第33話「命懸けの回収」―露骨な報復
事故船から証拠となる押収品を確保した翌朝、サムたちは帰路に着くべく飛行艇へ戻った。
サムは出発前に今回の調査結果を本部へいち早く知らせる為、飛行艇の長距離短波通信機で音声通信を行う。
ミアが通信を終えたサムに聞く。
「この長距離を無電じゃなくて音声で?もしかしてこの通信機も…」
「ああ、クエンティンのお手製だ。でも流石にカステルッチオの本部までは届かない。手前にあるイーストウォール諸島の情報局中継基地に報告した」
「イーストウォールに中継基地があったの?」
かつて、海兵隊時代にイーストウォール諸島に派兵された事があるビアンカが驚く。
「ああ、極秘だが存在する。主に西方大陸で活動するエージェント達からの情報を中継する重要な拠点だ」
サムは情報局内でも最重要機密とも言える内容を隠さずに話す。
彼にとってもはや彼女達はただの臨時職員ではない、今回の実績がそれを物語っている。
___
ローマン海軍の戦艦と補給船はすでに現場海域へ入り、事故船の曳航準備に入っている。
以後の海上管理はそちらへ引き継がれ、サムたちの任務は、まず押収品を安全に持ち帰ることへと移っていた。
行き先は、ひとまずブリタニア領ニューバーミンガム島。
そこで一度補給と整理を行い、ブリタニア諜報部、スチュアート・チェンバレンに今回の調査結果の一部を情報提供。その後本国側へ戻る予定になっている。
飛行艇は朝日が差し込む海を離れ、水面を滑り、やがて大きく離水した。
四発機関の唸り。
機体を包む振動。
海面が遠ざかっていく感覚。
機内貨物室後部では、押収した木箱と救助用具一式が固定されている。
サムは操縦席、ミアとビアンカはその後部席にいた。
離陸して三十分ほど経った頃だった。
「……今のうちに見とこうかな」
ミアが小さく呟く。
「何を?」
ビアンカが振り返る。
「押収品。ブレスレットの分析で、もう少し細かく見られるかも」
「無理はしないで。昨日散々見てたでしょう」
「大丈夫。見るだけ」
ミアは貨物室に移動、押収した木箱の近くにしゃがみ込み、右手首のブレスレットを軽く押さえた。
分析起動。
視界の奥に、淡い光の情報表示が立ち上がる。
対象:押収品一式
種別:金属部品/薬剤残留/木箱
その次の瞬間。
表示全体が赤く点滅した。
《警告》
機外後部に爆発物反応を検出
時限起爆式の可能性あり
ミアの背筋が凍る。
「……っ!ビアンカ!!」
「どうしたの!?」
機内のエンジン音より一際大きな貨物室からのミアの呼びかけに、思わずビアンカが立ち上がる。
ミアは顔を上げた。
表情が完全に変わっている。
「爆発物反応」
「は?」
「この中じゃない……機外後部。時限爆弾の可能性ありって出てる」
ビアンカの顔色が変わった。
「サム!」
操縦席のサムが即座に振り向く。
「どうした!」
「爆弾!」
短い沈黙のあと、機内の空気が一気に張る。
サムはすぐに機体の計器を確認しながら言う。
「位置は分かるか」
「機外後部だけどまだ曖昧……」
ミアは表示を追う。
だが、今の警告画面には大まかな位置反応の有無しか出ていない。時限式の爆弾なのかまでは分からない。
「時限式か?」
「まだ分からない」
「くそ」
サムは即座に判断した。
「着水する。洋上で機体を止めて除去する」
「待って!」
ミアが叫ぶ。
「その間に爆発するかもしれない!」
「だが飛行中に――」
「私が外に出る!」
ビアンカが咄嗟にミアの肩を掴んだ。
「駄目よ!」
「スキャンだけ! まず外から位置と起爆時刻を見ないと、判断できない!」
「機外よ!? 今この高度で!?」
「だからスチームパック使う!」
サムは一瞬だけ黙った。
その沈黙が、逆に真剣な検討を意味していた。
「……できるのか」
ミアは即答した。
「できる」
「ミア!」
