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スチームパワード アドベンチャー ミアとビアンカ  作者: ELWOOD CRAFTWORKS
第一章 覚醒と陰謀

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第20話「装備開発部」-奇才の主任技師(前編)

 国家保安情報局本部

 装備開発部


 局長室のある上層階とは、空気そのものが違っていた。


 油の匂い。金属の匂い。蒸気と薬品の混ざった、いかにも“作業場”の空気。


 壁には工具がずらりと掛けられ、棚には図面の筒や見慣れない部品箱が積まれている。


 広い作業台の上には、武器らしきもの、装置らしきもの、分類不能な何かが所狭しと並んでいた。


 ミアは足を踏み入れた瞬間、目を輝かせた。


「うわぁ……」


 その声には、警戒より先に感動が滲んでいる。

 一方、ビアンカは入り口で一歩止まった。


「……何ここ」


「兵器庫と工房と事故現場を混ぜたみたい」


 サムは慣れた様子でその奥へ進む。


「ここが装備開発部だ」


 その時だった。部屋の奥から、不機嫌そうな声が飛んでくる。


「入るなら靴裏の泥を落としてからにしたまえ!」


 声の主は、作業台の向こうに立っていた。

 白衣を着た六十代前半ほどの痩せ型の男。


 背は高いが、神経質そうな立ち姿。

 薄い白髪に長い眉毛。

 口元には頑固そうな線が刻まれている。


 だがその目は鋭い。細部を見逃さない、技術者の目。


 ハルフォード・クエンティン

 国家保安情報局装備開発部主任技師。


 彼は工具を片手に、まずサムを睨んだ。

 サムは懐から懐中時計を取り出し、作業台に置いた。


「……またかね、サム」


 開口一番、それだった。

 サムは帽子を少し上げる。


「やあ、クエンティン」


 クエンティンは作業台の上の懐中時計をつまみ上げた。蓋の内側に小型カメラ機構が仕込まれた情報局の標準装備品である。レンズ部分には見事なひびが入っていた。


「いつも言っているだろう」


 クエンティンは、いかにも言い慣れた調子で説教を始めた。


「『装備品は滞りなく無傷で返却すべし』と」


「君はこれが国の財産だという自覚が足りん……」


 サムはため息をついた。

 

