた。


 議長が眉をひそめる。


「ディクソン開発部長。その発言は、十年前の公式事故報告を否定するものですか」


「はい」


 ディクソンは答えた。


「公式報告は、事実ではありません」


 ざわめきが一気に広がる。ミアは息を止めたまま、証言台を見つめていた。ビアンカの手が、そっとミアの手を握っている。


 ディクソンは続ける。


「十年前、ネオ・ジェノバ開発部研究所で行われた初期型リアクター試験は、警告値を超えていました。エンリコ・フォルトゥナ主任は、試験中止を何度も進言した」


 彼は一度、目を閉じた。


「それを押し切って試験を強行したのは、私です」


 議場が騒然となった。ジュリアードが立ち上がりかける。


「ディクソン君、何を――」


「お座りください」


 議長の声が響いた。


「証人の発言中です」


 ジュリアードは歯を食いしばりながら、ゆっくりと腰を下ろす。ディクソンは、その姿を見た。


 十年前、自分に囁いた男。

 責任者が必要だ。

 死人は反論しない。


 その言葉が、今も耳の奥に残っている。


「事故後、当時の研究所長ジュリアード氏は、事故原因をエンリコ・フォルトゥナ主任の安全確認不備として処理しました」


 議場の視線が、ジュリアードへ集まる。ジュリアードの顔から血の気が引いた。


「私は、それに従いました」


 ディクソンの声が震える。


「恐れていたからです。自分の失敗を認めることを。技術者として終わることを。開発部を失うことを」


 ミアは唇を噛んだ。

 怒りが湧いてくる。

 消えない怒りが。


 同時に胸の奥で何かが震えていた。父は悪くなかった。その言葉が、公の場で語られている。


 十年かかった。遅すぎる。

 それでも、今、届いている。



 ディクソンは顔を上げた。


「エンリコ・フォルトゥナ主任は、事故の責任者ではありません。彼は、炎上する研究所へ戻り、私を含む複数の研究員を救出しました。そして、二度目の爆発に巻き込まれて亡くなった」


 議場が静まり返る。


「彼は、私たちを救おうとして死んだのです」


 ミアの目から涙がこぼれる。ビアンカは何も言わず、ミアの手を握り続けた。


 Qじいは目を伏せ、ギヤ爺は奥歯を噛みしめる。サムは、ただ証言台を見ていた。


 議長が慎重に問う。


「ディクソン開発部長。あなたは、十年前の事故隠蔽にジュリアード局次長が関与したと証言するのですね」


「はい」


「証拠はありますか」


 ディクソンは懐から封筒を取り出した。


「当時の試験記録の写しです。公式報告では削除された警告値の記録、エンリコ主任の中止進言メモ、そして事故後に作成された修正前の内部報告書」


 議場がまた揺れた。ジュリアードがついに声を荒げる。


「捏造だ!」


 ディクソンは彼を見る。


「いいえ。あなたが私に保管しておけと言ったものです。いざという時、上層部へ責任を逃がすために」


 ジュリアードの顔が歪む。


「黙れ!」


「もう黙りません」


 ディクソンの声は、初めて強くなった。


「十年間、黙りました。その結果、エンリコ・フォルトゥナの名誉を奪い、彼の家族を苦しめた。今回も同じことを繰り返そうとした」


 彼は深く息を吸う。


「蒸気石輸送船事故も、偶然ではありません」


 議場が再び凍りつく。



 オルドリッジ議員が立ち上がった。


「それは憶測ではありませんか。先ほどの証拠も、資源管理局内部の過激派による工作の可能性が――」


「違います」


 ディクソンは即答した。


「少なくとも、私はジュリアード局次長から、事故を利用した民営化推進計画について説明を受けていました」


 ざわめきが広がる。


「資源管理局長を失脚させ、現体制を無能と印象づけ、民間資本導入を不可避とする。その後、アーリア・インダストリー系資本を通じて開発予算を確保する。そう聞かされていました」


「アーリア・インダストリーの名前を出す根拠は!」


 オルドリッジが叫ぶ。

 ディクソンは答えた。


「ジュリアード局次長が、アーリア側の人物と複数回接触していたからです」


 サムがフローラを見る。フローラは小さく頷き、資料を議長席へ提出する。そこには、フローラが追跡した記録があった。


 ジュリアードの私邸に出入りしたエルンスト・ヴァイス。

 カステルッチ市内での密会記録。

 高級ホテルでの会合。

 偽装名義の通信履歴。


 議長が資料に目を通し、表情を硬くした。


 ジュリアードは唇を震わせている。


「これは……情報局の作為だ」


 サムが静かに言った。


「必要なら、証言します」


 その一言で、議場の空気がさらに重くなった。


 国家保安情報局。

 消息不明とされていた特命チーム。

 そして今、彼らはここにいる。


 記者たちが一斉に書き始めた。



 ディクソンは、さらに続ける。


「私は、アーリア側の工作員を直接見たわけではありません。ですが、ジュリアード局次長が事故後の展開を事前に予測していたことは証言できます」


「どのように?」


 議長が問う。


「事故後、資源管理局から形式的な調査団を派遣し、その後、政府主導の公聴会が開かれるだろうと。そこで現体制の不備を糾弾し、局長を辞任に追い込む。彼はそう言っていました」


