第48話「地下保管庫」―コラージョ防衛戦
議事堂の地下へ向かう石造りの階段を、フローラ・ダルトンは駆け下りていた。
フローラは、Qじいが作ったヘッドホン型双方向無線機を首に掛けている。マイク部分は少し改造され、喉元に近い部分に当てる様に装着。
これまで、無線機を使用して分かった事がある。
ミアの様な猫族やフローラの様な犬族は聴力が優れている為、無線機の受信音声ならヘッドホン部分を首に当てるだけでも、音量調整で充分に聞こえる事が分かった。
そして、ミアのブレスレットの骨伝導音声を参考に、マイク部分を喉元に当てて声を拾う様に改造した。
更に、ビアンカ達には、耳に差し込むタイプのイヤホンを新たに製作。ヘッドホンレシーバーの代わりに使用。送受信機及びバッテリーボックスはこれまでどおりに腰に吊り下げている。
これで、公聴会の様な場所でも目立たない。小型ながら感度は高く、通常の無線機では届きにくい石造りの建物内でも、短距離なら安定して通話できる。
今回の公聴会に合わせ、サム、ビアンカ、ミア、フローラは全員装着していた。
『フローラ、状況は』
サムの声が無線越しに届く。
「地下保管区画へ向かってる。ミアの反応位置は?」
『コラージョの待機場所周辺。証拠品は議場内にある。狙いは証拠品ではないはずよ』
ビアンカの声が続く。
『なら、コラージョね』
『うん』
ミアの声が入る。緊張しているが、はっきりしていた。
『ブレスレットとコラージョの警戒センサーが反応してる。最初に拾ったのは、武器か爆発物か、特殊な機械みたいな反応。そのあと、コラージョの視覚センサーで顔認知が出来なかった』
「顔認知?」
フローラは階段を曲がりながら訊き返す。
『うん。特命チーム、情報局職員、警備兵、衛士の顔写真はあらかじめ登録してある。それ以外の人が、保管庫近くに二人いる』
『さすがに準備がいいな』
サムが短く言う。
『昨日ほとんど寝てないからね』
『今それを誇るな』
ミアは返事をしなかった。代わりに、無線の向こうで小さく喉を鳴らす音が聞こえた。
ゴロゴロ、という低い響き。コラージョへの合図だ。フローラは思わず口元を緩めた。
「本当に通信してるのね」
『してる。コラージョ、待機。まだ動かないで』
ミアの声に重なるように、無線の奥で低い機械混じりの喉鳴らしが返る。フローラには意味までは分からない。だが、返事であることは分かった。
「了解。私が先に見る」
⸻
議事堂地下保管庫。そこは本来、議会資料や押収品、重要書類を一時保管するための区画だった。
厚い石壁。
鉄扉。
低い天井。
湿った空気。
その一角に、コラージョは待機していた。
黒い猫のような車体。
前面の猫顔カウル。
閉じた目のようなライト部分。
そして、背後に立つ尾のような排圧制御管。
通常なら輸送用の固定具でしっかり固定されるところだが、今回は違う。コラージョは自走可能で、自立もできる。むしろ緊急時に動けるよう、あえて固定具は使われていなかった。
代わりに、自分でスタンドを立てて待機している。その目の奥で、視覚センサーが静かに動作していた。
保管庫の扉の外に、二つの影。
搬入業者の作業服。
手押し台車。
木箱。
工具箱。
だが、顔認知には登録がない。さらに、工具箱の中から異常な機械反応。ミアのブレスレットに、コラージョの警戒が送られる。
⸻
議場横の控室で、ミアはブレスレットのオープンモードを最小展開していた。他人には見えにくい角度で、コラージョの視界が淡く映る。
ビアンカはミアの横に立ち、周囲を警戒している。サムは議場入口に近い場所で、再開直前の動きを見ていた。
Qじいは証言席近くに戻りながら、無線だけを頼りに状況を聞いている。
『ミア、今どう見えておる』
Qじいの声が入った。
「二人の男。作業服。搬入業者のふりしてる。台車に木箱。片方の工具箱から機械反応」
『工具箱型か。中身は通信機か、遮断器か、起爆装置か』
「まだ分からない」
『わしには映像が見えん。細かく言え』
「一人は右手を腰に近づけてる。拳銃かも。あっ、もう一人が工具箱を開けた」
ミアは喉を鳴らした。
≪待って。まだ。危険なら動いて。≫
コラージョから返る音。
≪分かった。待つ。近い。嫌な感じ。≫
ミアの耳が伏せる。
「工具箱の特殊機械。コラージョが嫌がってる」
サムの声が短く飛ぶ。
『フローラ、急げ』
「もう着く」
