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スチームパワード アドベンチャー ミアとビアンカ  作者: ELWOOD CRAFTWORKS
第一章 覚醒と陰謀

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第42話「父の名誉」―死人達の出立


 フローラ・ダルトンは、ディクソンの書斎へ通された。


 棚には技術書と古い研究資料が並び、机の上には公聴会関連の書類が積まれている。


 部屋の主は疲れ切っていた。顔色は悪く、目の下には濃い影がある。


 フローラは椅子に座ると、穏やかに切り出した。


「公聴会では、資源管理局の技術開発体制について証言される予定だと伺っています」


「ええ」


「民営化については?」


 ディクソンはわずかに眉を動かした。


「なぜ、それを?」


「世論の中心ですから」


「……私は、技術開発には資金が必要だと思っています」


「つまり、民間資本の導入に賛成?」


「以前は」


 フローラはその言葉を聞き逃さなかった。


「以前は、ですか」


 ディクソンは黙る。フローラは続けた。


「今は?」


「今は……分からない」


 彼は苦しげに言った。


「技術を進めるために必要だと思っていた。官僚体制では遅すぎる。予算は足りず、研究は止まる。だが、今進んでいるものは技術の話ではない」


「では、何の話ですか」


「支配です」


 ディクソンは顔を上げた。


「資源を握り、規格を握り、人事を握る。技術を進めるという顔で、この国の喉を掴もうとしている」


 フローラは静かに頷いた。十分だった、彼は今揺れている。民営化工作に嫌気が差している。だが、まだ自分から踏み出す力はない。


 その夜、フローラは暗号通信でバーナードへ報告した。


『ディクソンは崩れかけています』


『証言に使えるか』


『可能性はあります。ただし、きっかけが必要です』


『今回改めて内偵した十年前の事故と、フォルトゥナの娘か』


 フローラは少し沈黙した。


『はい。彼にとって、ミア・デラ・フォルトゥナは十年前に彼が犯した罪そのものです』


『分かった』


 バーナードの声は低い。


『サムに伝える。ミアとディクソンを引き合わせる』



 イーストウォール中継基地。


 サムは通信を終えると、しばらく席を立たなかった。


 それから、ミアを呼んだ。


 通信室の隅。小さな机と、暗号機の低い唸り。


 ビアンカ、Qじい、ギヤ爺も同席していた。


「ミア」


「なに?」


 ミアは少し首を傾げる。サムは慎重に言葉を選んだ。


「資源管理局開発部長ディクソンと会ってほしいという指示が来た」


 その名前を聞いた瞬間、ミアの表情が消えた。ビアンカがそれに気づく。


「ミア?」


 ミアは小さく呟いた。


「……ディクソン」


 Qじいもギヤ爺も黙った。その沈黙が、ただ事ではないことを示していた。


 サムは言う。


「十年前の事故について、君に関係があると聞いている」


 ミアは手を握りしめ、しばらく何も言わなかった。やがて、ぽつりと話し始める。


「私のお父さん、エンリコ・フォルトゥナは、資源管理局の研究者だった」


 ビアンカが息を呑む。初めて聞く話だった。


「十年前、ネオ・ジェノバの開発部研究所で初期型リアクターの試験事故があったの。研究所が爆発して、お父さんは死んだ」


 ミアの声は震えていない。いや、震えないようにしている声だった。


「新聞は、お父さんが安全確認を怠ったって書いた。事故の責任者だって」


「違うのか」


 サムが静かに訊くとミアは即答する。


「違う」


 その目に、強い怒りが宿る。


「お父さんは、いつも安全第一だった。危ない実験を止める人だった。だから、絶対に違う」


 記憶が、彼女の中で開いていく。



 十年前。


 ネオ・ジェノバ、資源管理局開発部研究所。事故のあと、研究所は黒く焼けていた。


 鉄骨は曲がり、窓は割れ、壁には煤がこびりついている。


 八歳のミアは、母に手を引かれてそこにいた。


 母は泣き崩れている。


 白い布をかけられた担架が運び出された。それが父だと、ミアにはすぐに分かる。


 世界が音を失う様な感覚。


 周囲の大人たちが何か言っている。

 泣く声や怒鳴り声。


 だが、ミアには何も聞こえない。その時、離れた場所にいた男と目が合う。


 ディクソン。包帯を巻き、顔に煤を残した男。彼はミアを見て、すぐに目を逸らした。


 数日後、新聞の記事。


 主任研究者エンリコ・フォルトゥナ、安全管理違反により事故発生。


 母がその新聞を読んで、また泣く。だが、ミアは泣かなかった。泣くより先に、怒りが来た。


 研究所へ押しかける。


「お父さんは悪くない!」


 大人たちは困った顔をした。


「帰りなさい」