「現場の苦労を知らないな」


「知る必要はない」


 クエンティンは即答した。


「壊さず使うのがエージェントの基本だ」


 サムも言い返す。


「壊れる場所に持って行くのがエージェントだ」


 クエンティンも負けずに、


「壊れる場所に行かなければよい」


サムは呆れながら、


「それが出来たら苦労しない」


ビアンカが小声でミアに囁く。


「……いつものやり取りっぽいわね」


 ミアは素直に頷いた。


「実は仲良しなのかしら」


「違う!!」


 サムとクエンティンが同時に言った。部屋の隅にいた若い技術員が吹き出しそうになるのを慌てて堪えた。


 サムは咳払いした。


「今日は修理の件だけじゃない。局長命令で、二人を連れてきた」


 クエンティンの視線がようやくミアとビアンカへ向く。


「……ほう」


 サムが紹介する。


「ミア・デラ・フォルトゥナ」


「ビアンカ・アンドリーニ」


 ミアはぺこりと頭を下げた。


「どうも」


 ビアンカも続く。


「お邪魔します」


 クエンティンは二人を見比べる。そして最後に、コラージョで視線が止まった。


 その瞬間だけ、明らかに空気が変わった。


「……それが例の機体か」


 ミアがコラージョのハンドルを軽く叩く。


「そう。コラージョよ」


 ゴロゴロ……


 コラージョが低く鳴く。


 クエンティンは目を細める。


「面白い」


 短い一言だったが、本気の声だった。

 ところが、ミアの意識はすでに別の場所へ飛んでいた。


「ちょっと待って、何これ、何これ?」


 棚の上には銃の先端に装着する擲弾てきだんの様なものがあるが、先端が薄いゴムで覆われている。


 サムが頭を押さえた。


「……始まったな」


 ビアンカは逆に一歩引く。


「ちょっと危なくない?」


 クエンティンは得意げに胸を張った。


「危ない? 失敬な」


「これは普通の銃で発射が出来る、最新式の拘束擲弾だ。

弾頭に強力な粘着性の液体が詰まっている」


 ミアの目が輝く。


「おお〜!」


 ミアの様子に気を良くするクエンティン。


 クエンティンは、さっき自分とサムのやり取りを見ていた部下の技術員を呼ぶ。


「君、すまんがそこの壁に立ってくれ」


 技術員が言われたとおりに、壁の前に立つ。


 クエンティンがサムに言う。


「サム、君の銃を貸してくれ」


「クエンティン。滞りなく無傷で返却してくれよ」


 サムがここぞとばかりに嫌味を交え、銃を渡す。


「分かっとるわい!」


 クエンティンは銃を受け取り、中折れ式の弾倉から一旦弾を抜き取る。そして先端に弾頭のない蒸気圧縮弾を1発装填。


 更に銃の先端に、先程の拘束擲弾を差し込む様にセットし、部下の技術員に銃を向ける。


「主任!まだそれの……」


 標的にされた部下の技術員が何か言いかけている。

 クエンティンは躊躇わず銃を撃つ。


バスッ!