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保管庫の前。二人の男は、手押し台車を押しながら小声で話していた。
「これが例の猫バイクか」
「余計なことを言うな」
「本当に動くのか?」
「動かなくするために来たんだろ」
一人が工具箱を開ける。中に入っているのは、工具ではなかった。
工業用蒸気核強制遮断器。
蒸気核の試験運転等の際、振動周波を外部から乱し、一時的に出力を遮断するための装置。通常の蒸気機関車両や産業用蒸気核なら、数秒から十数秒で停止させられる。
但し、対象の蒸気核に、10cmから30cm位に近づけて作動させないと効果がない。男はそれを取り出し、送波口をコラージョへ向けた。
「まず止める。それから台車へ乗せる」
「動いたら?」
「撃つなよ。壊すなって言われてる」
「こいつが噛みついたら?」
「バイクが噛みつくか」
その瞬間、コラージョのライト部分が、かすかに光った。男たちは気づかない。
強制遮断器が低い振動音を発する。だが、コラージョは止まらなかった。
蒸気核は確かに一瞬だけ揺らいだ。しかし、その直後、小型蒸気リアクター側の補助制御が立ち上がり、出力を安定させる。遮断器の干渉波は吸収され、逆にコラージョの内部で解析されていく。
男が眉をひそめた。
「……効かない?」
「距離が遠いんじゃないのか」
「そんなはず――」
コラージョの尾が、ゆっくり動きスタンドに触れる。
カチン。自分でスタンドを外した。
やや傾いて停車していた黒い車体が、すっと垂直に自立する。
男たちが固まった。
「……今、動いたぞ」
「撃つなって言われてる」
「知るか!」
一人が腰の拳銃へ、手を伸ばしたその直後。
「手を上げなさい」
背後から、フローラの声が響いた。
⸻
フローラは保管庫入口に立っていた。手には、奇妙な銃が握られている。
二連式の信号銃を改造したもの。ただし装填されているのは信号弾ではない。
ゴム弾。
ミアが作り、ビアンカが「非殺傷制圧用としては悪くない」と判断して保管していたものだ。
通称。腹パンガン。
フローラは事前にビアンカからそれを借りていた。
『フローラ、それ本当に持っていったの?』
無線越しにビアンカの声が聞こえる。
「ええ。借りておいて正解だったわ」
『相手の腹部を狙って。近距離だとかなり効くわ』
「名前の通りね」
男の一人が拳銃を抜こうとした。フローラは迷わず撃った。鈍い発射音。
ゴム弾が男の腹部へ叩き込まれる。
「ぐっ……!」
男は息を吐き出し、その場に崩れ落ちた。
コラージョからの映像を見たミアの声が無線に飛ぶ。
『腹パン命中!』
『実況しなくていい』
サムが即座に言う。もう一人の男が慌てて工具箱を掴む。
その工具箱の側面には、小さなアンテナが折り畳まれていた。
フローラの目が鋭くなる。
「無線機?」
男は叫ぶように通信を入れようとした。
「失敗――」
言い終える前に、コラージョの尾が伸びた。黒いメモリニウム合金の尾が、蛇のようにしなり、工具箱を叩き落とす。
箱が床を滑り、蓋が開いた。中には短距離無線機と、予備の遮断器部品が入っていた。
『コラージョが箱を落とした!』
ミアが叫ぶ。
『コラージョ!すごい!』
コラージョが誇らしげにゴロゴロ鳴る。フローラは二発目を構えた。
「手を上げなさい。次はもう少し上に当てるわ」
男は一瞬ためらったが、その手が拳銃へ伸びる。フローラは撃った。
二発目のゴム弾が男の胸下へ命中し、男は後ろへ吹き飛んで台車にぶつかった。
「……腹パンガン、思ったより強いわね」
『だから言ったでしょ』
ビアンカが答える。
『フローラ、制圧状況は』
サムの声。
「二名制圧。片方は呼吸困難気味だけど生きてる。拳銃二丁、蒸気核強制遮断器一台、工具箱型短距離無線機一台を確認」
『コラージョは』
「無傷。むしろ少し得意そう」
ミアがほっと息を吐いた。
『コラージョ、怪我ない?』
保管庫で、コラージョが低く喉を鳴らす。その音がブレスレットを通してミアへ届く。
≪平気。止まらない。あれ嫌い。≫
「強制遮断器、嫌いだって」
『感想まで分かるのか』
サムが呟く。
『分かるよ。かなり嫌がってる』
Qじいが無線に割り込んだ。
『遮断器が効かなかったのは当然じゃ。コラージョは蒸気核単体ではない。小型蒸気リアクターとの併用制御じゃからな。普通の遮断波では止まらん』
