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スチームパワード アドベンチャー ミアとビアンカ  作者: ELWOOD CRAFTWORKS
第一章 覚醒と陰謀

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第27話「ブリタニア諜報部」 ―情報と認知の戦い

 夕陽が、ニューバーミンガム島の海軍基地を赤銅色に染めていた。


 滑らかな海面。

 そこに浮かぶ艦艇群の影は長く伸び、基地全体がまるで巨大な鉄と蒸気の都市のように見える。


 その中でも、やはり異様な存在感を放っていたのは航空母艦ビッグ・ベンだった。


 平らな飛行甲板の上に並ぶ複葉機と単葉機。


 従来の軍艦の常識を踏み越えたその姿は、軍事大国ブリタニアの意志そのもののようだった。


 その桟橋で、サムたちの前に立つ男は、夕陽を背にして微笑んでいた。


「改めまして。ブリタニア共和国諜報部のスチュアート・チェンバレンです」


 丁寧な口調。

 柔らかな笑み。

 だが、その立ち方に隙がない。


 サムは差し出された手を見たあと、静かに握り返した。


「国家保安情報局のサム・ウエストレイクだ」


「お会いできて光栄です。噂はかねがね」


「良い噂なら結構だ」


「さて、それはどうでしょう」


 チェンバレンはさらりと言ってのける。軽口のようで、どこまでが本気か分からない言い回しだった。


 そのやり取りを横で見ていたミアは、小声でビアンカに囁いた。


「なんか……笑ってるのに怖い」


「ええ。しかも自分でそれを分かって使ってる顔ね」


 ビアンカも同じように小声で返す。


 チェンバレンは二人の存在にもすぐ目を向けた。


「そちらがチームのお二人ですか」


「ミアだよ」


「ビアンカよ」


「お噂は伺っています。特に、機械の扱いが大変に個性的ユニークだとか」


「誰から聞いたの、それ」


 とミアが即座に訊く。


 チェンバレンは少しだけ肩をすくめた。


「仕事柄、広く浅く、時には深く」


「答えになってないわね」


 ビアンカが冷ややかに言うと、チェンバレンはむしろ面白そうに笑った。


「警戒されるのは嫌いではありません」


 サムはそこで会話を切った。


「出迎えにしては手厚すぎる。休息のための寄港に、諜報部の人間が来る理由を聞こう」


 チェンバレンの笑みが、ほんの少しだけ整う。


「もちろんです。こちらへお乗り下さい」


 三人は後部座席に乗り込む。


 三人が車で案内されたのは、基地内の応接棟だった。


 石造りの低い建物だが、中は新しい。壁には海図、航空写真、軍艦のシルエット図。この国が海と空の両方をどれほど重視しているかが、それだけで分かる。


 通された部屋の中央には、大きな机。上には既に湯気の立つ紅茶と、軽食が用意されていた。


「休息地点であることに変わりはありません」


 着席しながらチェンバレンが言う。


「ですが、皆さんが向かっている案件について、我々も一定の関心を持っています」


 サムは椅子に腰を下ろしながら答える。


「一定…か」


「ええ。非常に興味深い範囲で、一定に」


「便利な言い回しだな」


 ミアは出された小さな焼き菓子を見ていた。だが食べていい空気かどうか測りかねているらしく、ちらちらとサムとビアンカを見る。


 チェンバレンはそれに気づいて言った。


「どうぞ。毒は入っていません」


「それ先に言うと逆にちょっと怖いよ」


 とミアが言った。


 ビアンカは小さくため息をつき、先に紅茶へ手を伸ばす。


「で、ブリタニア諜報部は何を知っているの?」


 チェンバレンは机上に数枚の写真を並べた。


 空撮写真。

 海上。

 事故船。

 その近くにいた救助船。


 さらに、デアベルドミッテ沿岸の無電中継施設らしき建物。


「事故報道の速さについては、そちらも違和感を覚えているでしょう」


「当然だ」


 とサム。


「こちらでも追っています。第一報が公になった時点で、既にデアベルドミッテ国内の複数通信社へ素材が整った形で流れていました。記事本文、写真、救助活動の要約、論調の方向性まで含めて」


 ビアンカが眉を寄せる。


「論調の方向性まで?」


「ええ。普通の速報ではありません。あれは、準備された第一報です」


 サムの目が細くなる。


「つまり、事故そのものだけでなく、報じ方まで仕込まれていた可能性がある」


「我々はそう見ています」


 チェンバレンは次の写真を示した。


「救助船に同乗していた記者二名。そのうち一人は、ここ半年でアーリア・インダストリー関連の礼賛記事を繰り返している人物です。もう一人は通信社所属になっていますが、実際には複数の企業ロビー団体とも接点がある」


