表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スチームパワード アドベンチャー ミアとビアンカ  作者: ELWOOD CRAFTWORKS
第一章 覚醒と陰謀

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/58

第22話「技術の隔たり」-特命チーム結成

 国家保安情報局本部

 装備開発部・主任技師個室


 ミアの手首の上に展開された青白い表示面が、静かに明滅していた。


 複数の波形。

 数値列。

 同期状態。

 内部演算ログ。

 そしてコラージョの機体情報。


 誰も、すぐには口を開かなかった。

 クエンティンだけが、その表示を一歩も動かず見つめている。その目は見開かれていたが、そこにあるのは混乱ではない。


 解析。

 理解。

 追跡。


 技術者としての、むき出しの知性だった。

 やがて彼は、低く呟く。


「……幻灯機?いや、投影式表示ではないな」


 サムが小さく息を吐く。


「そこからか」


 ビアンカが呆れたように言う。


「私ならまず“何これ”で止まるわ」


 ミアは少しだけ笑った。


「思ったとおりの反応ね、Qじい」


 クエンティンは表示面から目を離さない。


「光の位置が不自然だ。外部投影なら角度によって揺らぐ。だがこれは違う、視界補正……いや、観測位置に合わせて情報層を固定している?」


 ミアが目を瞬かせる。


「そこまで分かるの?」


「分かる」


 即答だった。


「だが、理解はまだしていない」


 クエンティンはゆっくり一歩近づく。


「触れても?」


 ミアは少し迷ってから頷いた。


「表示には触れないで。見るだけにして」


「わかった。十分だ」


 クエンティンは身を屈める。


 波形を見る。

 数値列を見る。

 同期ログを見る。

 視線の動きが明らかに速くなっていく。それは戸惑いではない。思考している。


「……おかしい」


 小さな声。


「何が?」


 サムが聞く。


 クエンティンは返事をせず、机の上のメモ用紙を掴むと鉛筆を走らせ始めた。


 ガリ、ガリ、ガリッ――


 書かれていくのは、円、位相差、圧力曲線、補正値、遅延予測。


「通常の蒸気制御ではない。機械式でもない、電気式とも違う。演算が速すぎる……いや、速いというより……」


 そこで彼の鉛筆が止まる。


「予測している?」


 ミアが頷く。


「補助演算してる。全部じゃないけど」


 クエンティンの目が鋭くなる。


「演算主体はどこだ?」


 ミアは一瞬だけ黙った。

 サムが横から言う。


「答えられる範囲でいい」


 ミアはコラージョに目を向けた。


「分散してる。ブレスレットだけじゃないわ。コラージョ側にもあるし、スチームパック側にも」


 クエンティンの鉛筆がカタンと机に落ちた。


「……分散処理」


 サムが聞き返す。


「何だそれは」


 クエンティンは紙に描いた複数の円を線で結ぶ。


「通常の解析機関は、一か所で考える。だがこれは違う。複数の演算核が役割を分担し、同時に処理している。だから遅延がほぼ無い」


 ビアンカが眉をひそめる。


「つまり?」


 クエンティンは言った。


「今の時代の技術じゃない」


 部屋の空気が静かに張り詰めた。


 ミアはその反応を見て、とうとう観念したように小さく息を吐いた。


「……そうよ」


 クエンティンが顔を上げる。

 ミアは真正面から彼を見た。


「Qじい…それ、古代文明発祥の技術」


 沈黙。

 サムもビアンカも黙ったまま、クエンティンの反応を見る。彼はしばらく動かなかった。


 やがて、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。


「……なるほど」


 その声に、軽視も否定もなかった。


「だから今の理論体系からはみ出しているのか」


 ミアは頷いた。


「全部じゃないけど…でも、核の部分はそう」


 そしてコラージョの前にしゃがむ。


「コラージョ、お願い」


 ゴロゴロ……


 黒鉄の猫が低く鳴く。その口元が静かに変形し、内部から小さな収納ケースがせり出した。ミアはそれを取り出し、机の上に置く。


 パチン、と開く。


 中には、薄いカードサイズの板が七枚。金属とも石ともつかない質感。表面には複雑な回路のような光が埋め込まれている。


 サムが息を呑む。


「これが……量子AIプロセッサー」


 ミアが言った。


「十枚あったうちの残り。三枚はもう使ってる。一枚はコラージョ、一枚はスチームパック、一枚は予備の小型リアクター」


 クエンティンはケースの中身を見つめたまま、微かに呟く。


「量子と言ったか?……」


 その声色が変わった。今度は、ただの驚きではない。彼の専門の一端に触れた時の声だ。


「量子力学と量子論は、今の学界でもまだ仮説だらけだ。物質は連続しているように見えて、実際には飛び飛びの状態を取る」


「光は波であり粒子でもある」

「観測の仕方で振る舞いが変わる」

「位置と運動量は同時に正確には定められない」


「つまり、我々の常識的な機械論がそのまま通用しない領域だ」


 ビアンカがぽかんとする。


「……急に難しいわね」


 サムがぼそりと。


「私も途中から置いていかれた」


 クエンティンは気にせず続けた。


「だが、理論としては理解できる。極小の世界では、複数の状態が重なり合う。そして観測によって一つに定まる」


「もしその性質を演算に使えるなら…」


 彼の目が、ケースの中のカードに釘付けになる。


