第47話「公聴会」―真実の入口
公聴会当日の朝。カステルッチの空は、低い雲に覆われていた。
雨は降っていない。だが、街全体が濡れたように重く、議事堂へ向かう大通りには早くから人が集まり始めている。
新聞記者。
通信社のカメラマン。
民営化を求める市民団体。
資源管理局を擁護する労働組合。
そして、事の行方を見届けようとする市民たち。
共和国議事堂の正面には、臨時の警備線が張られていた。
表向き、この公聴会は資源管理局の管理責任を問う場である。
だが、サムたちは知っている。これは、アーリア・インダストリーの工作を暴くための戦場だった。
安全家屋の地下作戦室では、最後の確認が行われていた。
サムが淡々と告げる。
「移動は三班に分ける。第一班、ヴァレンティ局長と護衛。第二班、クエンティンと証拠品。第三班、ミア、ビアンカ、ハンス、コラージョ。ディクソンは別ルートで、直前まで伏せる」
ミアは小さく頷いた。手首のブレスレットには、警戒モードの淡い光。
倉庫側から、コラージョの低いゴロゴロ音が聞こえる。
「大丈夫。分かってる」
ミアがそう言うと、ビアンカが横から見る。
「コラージョに言ったの? 自分に言ったの?」
「両方」
「ならいいわ」
ギヤ爺はスーツ姿のまま腕を組んでいた。オールバックにした髪、濃いグレーの特注スーツ、そして裾から見える金属の義手。
ミアはじっと見て、少しだけ笑う。
「ボス、いよいよですね」
「誰がボスだ!今日くらい黙れ」
「証言台で『組織を守るために来た』って言わないでね」
「言うか!」
フローラが横から静かに言った。
「ハンスさん、終わるまで禁酒ですからね」
「分かってる」
「スキットルは私が預かっています」
「分かってると言ってるだろ!」
Qじいが証拠品用の封印箱を確認しながら、ぽつりと言う。
「終わったら、二杯奢ってやる」
ギヤ爺が目を細める。
「一杯半じゃなかったのか」
「今日くらいは二杯でよかろう」
「珍しく話が分かるな」
その短いやり取りに、ミアは少しだけ笑った。笑えるのは、たぶんここまでだ。
サムが時計を見た。
「出るぞ」
⸻
共和国議事堂、特別公聴会場。
天井の高い議場には、傍聴席がぎっしり埋まっていた。
前列には政府関係者、上院議員、資源管理局幹部。後方には新聞記者と通信社関係者。壁際には衛士と警備兵が並んでいる。
ミアたちは一般入口ではなく、地下通路から入った。コラージョは議事堂地下の保管区画に待機。ミアのブレスレットには、コラージョの視覚共有が低出力で繋がっている。
議場の隅で、ミアは小さく息を吸った。ここで父の名誉が戻るかもしれない。ここで、すべてが潰されるかもしれない。
ビアンカが隣に立つ。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃない」
「そうよね」
「でも、逃げない」
「うん」
ビアンカは、それだけ言ってミアの横に立ち続けた。
⸻
公聴会は、定刻通りに始まった。
議長が開会を宣言し、まず資源管理局長リカルド・ヴァレンティが証言台に立つ。
小柄な猫族の局長は、背筋を伸ばし、落ち着いた声で語った。
資源管理局の予算不足。
老朽化した設備。
現場技師たちの過重な負担。
それでも安全基準を守ろうとしてきた現場の努力。そして、民営化論に対してこう言った。
「改革は必要です。しかし、改革と売却は同じではありません。資源管理とは、この国の血管を管理することです。それを外国資本の利益判断に委ねるなら、我々は未来の主権を手放すことになります」
傍聴席がざわつく。
民営化推進派の議員が不快そうに眉をひそめた。
続いて、ギヤ爺――ハンスが証言台に立った。
ミアは思わず小さく呟く。
「ボス登場」
