第26話「洋上でのブリーフィング」 ―軍事大国ブリタニア
飛行艇の機内は、エンジンの低い振動に満ちていた。
四発の機関が規則正しく唸り、金属の胴体全体に重い安心感のようなものを行き渡らせている。
窓の外には、果てしない海。
雲の切れ間から差す光が、波の表面を銀色に引き裂いていた。
ミアは後部座席に座って、窓際に張りつくように外を見ていた。
ミアとビアンカは、支給された茶皮のハーフコートタイプのフライトジャケットをスーツの上に纏っている。
そして2人の頭には、Qじい発明のヘッドホン型双方向無線機。
スーツの上に、黒皮のハーフコートタイプのフライトジャケットを纏ったサムも装着し、試用を兼ねて機内通話として使っている。
ミアは最初の三十分ほどは完全に“初めて飛行機に乗る人”の顔だったが、さすがに景色が延々と海だけになってくると落ち着いてくる。
「……海しかない」
「海の上だからね」
ビアンカが淡々と返す。
「いや、分かってるけど。もっとこう、何かあるかと思って…」
ミアは少しだけ唇を尖らせた。
出発したのは夕方だったので、既に日は沈み始めていた。
ミアは、改めてこの飛行艇の凄さに感心させられていた。
サムの説明では、この飛行艇のエンジンにはイオン風を応用した最新の反重力リフターが搭載されている。
最高速は約700km/h、巡航速度が約600km/hで、航続距離はなんと17,000kmもある。
この時代の航空機としては桁違いの性能である。
事故の発生した海域までは約15,000キロの距離、単純計算で約25時間ノンストップで到着できるが、操縦できるのはサムだけ。
オートパイロット機能は、高度や機首の向きを一定に保つ事が精一杯な時代。
だがこの飛行艇は、針路・高度・速度を指定して自動で巡航させる事が出来るなど充実している。
それでもやはりその間は寝ている訳にはいかない。
まずはローマン共和国と南方大陸のほぼ中間地点にある、ブリタニア共和国領のニューバーミンガム島を目指す。
その島へは時差もある為、現地時間翌日の夕方頃に到着を予定。
そこで一晩休息を取り、翌朝出発後南下し事故現場へと向かい、その日の夕方までには到着する予定だ。
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夜間飛行に入り、後部座席側には機内灯が燈る。
「操縦、交代しようか?」
ミアが真顔で言う。
「今日初めて飛行艇に乗った者に操縦桿を預けると思うか?」
サムが、またかといった表情で答える。
「でも、オートパイロットの間なら大丈夫じゃないの?実際に操縦するわけでじゃないし」
ミアは素朴な疑問で返す。
「いくらオートパイロットでも、突然の乱気流や落雷には対応できないだろう?」
サムは冷静に切り返す。
「そうよ、ミア。ここはサムに任せなさい。その為に休息を間に取るスケジュールを組んだんだから」
流石にビアンカもサムを擁護する。
サムは淡々と語る。
「確かに。この飛行艇は、他の航空機の性能を遥かに凌駕している。」
「だが、万能ではない。」
「これはあくまでも飛行艇だ。離着陸するには、海か大きな湖や河川に限られる。つまりその分、作戦行動範囲も制限される。」
「性能にも限界がある。安全に離着水できる波高は約3メートル以下。荒天時は運用制限が大きい」
「更に操縦には船と飛行機の両方の知識が必要だ。水面の離着水はもちろんだが、低速域でのコントロールは普通の航空機よりも難しい」
「……うー分かった」
サムから思い切り現実を突きつけられたミア。
そのまま渋々と座席に戻り、ブツブツと呟きながらブレスレットをクローズモードで起動させた。
「…何処でも離着陸出来て…。操縦をサポートする機能…」
ミアは古代文明アーカイブの航空機を閲覧していた。そこである航空機のデータのところで目が止まる。
「…ティルトローター?…V 22?…」
更に量子AIプロセッサーの応用項目を参照。
「…AIフライトサポートシステム?…量子コンパス?…」
しばらくするとミアの表情が…
あの悪い笑顔になる。
その様子を見ていたビアンカはサムに耳打ちをする。
「気をつけて。あの子何か企んでるわよ」
サムは片眉を上げながらそっと後ろを振り返ると、ミアがこちらを見ながらニヤニヤしている。