「今までの解析機関とは比較にならん」


 一拍。


「だが、“AI”とは何だ?」


 ようやく、そこに引っかかったらしい。


「人工知能……か?私は人工知能の概念を、物語の空想以上には理解していない。前に孫に読んでやった絵本や小説には出てきたがな」


 ミアはケースを閉じながら少し考えた。


「私も全部は理解してない。でも……」


 コラージョの頭を撫でる。


「簡単に言うと、考えるための仕組みを機械の中に作る感じ」


 クエンティンが眉をひそめる。


「計算機関とは違うのか?」


「違う」


 ミアは言う。


「ただ答えを計算するだけじゃなくて、状況を見て、選んで、学んでいく。人の脳を真似するって言えば近いかな」


 サムが聞く。


「つまり、コラージョは自分で考えてるのか?」


 ミアは少しだけ言葉を選んだ。


「完全に人と同じじゃない。でも、ただの自動機械でもない。この子は状況を見て、自分で判断して動く。危ない時に先に反応したり、私が言わなくても守る動きをしたりする」


 ビアンカはコラージョを見る。その視線には、前から抱いていた疑問が滲んでいた。


「……やっぱり」


 小さく呟く。


 ミアが振り向く。


「何?」


 ビアンカは少し迷ってから首を振った。


「なんでもない」


 だが彼女の中では、答えが形になりつつあった。


 ミアが最初にこの機体を『コラージョ』と呼び始めた理由。そして、このバイクの中には、単なる制御機構以上の『誰か』がいるのではないか、という予感。


 ただ、それを今ここで口にすべきではないとも理解していた。ミア自身も、その核心までは話していない。いや、話せないのだろう。


 クエンティンはそこまで踏み込まず、別の角度から考え始める。


「なるほど……量子演算基盤の上に、状況選択と学習の層を重ねているのか。だから制御遅延が無いだけでなく、状況への適応が異常に速い。」


 ミアが少しだけ目を丸くする。


「Qじい、そこまで分かるの?」


「理屈が見えれば、その先は追える。全部は追えんがな」


 クエンティンはそこで初めて、心底悔しそうに息を吐いた。


「……これを作った文明は、我々の“延長”ではない。別の枝だ。しかも、かなり先にいる」


 サムが静かに言う。


「再現はできるか?」


 クエンティンは即答した。


「無理だ。少なくとも完全にはな、理論は部分的に推測できる。だが材料も、加工精度も、何より思想が違う」


「思想?」


 ミアが聞き返す。

 クエンティンは紙に描いた複数の円を指で叩く。


「今の蒸気技術は中心が一つだ。蒸気核があり、機関があり、制御弁がある。つまり“主従”だ」


「だが君のこれは違う。複数の核が横に繋がり、一つが止まっても全部が止まらない。兵器や武器…破壊に使う思想ではない」


 一拍。


「文明的な思想だ」


 ミアの目がわずかに揺れる。局長の言葉と重なったのだろう。クエンティンは続ける。


「兵器は壊すために最適化される。だがこれは違う、壊れないために組まれている。止まらないために、そして生き残るために」


 ミアは小さく微笑んだ。


「……そこまで分かるんだ」


「分かりたくなくても分かる」


 クエンティンは苦い顔をする。


「私は技術者だ」


 サムが壁から背を離す。


「クエンティン」


「局長から、新しい特命の話は聞いているな」


 クエンティンの表情が実務のものに戻る。


「ああ」


 サムはミアとビアンカを見る。


「局長から正式に命令が出た。私たちは新しい特命チームとして動くことになる」


 ビアンカが表情を引き締める。


「……内容は?」


 サムは指を折るように整理して告げる。


「一つ、引き続き資源管理局の内務調査。二つ、アーリア・インダストリーの調査。三つ、これから想定される破壊工作活動の防止と対処。四つ、装備開発部と共同で、この特命に必要な装備の開発」


 ミアが目を瞬かせる。


「装備開発部と共同……つまりQじいと一緒ってこと?」


「そういうことだ」


 サムは頷く。


「メンバーは私、ミア、ビアンカ。それから…」


 少し間を置く。


「ハンス・モレンカンプ」


 ビアンカが聞き返す。


「もしかしてギヤ爺のこと?」


 サムは言った。


「彼の本名だ」


 ミアが吹き出す。


「ジジイ、そんな格好いい名前だったの?」


 ビアンカも少し笑う。


「初めて知ったわ」


 クエンティンは腕を組む。

 サムが続ける。


「以上の四人と一台で編成する、局長直轄の特命チームだ」


 部屋が静かになる。笑っていられる話ではない。だが同時に、もう後戻りはできないという現実が、はっきり形を持ってそこにあった。


 ミアはコラージョに手を置いた。黒鉄の装甲は、静かに熱を持っている。


「……分かった。…やるわ」


 ビアンカも頷く。


「ここまで来たらね」


 クエンティンは小さく息を吐いた。


「なら装備の件は私が見る。いよいよ、この発光煙幕発生器の出番かな?」


 沈黙。


 次の瞬間、サムが吹き出した。

 ビアンカは額を押さえ、ミアは大笑いする。


「Qじい、それ本気で言ってるの?」


「私は冗談は言わん」


 コラージョが低く鳴く。


 ゴロゴロ……


 その音は、どこか楽しんでいるようにも聞こえた。


 こうして、未知の技術と国家の思惑を抱えた小さなチームが動き始めた。


 その先に待つのが、破滅回避か、さらなる混乱かまだ誰にも分からない。だが少なくとも今、彼らは同じ方向を向いていた。


続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