 発射された擲弾の弾頭がすぐに弾け、中の粘着性の液体が技術員の体を覆う様に壁に着弾。


 部下の技術員は壁に貼り付けられる。


 クエンティンが得意気に言う。


「この様に相手を簡単に拘束する事が出来るわけだ。粘着性の液体も自然由来のものだから、環境にも優しい」


 サムとビアンカは唖然とするが、ミアは大喜び。


「凄い!凄い!」


 一方、壁に貼り付けられ悶絶する技術員が、悲痛な声で訴える。


「……主任…この剥離剤が…まだ…出来てません…」


 サムが呟く。


「環境の前に、部下に優しくするべきでは…?」


 ビアンカは思わず腕を組み、ウンウンと頷く。


 ミアは貼り付いた粘着液を、指先で突っ突きながら技術員に話しかける。


「…助手くん。大丈夫?」


 クエンティンは冷静に他の技術員に指示する。


「おーい!急いで剥離剤を仕上げてくれ....」


 クエンティンは気にせず、別の装置を指差す。


「こちらは夜間潜入用の可搬式発光煙幕発生器」


 ビアンカが首を傾げる。


「何するもの?」


 クエンティンは真顔で答えた。


「煙を撒きながら自分も光る」


 沈黙。


 サムが静かに言う。


「冗談だろ」


「私は冗談は言わんよ。エージェント・サム」


 クエンティンが即答する。


「これは暗闇で味方に位置を知らせる」


「いや、普通に敵にも知らせてるだろ」


 サムが突っ込む。


「君は発想が守りに入りすぎている」


 真顔のクエンティン。


 ビアンカは本気で困惑した。


「……これ、装備品なのよね?」


 ミアだけは拍手しそうな勢いだ。


「すごい! 発想が自由だわ!」


 サムがぼそりと言う。


「自由過ぎる仲間が増えたな……」


 ビアンカは困惑しながらも、見慣れた形の物が目に入る。


「あっ、これなら軍で見た事があるわ。無線機の受話器よね」


 ビアンカは、作業台の上に何点か置いてあった、ヘッドホンの様な物を指す。


 クエンティンが説明する。


「ああ、それは元々、妻に頼まれて作り始めた物だ。隣の奥さんと家事をしながら会話したいと言うもんでな」


 サムが言う。


「井戸端会議用の発明品か?私的な目的の物はマズいだろう」


 クエンティンが言い返す。


「技術の発想と言う物は九割が日常から生まれる物だよ。勿論、これは装備用として改良した物だ」


 クエンティンはミアを呼ぶ。


「ちょっと君、これを着けてみてくれ」


 クエンティンはミアにヘッドホンを被せる。

 ミアは思わず言う。


「私、猫族(ケット・シー)だよ。耳の位置が違う……」


 クエンティンが言う。


「心配は無用。隣の奥さんも猫族(ケット・シー)だ」


 そう言いながら、ヘッドホンの受話器部分を動かす。

 受話器部分が丁度、ミアの耳の辺りに収まる。


 更に折りたたまれていたマイクを口元に伸ばし、受話器のところからアンテナを伸ばした。


 ヘッドホンから伸びている配線の先には、スキットルの様な形と大きさの黒い革製カバーがついたボックス。そのボックスを腰のベルトにぶら下げた。


「これで良し」


 そう言ってクエンティンは自分にも同様に装着して、少し離れたところから説明し始めた。


「これは複数人が同時通話できる無線機だ。猫族も犬族も同様に使える」


 サムもビアンカもこれには感心した。


「こんなに小型なのか?これは電気式だろう?電源は?」


 サムは疑問に思った。


 現状この世界で、ポータブル電源と言えば蒸気式発電機か大きな鉛電池が主流だ。


 クエンティンが疑問に答える。


「電源はスメラギで最近新しく発売された乾電池を使用している。送受信機が小型なのは、その分性能を犠牲にしている。使用有効範囲は500メートルだ」


 スメラギ国は東方大陸にある国。王政ではないが、古代文明以前の太古の国を建国統治した、神話的な王の名を国名とした永世中立国である。


 農業と工業がバランス良く発展し、ブリタニア共和国と並ぶ、技術大国でもある。


 サムは性能を犠牲にしているとはいえ、これは十分使えると思った。


「今日見た中で一番マトモだな」


「何か言ったかね? サム」


 クエンティンは離れていたので、良く聞こえなかった様だ。


「ふおお〜 良く聞こえる!これ凄いよ!ビアンカ!これお土産にしようよ」


 ミアが興奮してビアンカに話しかける。


「ミア。凄いのは分かるけど、ここお店じゃないから」


 ビアンカは苦笑いする。


_________________


 ここは装備開発部奥にある、クエンティンの個室。


 ひとしきり落ち着いたところで、クエンティンはようやく本題に戻った。


 コラージョにゆっくり近づく。

 ぐるりと一周する。視線は装甲の継ぎ目、尾部、前輪、駆動部へと淀みなく動く。


「……装甲材質は?」


 ミアの表情が少しだけ引き締まる。


「企業秘密。」


「まあ当然だな」


 クエンティンはむしろ満足そうだった。

 次に彼の目がブレスレットへ向く。


「それ」


 ミアが反射的に手首を引く。


「何?」


「制御に関わるものだろう?」


 クエンティンの目が鋭くなる。


「しかも、既知の蒸気式操作系統じゃない」


 サムが口を挟む。


「どこまで分かる?」


 クエンティンはコラージョの尾部を見た。


「少なくとも通常の共振制御装置ではない。反応に“間”がない」


 ミアの眉がわずかに動く。

 クエンティンは続けた。


「通常の機械式、電気式、蒸気式。どれであれ、入力と挙動の間には僅かな遅れが出る。だが君と機体の制御には、それが見えん。それどころか、君はこの機体を操作している素振りもない」


 クエンティンが疑問に思っている間も、コラージョは自走し、尻尾動かし、表情も動いている。


「カラクリ人形の様に、動きを予め指示(プログラム)している様にも見えない」


「当然よ。この子は自分の意思で動いているから」


 ミアが真顔で答える。


「ありえん。この間孫娘に買った本の内容じゃあるまいし」


 サムが少し興味を持った様に聞く。


「ちなみに何てタイトルだ?」


「『機械人形は電気クラゲの夢を見るか?』だよ」


「大人向けのベストセラーだが、ちなみお孫さんは幾つ?」


「5歳だ。私に似て将来有望な技術者になるだろう」


 ミアが思わず言う。


「あーそれ私も読んだよ!面白かった」


 クエンティンは椅子に腰を掛ける。


「私も技術者だ、科学も化学の知識もそれなりにあるつもりだ。だから人工知能の概念が理解できない訳ではない」


 クエンティンは続ける。


「ただ、それあくまで現在の技術力上での話しだ。だから言える、この機体は今の『時代』のモノじゃない」


 クエンティンの鋭い洞察力に三人は緊張する。

 沈黙が続く。


 そして…ミアがその沈黙を破った。


「ねえ」


「私と『時代』を抜きにして『技術』について話しをしてくれる?」


 ミアはクエンティンを見つめ話しかけた。


続く

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