ビアンカが肘で軽くつつく。
「ミア。静かに」
ギヤ爺は低い声で、北方採掘場の増幅路暴走事故について語った。
現場では、警告が何度も出ていたこと。
安全弁の交換申請が予算不足で遅れていたこと。
現場責任者として、自分にも責任があること。
だが、それを現場の怠慢だけにすれば、同じ事故はまた起きること。
「俺は現場の人間だ。政治のことは知らん。だが、ひとつだけ分かる。安全に金を惜しむ組織は、いつか人命で支払うことになる」
議場が静まる。ミアは、少しだけ目を伏せた。ギヤ爺の声には、酒も冗談もない。本当に、現場を見てきた人間の声だった。
⸻
そして、Qじい――クエンティンの番が来る。証拠品保管係によって、封印箱が運び込まれた。
事故船から押収された木箱。
救助用具に偽装された散布機構。
活性剤の残留成分。
そして、飛行艇から回収された時限爆弾。
議場の空気が変わる。Qじいは、いつものぼやくような口調ではなく、技術者として、淡々と説明する。
「事故船の荷室に残されていた木箱には、資源管理局の備品番号がありました。だが、中の機構は通常の検査器具ではなく、活性剤を微量に散布し、精製済み蒸気石の一部を局所的に活性化させるための装置です」
ざわめきが広がる。
「さらに、救助用具として持ち込まれた器材にも、同系統の薬剤残留が確認されました。つまり、これらは同じ環境下にあった物で、事故後に現場で証拠を回収、または隠蔽する準備があった可能性が高い」
議員の一人が立ち上がる。民営化推進派の上院議員、オルドリッジだった。
「クエンティン主任技師。つまり、それは資源管理局内部の者が、現体制への不満から破壊工作を行ったという証拠にはなりませんか?」
議場がざわつく。
「現体制に不満を持つ局員が、局の備品を利用して事故を起こした。外部工作の関与を示すものではない。そうも考えられるのでは?」
ミアの耳がぴくりと動く。ビアンカが小さく言う。
「来たわね」
サムは表情を変えない。Qじいは、静かに議員を見た。
「そう考えたい者には、そう見えるでしょうな」
「では――」
「だが、話はまだ終わってません」
Qじいは次の封印箱を示した。
「これは、当局が事故船調査後、帰還中の飛行艇に取り付けられていた時限爆弾です」
議場が一気にどよめいた。
消息不明となっていた飛行艇。その存在と爆破工作の証拠が明かされる。
記者たちが一斉にメモを取り始める。オルドリッジ議員がすぐに言う。
「それも、資源管理局内部の過激な関係者が証拠隠滅のために仕掛けた可能性があるのでは?」
今度は別の議員も頷いた。
「そうだ。局内の反体制派、あるいは管理体制に不満を持つ技師ならば――」
「あり得ん」
Qじいの声が、鋭く響いた。議場が静まり返る。Qじいは爆弾の外装を開かせ、内部の保護ケースを指した。
「中に使われていたダイナマイトを見てください」
議員たちが身を乗り出す。
Qじいは現物と合わせて拡大写真も掲げた。そこには、薄く残った刻印が写っていた。
ARIYA INDUSTRY MINING SUPPLY
「アーリア・インダストリー系列の鉱山用ダイナマイトです」
議場の空気が凍った。オルドリッジの顔がわずかに引きつる。
「そ、それだけでアーリア本体の関与とは――」
「まだあります」
Qじいは続けた。
「ローマン共和国では、海外製の産業用ダイナマイトは原則として輸入禁止。国内鉱山用爆薬は、共和国認可工場の製品に限られます。資源管理局の人間が、通常経路でこれを入手することはあり得ません」
議場にざわめきが戻る。今度のざわめきは、先ほどとは違っていた。
「密輸品か」
「アーリア系列の船か?」
「事故船に同行した救助船は……」
記者席が騒がしくなるが、Qじいは淡々と続ける。