 ヴァレンティ局長は、静かに目を閉じた。


 ディクソンは言う。


「私は、その時も迷いました。ですが止めなかった。今回の事故で人が死んでもなお、私は黙ろうとした」


 彼の視線がミアへ向く。


「けれど、再びフォルトゥナの名を見た時、私は逃げられなくなった」


 ミアは涙を拭わず、見返した。

 ディクソンは深く頭を下げた。


「ミア・デラ・フォルトゥナさん。そして、お父上である亡きエンリコ・フォルトゥナ主任に、私は謝罪します」


 議場のすべての視線がミアへ向いた。ミアは震えたが、逃げなかった。ビアンカがそっと背中に手を添える。


 ミアは小さく頷く。

 許すとは言わない。

 まだ言えない。

 でも、父の名前は戻り始めている。



 ジュリアードは立ち上がった。


「これは茶番だ!」


 声が裏返っている。


「十年前の事故を持ち出して、今回の件と結びつけるなど不当だ! ディクソンは精神的に不安定だ。彼の証言には信頼性がない!」


 ディクソンは彼を見た。


「そう言うと思っていました」


 そして、もう一通の封筒を取り出す。


「これは、私が保管していた近年の開発部内部記録です。ジュリアード局次長からの指示、外部資本導入に関する非公式会合の予定、そして、事故船調査前後に削除された通信記録の写し」


 サムが一歩動く。フローラがすぐに封筒を受け取り、議長席へ運ぶ。


 オルドリッジ議員の顔色も変わっていた。ジュリアードは、もはや怒鳴ることしかできない。


「捏造だ! すべて捏造だ!」


 議長は厳しい声で告げた。


「ジュリアード局次長。これ以上の発言は、許可を得てからにしてください」


「私は局次長だぞ!」


「ここは公聴会場です」


 議長の声が冷たく響く。


「あなたも証言対象者の一人に過ぎません」


 ジュリアードは、ようやく自分が守られた席にいないことを理解したようだった。



 その時、ミアのブレスレットが微かに震えた。


 警戒モード。

 コラージョからではない。

 議場内での反応。


 ミアは一瞬、目を細めると、ビアンカがすぐに気づく。


「何?」


「反応……小さい。武器じゃない。通信?」


 ミアは最小表示で画面を開く。

 観測ではなく、感知センサー。


 “傍聴席後方。通信社席付近に短い信号を確認。”


 サムへ小声で伝える。


「サム。通信反応。記者席の奥」


 サムは視線だけを動かす。

 フローラも同時に反応した。


「見えた」


 記者席の奥に、帽子を深く被った記者が一人、膝に置いている鞄の中に手を入れている。


 フローラは壁際の衛士へ合図を送ると、衛士が頷き静かに動いた。記者は立ち上がろうとした。が、その肩を衛士が押さえた。小さな抵抗をするが、すぐに制圧。


 議場の一部がざわついたが、大きな混乱にはならなかった。


 サムが低い声で言う。


「外へ信号を出していたな」


 フローラが頷く。


「おそらく、ディクソンが不利な証言をした場合の合図」


 ビアンカの目が鋭くなる。


「外で何か仕掛けるつもり?」


 ミアのブレスレットが、今度は少し強く震えた。コラージョからの通信が入る。


 ≪遠い。外。複数。危険。≫


 ミアの顔色が変わる。


「コラージョが外の異常を拾った」


 サムの目が冷たくなる。


「第二波か」



 議場では、ディクソンの証言が続いている。だが、サムたちには分かっていた。議場の内側では真実が動いている。同時に、議場の外側では敵が最後の手を打とうとしている。


 ジュリアードは追い詰められた。

 オルドリッジたち民営化派も動揺している。アーリア・インダストリーの名は、もはや議場から消せない。


 ならば敵は、別の方法で流れを止める。混乱、襲撃、証人の消失。あるいは――


 ミアはブレスレットを握ると、コラージョのゴロゴロ音が、胸の奥へ届く。


 ≪近い。守る。来る。≫


 ミアは小さく喉を鳴らし返した。


 ≪私もいる。待って。≫


 ビアンカが低く言う。


「ミア、離れないで」


「うん」


 サムは無線に短く命じた。


「全員警戒。議場外周、地下搬入口、正面広場を確認。ディクソンを守れ。コラージョも動ける状態にしておけ」


 無線越しにフローラの声。


『了解』


 Qじいの声も続く。


『コラージョを使うなら、無理はさせるなよ』


 ミアは答えた。


「コラージョは、もう自分で考えてる」


 その瞬間、議場の外から遠く、鈍い破裂音が響いた。傍聴席がざわめき、議長が顔を上げる。


 サムの表情が、完全に戦闘時のものへ変わった。


「来たな」


 ミアはブレスレットの画面を見ると、コラージョの視界が動き始めていた。


 黒い猫のスチームバイクは、地下保管庫で静かにスタンドを外し、議事堂の暗い通路へ向けて前輪を進めていた。


 公聴会は、真実を語る場から、真実を守る戦場へ変わろうとしていた。


続く

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