ビアンカの声はほとんど悲鳴に近い。
ミアは振り返る。
目は真剣だった。
「着水に入る間にも爆発したら終わりだよ。だったら、先に爆弾の場所を見つけた方がいい」
「それでも危険すぎる!」
「危険じゃない方法がないなら、一番可能性のあるやつをやるしかないよ」
ビアンカは言い返しかけて、止まる。それが正しいと分かってしまったからだ。
サムが言う。
「条件がある」
「うん」
「双方向無線機で現状を送れ。そして君に命綱を付ける。こちらで速度は限界まで落とし、高度は徐々に下げる。異常があれば即君を回収する」
「了解」
「……ビアンカ、装備を」
ビアンカは数秒、ミアを睨むように見た。それから大きく息を付き、命綱と無線機補助コードを引っ張り出す。
「絶対に無茶しないこと!」
「うん」
「絶対よ!」
「うん」
だが、ミアの顔が“うん”で済ませる顔ではないことも、ビアンカには分かっていた。
⸻
飛行艇後部ハッチが開く。
風が一気に機内へ叩き込んできた。
低空飛行中とはいえ、そこは空の上だ。海面は下で揺れ、四発機関の振動が骨まで響く。
ミアはスチームパックを背負い、命綱を腰と機内フックに接続する。
頭にはQじい製の双方向無線機。
ゴーグルを下ろし、深く息を吸った。
『サム、速度を』
『分かってる。いま落とす』
飛行艇の機体がわずかに揺れた。
推力を絞り、機首を維持したまま、
速度が少しずつ落ちていく。
『どこまで落とせる?』
『失速寸前の百キロまでだ』
ビアンカが思わず言う。
『そんな低速で保てるの?』
『保たせる』
サムの声は短い。
機体の振動が変わる。
風圧がわずかに弱まる。
それでも十分すぎるほど強い。
『今だ、行け』
ミアはスチームパック本体側面の起動スイッチを押しハッチの縁を蹴った。
外の風が全身を叩く。
直後、スチームパックが低く唸り、噴射で姿勢を支える。
飛行艇の機体側面へ回り込む。
巨大な金属の胴体が冷たく光っていた。
『ミア、応答』
『大丈夫! 右側行く!』
ミアはスチームパックからケーブルで繋がっている、左手グローブ甲の部分にあるダイヤル式噴射スロットルを右手で操作しながら飛行艇の外板をかすめ、右主翼の後方へ回る。
尾翼の下を見た瞬間、視界の奥でブレスレットの表示が強く反応した。
《爆発物反応:強》
『あった!』
『場所は!?』
『右側尾翼の下! 何か付いてる!』
そこには、金属の小箱が磁石で貼り付けられていた。
工具箱を急ごしらえしたような外見。だが、固定の仕方が不自然すぎる。
ミアは機体に片手を添え、もう片方でブレスレット分析を走らせた。
クローズモードの表示が一気に情報を吐き出す。
対象:簡易的爆発装置
固定:磁力吸着
起爆方式:アナログ時計時限式
残り時間:9分47秒
ミアは思わず大声をだす。
『サム、時限式! 残り十分切ってる!』
『着水は間に合わん』
サムが即座に言う。
『だよね!』
『戻れ、捨てる方法を考える!』
ミアは爆弾を見た。
箱自体は粗い造りで構造はそこまで複雑ではない気がした。
『……いや、回収できる』
『何だと』
『磁石固定! 外せる!』
『直ちに投棄しろ!』
『待って、証拠品になる!』
『ミア!』
今度はビアンカだ。
『そんなの後回しよ! 生きる方が先!』
だがミアはもう、片手で固定具を探り始めていた。
『構造が単純なら、回収してから解除できる!』
『保証はあるの!?』
『ない! でも分かる!』
『最悪の答え!』
ビアンカが叫ぶ。
ミアは歯を食いしばり、爆弾の底部へ指を差し込む。
磁石が強い。
しかも風圧と機体振動で、うまく力が入らない。
『ビアンカ、カウントお願い!』
数秒、向こうで息を呑む音。
ビアンカは以前ミアに貰った懐中時計を改造した腕時計を見て低く答えた。
『……残り、九分二十秒』
『了解!』
ミアは姿勢を変える。