「さらに、起爆装置に使用された磁力固定具は、事故船の救助用具に混入していた金属部品と同系統の加工痕がありました。工作は単独ではなく、事故船、救助船、そして飛行艇爆破工作は、同じ系統の資材と技術によって繋がっています」
オルドリッジ議員は口を開きかけたが、言葉が出なかった。
サムは静かに息を吐く。まず一つ盤面が動いた。
⸻
だが、ジュリアードはまだ崩れなかった。資源管理局局次長として証言台に立った彼は、落ち着いた声を作っていた。
「今回の事故について、局内部に重大な管理不備があったことは否定できません」
彼は深く頭を下げる。
「しかしながら、現段階で外部企業の関与を断定することは極めて危険です。アーリア・インダストリーの意匠が残る爆薬が使われたとしても、それがどのような経路で持ち込まれたかは不明です」
ミアは拳を握る。
「逃げる気だ」
ビアンカが低い声で言う。
「ええ。まだ逃げ道を探してる」
ジュリアードは続ける。
「むしろ問題は、資源管理局内部にそこまでの不満と混乱が蓄積していたことです。これは現体制の限界を示すものであり、抜本的改革――すなわち民間資本の導入を含む制度改革こそが必要なのです」
議場の一部から拍手が起きる。世論は、まだ完全には覆っていない。
証拠は出た。だが、それをどう解釈するかで、まだ戦いは続いている。
サムは腕を組んだまま、ジュリアードを見ていた。
「想定通りだ」
フローラが隣で小さく頷く。
「彼は、全部を“現体制の腐敗”へ持っていくつもりね」
「だから、次が必要だ」
サムの視線は、議場の横扉へ向いた。そこに、まだ姿を見せていない証人がいる。
エドガー・ディクソン。
⸻
休憩時間。議場の外は騒然としていた。
記者たちは廊下で走り、議員たちは小声で密談し、資源管理局関係者は顔色を変えていた。
ミアは控室の隅で、ブレスレットを見ていた。
警戒モードは静かに点灯している。
コラージョの視界は、議事堂地下保管庫の内部を映していた。
異常なし。だが、ミアの胸騒ぎは消えなかった。
コラージョが低く鳴る。映像越しなのに、そのゴロゴロ音がブレスレットを通して伝わってくる。
≪不安。警戒。近い。≫
「近い?」
ミアは小さく呟いた。ビアンカが振り返る。
「どうしたの?」
「コラージョが何か感じてる」
その瞬間、ブレスレットの画面に感知反応。
観測反応ではない。
感知センサーの反応。
議事堂地下保管庫の周辺。
「サム!コラージョの感知センサーに反応」
ミアが声を上げる。サムは即座に振り返る。
「何だ」
「コラージョの近くに、誰かいる」
フローラの表情が変わる。
「地下保管庫?」
「うん。まだ映像には出てない。でも、コラージョが警戒してる」
サムは迷わなかった。
「フローラ、地下へ。ビアンカ、ミアから離れるな」
「了解」
フローラが走り出す。ミアはブレスレットの画面を見つめる。コラージョの視界が、わずかに揺れた。
暗い保管庫。
木箱。
鉄扉。
その向こうの影。
誰かが、扉の外にいる。ミアは低く喉を鳴らし、コラージョへ送る。
≪動かないで。フローラがそっち行った。まだ待って。≫
返ってきたゴロゴロ音は短い。
≪了解。待ってる≫
ミアの背筋が冷たくなった。公聴会は、議場だけで行われているわけではなかった。敵は、すでに地下にも来ている。
⸻
議場では、休憩後の再開を告げる鐘が鳴った。
次の証人。エドガー・ディクソン。
真実を語るはずの男。
だが、その直前、議事堂の地下で別の戦いが始まろうとしていた。
ミアはブレスレットを握りしめた。
「コラージョ、お願い」
遠く離れた地下で、黒い猫のようなスチームバイクが、静かに目を光らせた。
公聴会は、まだ終わらない。むしろ、本当の山場はここからだった。
続く