「違う! お父さんはみんなを助けたんだもん!」


 その先に、ディクソンがいる。ミアは彼を睨んだ。


「あなた、知ってるんでしょ! お父さんは悪くないって!」


 ディクソンは何も言わなかった。ただ、顔を歪めた。


 職員がミアを外へ連れ出す。その時、背後で小さな声がした。


「……すまない」


 ミアは振り返った。ディクソンは目を伏せている。その意味が、当時のミアには分からなかった。


 だが、今なら分かる。彼は何かを知っていた。



 現在。


 通信室は静まり返っている。ビアンカは、ミアのそばへ一歩近づいた。


「どうして今まで言わなかったの」


「言えなかった」


 ミアは小さく言う。


「父親の名誉を汚された話なんて、言ったらまた、怒りが止まらなくなる気がした」


 ギヤ爺が低く呟く。


「あの事故か……」


 Qじいも顔を伏せる。


「エンリコ・フォルトゥナ。名は知っとる。現在、国内の発電所に採用されている大型蒸気タービンの設計者だ。優秀な技術者だった」


 ミアは唇を噛む。

 サムは静かに言った。


「ディクソンは今、揺れている。十年前の事故についても、今回の民営化工作についてもだ。君と会えば、公聴会で真実を話す可能性がある」


「私に、説得しろってこと?」


「違う」


 サムは首を横に振る。


「会うかどうかを決めるのは君だ。会って何を言うかも君が決める。これは命令ではない」


 ミアは黙った。長い沈黙。

 やがて、ビアンカが言った。


「無理しなくていいのよ」


 ミアはビアンカを見る。


「でも、真実が出るかもしれないよ」


「あなたが傷ついてまで必要な真実なら、私は嫌よ」


 その言葉に、ミアの目が揺れた。彼女は手首のブレスレットを見る。そして、静かに言った。


「会う」


 ビアンカが息を呑む。


「ミア」


「会う。怒るかもしれない。泣くかもしれない。でも、会わないまま公聴会に行ったら、きっとずっと後悔する」


 ミアは顔を上げた。


「私、お父さんのことを、ちゃんと聞きたい」


 サムは頷いた。


「分かった。手配しよう」



 その夜。カステルッチの国家保安情報局本部。記録保管区画へ入る影が二つあった。


 一人は情報局内部の協力者。

 もう一人は黒い外套をまとった女。


 エレン・シュミット。


 彼女の目的は、公聴会で使われる証言記録と押収品分析資料の写しだった。内部協力者が鍵を開ける。


「急いでください」


「分かっている」


 エレンは冷静に答える。


 だが、その動きは誰にも見られていないわけではなかった。


 廊下の影で、フローラ・ダルトンが目を細める。


「……そこに出るのね」


 彼女は協力者の不自然な行動を追っていた。記録室の扉が開いた瞬間、フローラは動いた。


「そこまで」


 エレンが振り向く。次の瞬間、二人は同時に距離を詰める。


 フローラの拳を、エレンが腕で弾く。エレンの肘打ちを、フローラが身を沈めてかわす。


 狭い記録室前の廊下で、二人の影が激しく交錯した。


 犬族の身体能力を活かしたフローラの踏み込み。軍情報部で鍛えられたエレンの無駄のない動き。


 互角だった。


 だが、エレンは長く戦う気はなかった。彼女は短い煙幕筒を床へ叩きつける。


 白い煙が広がった。


「逃がさない!」


 フローラが叫ぶ。


 内部協力者は取り押さえられた。

 だがエレンは窓を破り、夜の街へ姿を消した。


 機密資料は盗まれずにすむ。しかし、彼女の正体は掴めなかった。捕らえられた協力者も、エレンが何者かを知らなかった。


 フローラは割れた窓の外を見ながら呟く。


「ただの記者ではないわね」



 イーストウォール諸島。出発の夜が来た。


 特命チームは、三日後の公聴会に向けて、極秘でカステルッチオへ戻る。


 移動には、小型の高速船が使われることになった。


 飛行艇はまだ基地に残す。

 公式には墜落した機体だからだ。


 港には、サム、ビアンカ、ミア、Qじい、ギヤ爺が集まっていた。


 コラージョも固定具で船へ積み込まれている。不満そうに低く鳴った。


「大丈夫。ちゃんと一緒に行くよ」


 ミアが車体を撫でる。ビアンカはその横で、ミアの顔を見た。


「本当に会うのね」


「うん」


「怖くない?」


「怖いよ」


 ミアは正直に言った。


「でも、行く」


 ビアンカは頷いた。


「なら、私も隣にいる」


「ありがとう」


 サムが短く言う。


「出るぞ」


 霧の中、船が静かに岸を離れる。イーストウォールの灯台の光が、少しずつ遠ざかっていく。


 公聴会まで、あと三日。


 死んだことになっていた者たちが、再び舞台へ戻ろうとしていた。


 そしてその前に、ミアは十年前の亡霊と向き合うことになる。


続く

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