サムは軽く咳払いし、
「ミア、さっき渡した資料に目を通してくれ」
「はーい!…♪Q〜じ〜いにそーだんだ〜♪」
ミアは元気よく返事をして、意味不明な歌を歌いながら、膝の上に広げた簡易図面へ目を落とす。
サムが事故船の構造概要をまとめたものだ。
荷室配置、機関区、船橋、居住区。
その横には、事故の第一報をもとにした被害想定が書かれている。
「荷室の中央右舷寄りで最初の爆発…か…」
ミアが呟く。
「精製済み蒸気石の保管区画としては、妙に嫌な位置ね」
ビアンカも図を覗き込む。
「延焼した場合、隔壁を一つ越えれば副機関室寄り。さらに悪ければ主配管にも熱が回る」
「航行不能になった理由としては十分」
前方席からサムの声が飛んできた。
「だが、問題はそこじゃない」
操縦席から顔だけを少し向け、サムが続ける。
「精製済み蒸気石の荷室に、活性剤がどうやって入ったか。そこが最大の争点になる」
ミアは足を組み替え、考え込む。
「普通は持ち込み禁止だよね」
「当然だ」
「しかも、テスト用活性剤なんて、扱う人は危険性を知らないはずがない」
「そういうこと」
ビアンカが腕を組む。
「つまり、“誤って落とした”は嘘」
「少なくとも、かなり不自然だ」
サムの返答は冷静だったが、そこにはほぼ確信が混ざっていた。
ミアはしばらく黙ったあと、小さく言った。
「……やだな」
「何が?」
「事故ってことにして、人が死んで、それで誰かが得する感じ」
その声には、いつもの軽さがなかった。
サムは何も言わなかった。代わりにQじいから託された書類の束を、置いてあった副操縦席から後方へ回してよこす。
「現地到着前に読んでおけ。救助に入ったアーリア系列船の概要だ」
ミアが受け取り、ビアンカと一緒に目を通す。
船名
所属
積荷
乗組員数
そして“たまたま”同乗していた記者二名の所属通信社。
「たまたまが多いね」
ミアが言う。
「多すぎるわね」
ビアンカも同意した。
サムは短く答えた。
「偶然は、一つなら偶然だ。重なると、意図になる」
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それから数時間のフライトの後、中間地点であるニューバーミンガム島が見えてきた。
感覚的にミア達にとっては朝を迎える時間帯だが、時差がある為こちらでは既に日が傾き始めていた。
サムが島にあるブリタニア海軍基地に無線連絡を行う。
もちろん今回立ち寄る事は事前に連絡済みである。
ミアとビアンカは窓から基地を見ると同時に驚きの光景が目に入る。
海軍基地なので当然戦艦の類いは停泊している。
その中で特に異彩を放つ大きな艦影に2人の目は釘付けとなる。
「凄い!船の上に飛行機が沢山!」
ミアが思わず声を上げる。
その船は上部が全て木製の平らな甲板で、通常、船の真ん中にある艦橋は甲板の縁に建っている。
甲板の上には、翼にブリタニア海軍のマークが印された複葉機と、数機の全金属製単葉機で埋め尽くされていた。
ビアンカも同様に声を上げる。
「あんな船、初めて見るわ」
「あれが、ブリタニア海軍初、いや世界初の航空母艦『ビッグ・ベン』だ」
サムが操縦桿を握りながら説明する。
ミアとビアンカは、軍事大国と言われるブリタニアの片鱗をいきなり見せつけられ、ため息と共に暫く沈黙した。
サムはブリタニアの管制官からの指示で、指定の場所へ機首を向け着水を行った。
指定の桟橋に飛行艇を停め、三人は十数時間ぶりに外に降り立った。
桟橋ではブリタニアの海軍兵達が飛行艇の係留作業をしている。
ミアとビアンカが身体を伸ばしていると程なく、一台の乗用車が近づいてきてサム達の前に停まった。
ネイビーブルーの車には海軍の制服を着た運転手、そして助手席から一人の男性が車から降りた。
「ニューバーミンガム島へようこそ。エージェント・ウエストレイク」
サムと同じ位の背丈、金色の短髪で年齢は二十代後半。仕立ての良いテーラードスーツを見に纏った男は、丁寧な挨拶と共に手を差し出す。
「ブリタニア共和国諜報部のスチュアート・チェンバレンです」
予定外の人物の出迎えにサムは困惑すると共に、ここが只の休息地点でない事を直感する。
夕陽がサム達を照らし始めた。
続く