スチームパックを短く噴かして体を安定させ、両手で箱を捻る。
動かない。
『残り、八分五十秒』
『くっ……!』
金属が軋む。
爪が滑る。
右腕に無理な力がかかる。
『ミア、やめろ。投棄しろ』
サムの声。
『まだ!』
『残り、八分十五秒』
ビアンカの声が固い。
ミアは一瞬だけ息を止め、機体外板の継ぎ目へ足を押し当てた。
梃子の要領で、磁石ごと力を逃がす。
ガクッ、と箱がずれた。
「……っ、動いた!」
『残り、七分四十秒!』
もう一度。
今度は箱の縁を掴み、思いきり引く。
鈍い音と共に、爆弾が外れた。
ミアはほとんど抱き込むようにしてそれを確保する。
『取れた!』
『すぐ捨てろ!』
サムとビアンカの声が重なる。
だがミアは即答した。
『やだ! これ証拠! しかも構造単純! 戻って解除する!』
『正気!?』
ビアンカ。
『正気だよ! だから言ってる!』
『残り七分!』
『ビアンカ、引っ張って!』
サムは一瞬だけ何か言いかけ、結局飲み込んだ。
『……回収する。直ちに戻れ』
ミアは機体へ沿うように移動し、ハッチの位置まで戻る。
爆弾を片腕で抱え、命綱に補助されながら機内へ滑り込む。
ビアンカが半ば引きずるようにして中へ引き込んだ。
『残り三分二十秒!』
「早っ!?」
ミアが叫ぶ。
「外でのやり取りに時間食ったのよ!」
ビアンカの声も半ば怒鳴り声だった。
⸻
機内床へ爆弾を置く。
粗い金属箱。
磁石固定具。
側面に蓋。
ミアは迷わず蓋を外した。
中身が見える。
ダイナマイトが二本。
古いが手入れされたゼンマイ式時計。その針位置に接点があり、細いコードが伸びている。
先にはスメラギ製の乾電池。
さらにニクロム線。
そして導火線。
「……単純だ」
ミアが低く言う。
「鉱山の発破用を流用してる。時間になると時計接点が通電、ニクロム線が熱くなって、導火線に火がつく」
『残り二分四十秒』
ビアンカが息を詰めたまま告げる。
「乾電池外せば止まる!」
「急いで!」
ミアはコードの接続部へ指を差し込む。金属箱の角で指先を切る。
だが構わない。
接続端子を引き抜こうとする。
固い。
もう一度、爪を押し込む。
バチッ、と小さな火花。
「――外れた!」
乾電池が機内床へ転がった。
全員が息を止める。
何も起こらない。
時計だけが、虚しく針を進める。
数秒が過ぎる。
そして沈黙。
ビアンカが膝から力を抜いた。
「……止まった?」
ミアが再度確認する。
「通電してない。止まった」
サムが操縦席から短く息を吐く音が聞こえた。
それが、この男なりの安堵だった。
ビアンカは次の瞬間、ミアの肩を掴んだ。
「馬鹿!」
「うん」
「返事するな!」
「でも助かった」
「そういう問題じゃない!」
ミアはへたり込みながら、苦く笑った。
「……証拠品増えたよ」
床の上の爆弾は、確かにそこにあった。粗雑に見えるが、十分に人を殺せる仕組み。
しかも飛行艇の右尾翼下へ取り付けられていた。事故現場を離れ、証拠品を運ぶ途中で吹き飛ばすために。
サムの声が、今度は完全に冷えていた。
『つまり、向こうは押収直後にもう次の手を打ってきたわけだ』
誰も否定しない。
『着水後、この爆弾も正式押収だ』
ミアは頷いた。
「うん」
ビアンカはまだ怒っていた。
だがその怒りの下にあるのが、恐怖と安堵だとミアには分かった。
無線機の向こうで、サムが最後に言う。
『……よくやった。だが次は先に相談してくれ』
ミアは少しだけ笑った。
「努力する」
「努力じゃなくて守りなさい」
ビアンカが即座に返す。
飛行艇はなおも日が高くなり始めた海の上を飛び続ける。
行き先はニューバーミンガム。
だが今、機内にあるのは押収した木箱だけではない。
こちらを沈めようとした、露骨な報復の証拠もまた、彼らの手の中にあった。
空の上で、戦いはすでに次の段階へ進んでいた。
続く