『それ、議場で説明できる?』
ミアが訊く。
『小型リアクターは極秘情報だろうが』
『あっそうか。了解』
⸻
議場では、休憩後の再開準備が進んでいた。証人席の近くでは、議員たちがまだざわついている。
アーリア意匠のダイナマイト。
海外製爆薬の輸入禁止。
救助用具と飛行艇爆弾の加工痕の一致。その情報だけでも、議場は十分に揺れていた。
だが、サムは表情を変えない。
地下での襲撃は、表には出せない。
出せば、こちらがコラージョを秘匿していることも、ミアの警戒システムも露見する。
しかし、襲撃者から得られるものは大きい。
短距離無線機。
遮断器。
偽装搬入記録。
そして、誰かが地下保管庫への出入り情報を渡した証拠。
サムは低い声で言った。
「フローラ、二人を拘束して尋問班へ回せ。通信機は封印。遮断器も押収。工具箱の中身は触るな。クエンティンに確認させる」
「了解」
『わしは議場を抜けられんぞ』
Qじいが無線で言う。
「後でいい。今は証言に集中しろ」
『分かっとる』
ミアはブレスレットの画面で、コラージョの視界を見ていた。フローラが二人の賊を拘束し、警備兵に引き渡している。
コラージョはその様子をじっと見ていた。その視界の端に、落ちた強制遮断器が映る。
ミアは小さく呟いた。
「あれでコラージョを止めようとしたんだ」
ビアンカは険しい表情で頷く。
「奪う気だったのね」
「うん」
「怒ってる?」
「怒ってる」
ミアはブレスレットを閉じた。
「でも今は、議場」
ビアンカは少しだけ微笑んだ。
「よく分かってる」
「かなり以上に分かってるから」
「よろしい」
⸻
地下保管庫。フローラは、賊の工具箱型無線機を覗き込んでいた。
外見は古い工具箱。だが内部には、短距離通信用の小型送受信機が組み込まれている。
この時代、小型無線機は一般にはまだ実用段階ではない。Qじい製の双方向無線機のような例外を除けば、ここまで小さな通信装置はほとんど存在しない。
フローラは無線で言った。
「主任。この無線機、かなり小型よ。普通の民生品ではないわ」
『アーリアか、デアベルドミッテの情報部か』
「どちらもあり得るわね」
フローラは工具箱を封印袋へ入れさせる。
「それと、搬入業者の偽装書類。議事堂内部の搬入口許可印がある」
『内部協力者がいるな』
「ええ。かなり近いところに」
『公聴会中に炙り出す』
サムの声は冷たかった。フローラは倒れた男の一人を見る。腹パンガンを受けた男は、まだ腹を押さえて呻いている。
「尋問はできそう?」
近くの情報局員が訊く。
「少し待って。今はたぶん、何を訊いても“腹が痛い”しか言わないわ」
ミアの声が無線越しに入る。
『ごめん。威力ちょっと強かったかも』
「名前に偽りなしね」
フローラは軽く笑った。
「でも助かったわ」
⸻
議場の鐘が鳴った。休憩終了。議員たちが席へ戻り、記者たちはペンを構える。議長が次の証人を告げる。
「次に、資源管理局開発部長、エドガー・ディクソン氏の証言を求めます」
議場の横扉が開く。ディクソンが姿を現した。
顔色は悪い。だが、足取りは思ったよりも確かだった。
ジュリアードの表情が、一瞬だけ固まる。ディクソンが来ること自体は知っていた。だが、その顔を見て、何かが違うと気づいたのだ。
サムはそれを見逃さなかった。ミアも見ていた。ビアンカが隣で小さい声で言う。
「始まるわよ」
ミアは頷いた。地下では、コラージョが無事だった。証拠品も守られた。フローラも無事だ。次は、議場だ。
ディクソンは証言台に立ち、ゆっくりと顔を上げた。その視線が、一瞬だけミアを見つける。
ミアは逃げずに見返した。ディクソンは小さく頷く。そして、議長に向き直る。
「証言を始めます」
その声は震えていたが、確かに議場へ届いた。
「私は、これまで多くのことを隠してきました」
議場がざわつく。ジュリアードの顔から、血の気が引いていく。
ディクソンは続けた。
「まず、十年前のネオ・ジェノバ開発部研究所事故について、訂正しなければならないことがあります」
ミアの手が震える。ビアンカがそっと、その手に自分の手を重ねた。
ディクソンは言った。
「エンリコ・フォルトゥナ主任研究者は、事故の責任者ではありません」
議場が、凍りつく。そしてミアは、息を止めた。十年越しの言葉が、ついに公の場で放たれた。
続く