 ミアがぽつりと言う。


「記者っていうより、宣伝の人みたい」


「言い方は率直ですが、本質的には近いかもしれません」


 チェンバレンは否定しなかった。

 サムは腕を組む。


「そこまで掴んでいて、なぜ我々に渡す」


「事故海域へ向かうのはあなた方だからです」


「それだけか?」


「もう一つあります」


 チェンバレンは少しだけ笑みを薄くした。


「アーリア・インダストリーが、デアベルドミッテを足場に南方海域での資源と海運への影響力を強めることを、我が国は歓迎していません」


 沈黙が落ちる。


 率直だった。

 いや、率直すぎるほどに。


 ビアンカが低く言う。


「ずいぶん正直ね」


「外交官ならもっと言葉を飾るでしょう。ですが私は諜報部ですので」


「信用していいのかしら」


「全面的にはお勧めしません」


 チェンバレンは涼しい顔でそう言った。

 ミアが小さく吹き出す。


「この人、変」


「諜報員としては褒め言葉ですね」


 サムは机上の写真をめくりながら尋ねる。


「他には」


「事故の翌朝、デアベルドミッテの経済紙が一斉に『資源管理の民営化検討』を論じ始めました」


「早すぎるな」


「ええ。事故の政治利用を前提としていた動きに見えます」


ビアンカがサムを見る。


「資源管理局内部に協力者がいる可能性、かなり高いわね」


「最初からそのつもりで動く」


 サムの声は短い。


 チェンバレンはそのやり取りを観察するように見ていた。

 そして、最後に一枚の紙を机の中央へ置く。


 それは人名の写真付きリストだった。


「こちらは、現在デアベルドミッテとアーリア・インダストリーの関係者候補と、双方と接点を持つローマン共和国側の関係者候補です。まだ裏取り途中ですが、上位二名は特に注意した方がいい」


 サムが紙を見る。その中に、資源管理局関係者の名があった。


「……ありがたく受け取っておく」


 チェンバレンはわずかに頷いた。


「その代わり、と言うつもりはありませんが」


「なんだ」


「現地で、事故の物理的な違和感――つまり“本当に事故かどうか”を示す何かを掴んだら、いずれ共有していただきたい」


「交渉か」


「情報交換です」


「言い換えただけだ」


「言葉とは、だいたいそういうものです」


 サムは数秒だけ彼を見た。それから紙を畳んで内ポケットへ入れる。


「検討する」


 チェンバレンはそれ以上は追わなかった。サムは早くも情報と認知戦が本格化している事を実感する。


 応接のあと夕食を提供され、三人は基地内の宿泊区画へ案内された。古い煉瓦造りの宿舎を改装した建物で、軍施設らしく簡素だが清潔だった。


 窓からは軍港が見える。夕暮れはすでに濃い群青へ変わり、艦艇の灯火が静かに浮かんでいる。


 部屋に荷物を置いたあと、サムは短く言った。


「一時間後、そちらの部屋に顔を出す。各自、それまでに今の情報を整理しておいてくれ」


「了解」


「はーい」


 ミアとビアンカは別室へ入る。扉が閉まると同時に、ミアはベッドへ勢いよく腰を落とした。


「……すごいね、ブリタニア」


「そうね」


 ビアンカは窓際に立ち、外の軍港を見る。


「空母まで持ってるなんて思わなかった」


「飛行艇もすごいけど、あっちもすごい……」


 ミアは仰向けになって両手を広げた。


「技術って、国の考え方が出るんだね」


 ビアンカはその言葉に、少しだけ目を細めた。


「どういう意味?」


「Qじいの飛行艇は、“遠くへ行って帰ってくるため”の機械って感じ。でもブリタニアの空母は、“どこへでも戦いを持っていくため”の機械って感じがする」


 しばしの沈黙。

 ビアンカは振り返り、ベッドの上のミアを見る。


「……たまに、驚くほどちゃんとしたこと言うわよね」


「たまにって何」


「普段は七割くらい食べ物か変な発明の話をしてるから」


「ひどい!…でも、さっきのチョコチップクッキーは美味しかったな」


 ミアは頬を膨らませるが、直ぐ食べ物の話に戻る。


「こちらでは、ビスケットと言うのよ」


 ビアンカは少し苦笑い。


 ミアは真面目な顔になる。


「でも、チェンバレンさんの話、本当っぽかった」


「ええ。ただし、“本当のことだけを言ってる”とは限らない」


「それも分かる」


 ミアは起き上がる。


「あの人、隠してることあるよね」


「もちろんあるでしょうね。諜報部だもの」


「でも、アーリアを警戒してるのは本気かな」


「そこは本気だと思う」


 ビアンカは腕を組んだ。


「違いは、その本気が私たちのためじゃなく、ブリタニアの国益のためってこと」


「国って、だいたいそういうもの?」


「たぶんね」


 それを聞いたミアも、腕組み深く息をついた。

 その時だった。


 ミアの手首のブレスレットが、かすかに光を帯び始めた。


「…えっ!何…?」


続く


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