第28話「アップデート」-観測対象者としての自覚
「…えっ!何…?」
「どうしたの?」
ビアンカが振り返る。
ミアはゆっくりと左手を持ち上げた。
手首のブレスレットが、かすかに光を帯びている。
淡い、青白い脈動。
「……観測反応」
その一言で、空気が変わる。
「今?ここで?」
「うん。でも……弱い」
ミアは部屋の中をゆっくり歩く。
反応は消えない。
だが強くもならない。
「近くじゃない……遠い」
ミアは窓際へ歩き、海の方を見る。
ブレスレットの光が、ほんのわずかに強まる。
「……南」
「事故海域の方向ね」
ビアンカが即座に言う。
ミアは小さく頷く。
その時――
ピッ……
微かな電子音。ミアの手首で、光が一瞬だけ強くなった。
「……え?」
次の瞬間。ブレスレットが自動的にオープンモードへ移行する。空中に、薄い光のフレームが展開された。
幾何学的なUI。
古代文明特有の、直線と円が組み合わさったインターフェース。
そして中央に文字が浮かび上がる。
『 《システム通知》
観測機能の拡張アップデートを検出
アップデートを実行しますか? 』
「……は?」
ミアが固まる。
ビアンカが一歩近づく。
「何が出てるの」
ミアは目を見開いたまま言う。
「アップデートって出てる……」
「あっぷでーと?」
「うん……これ、今までなかった」
画面には選択肢。
▶ 実行
▶ 保留
ミアは数秒迷った。
だが――
「……やる」
迷いは短かった。
空中で指を動かし、実行を選択する。
⸻
《ダウンロード開始》
進行バーが表示される。
数値が高速で進んでいく。
10%
32%
67%
91%
「ちょっと待って、これ大丈夫なの?」
ビアンカが低く言う。
「分かんない。でも……止めたくない」
ミアの声は真剣だった。
100%
⸻
《アップデート完了》
観測機能:拡張
⸻
空中画面が一度消え、再構成される。
今度はより詳細な表示。
複数の項目。
座標のようなもの。
波形。
ミアが息を呑む。
「……見える」
「何が?」
「情報……前よりずっと多い」
⸻
ミアは画面を操作する。
新しく追加された項目が表示される。
⸻
■ 観測対象項目
①エネルギーサージ
⚪︎蒸気石由来
作動・暴走・爆発事故による
大規模なエネルギー反応等
⚪︎自然災害由来
地殻変動・気象異常等による
エネルギー反応
⚪︎技術実験由来
核分裂・核融合・その他の新型機関
の作動及び反応試験等のエネルギー
反応
②観測個人対象者
ミア・デラ・フォルトゥナの②以外
の観測対象に関わる行動及び決断に
ついて
③最重要項目※
『大規模な重力制御に関わる
人工ブラックホール機関全て』
※③はブレスレット装着者以外閲覧不可
⸻
ビアンカが低く呟く。
「……具体的に分かる様になったのね。大きく分けて2項目、それにやっぱりミア自身も観測対象なのね」
ミアは頷く。
「うん……改めて現実を突きつけられた感じ」
ミアは③の最重要項目がビアンカに見えていないことに安堵する。
これだけはまだ言えない…
古代文明の運命を決めた核心の部分。
観測者の代理こと、古代文明のAIアーカイブ管理人が介入対象としている項目…
さらに表示が切り替わる。
⸻
■ 観測情報
種別:蒸気石エネルギー残留反応
状態:減衰中
方向:南南東
推定距離:約6500km~6000km
強度:低
⸻
「……これ」
ミアが画面を指さす。
「事故の反応だ」
「残留エネルギーね」
ビアンカが即座に理解する。
「今起きてるんじゃない。終わった後の痕跡」
「うん」
ミアは頷く。
「だから弱いんだ」
その時、部屋のドアがノックされた。
「どうぞ」
ビアンカが返事をする。
入ってきたサムは二人の様子に違和感を覚える。
「何が起きている」
ミアは振り返る。
「サム、これ見て」
空中画面を指す。
サムは一歩近づき、表示を確認する。
数秒。
沈黙。
「……なるほど」
短く言う。
サムは情報量の多さに理解を諦める。
「説明してくれ」
ミアは一度息を整えた。
「前に話したよね。これを渡してくれた“観測者の代理人”」
「ああ」
「その人から聞いたんだけど……このブレスレット、単体の装置じゃない」
ミアは空中画面のネットワーク表示を開く。
点と線が広がる。
「世界中にある“観測ノード”と繋がってる」
ビアンカが腕を組む。
「その話は、まだしてなかったわね」
「うん……ちゃんと話すの、今が初めて」
ミアは続ける。
「このノード同士でネットワークを作ってて、そこを通して観測してる」
サムが即座に本質を捉える。
「つまり、分散型観測網」
「うん」
ミアは頷く。
「で、これ」
画面を指す。
「今回の反応は、そのネットワークのどこかが拾ったもの」
ビアンカが確認する。
「事故そのものじゃないのね?」
「違う」
ミアははっきり言う。
「残留エネルギー。終わった後の反応」
サムが静かに言う。
「今回の事案との直接的な関係は?」
「ないわ」
ミアは即答する。
「これは単に、事故の“痕跡”を拾ってるだけ」
ビアンカが頷く。
「つまり、証拠にはならない」
「うん」
ミアは画面を閉じる。
空中表示が消え、部屋に静寂が戻る。
⸻
数秒後、ミアは小さく呟いた。
「……でもさ」
二人が見る。
「なんで今、これが来たんだろ」
サムは答えない。
ミアは自分の手首を見る。
「タイミングが良すぎる」
一拍。
「私がエージェントになったから……だと思う」
ビアンカが眉を寄せる。
「つまり?」
ミアはゆっくり言う。
「向こうが、私の状況を把握してる」
沈黙。
「必要だから、機能を増やした」
サムの目が細くなる。
「……誰が」
ミアは一瞬だけ迷うが、答えない。
代わりに言う。
「少なくとも、“偶然”じゃない」
そして、自分の手を見つめる。
「……私、見られてる」
その言葉には、恐怖ではなく、静かな理解があった。
⸻
サムは短く結論を出す。
「いいだろう」
二人を見る。
「観測機能は今後の補助情報として使用したい」
「了解」
「了解」
「ただし」
サムの声が低くなる。
「今回の任務の主軸は変わらない」
「事故調査ね」
ビアンカが言う。
「その通りだ」
ミアも頷いた。
「うん」
だがその目には、別の光があった。
遠く、海の向こうの事故の現場。
そこには確かに何かがある。
だがそれ以上に――
この世界には、まだ知らない仕組みが広がっている。
観測ノード。
ネットワーク。
そして自分。
ミアは小さく呟く。
「……ちゃんと見てるんだね」
⸻
翌朝。飛行艇は再び海を蹴り、南へ飛び立つ。
今度はただの任務ではない。
そこには事故の真相や操られた情報。そして“観測される世界”が待っている。
続く




