第19話「出頭」ー少女の告白(後編)
国家保安情報局
局長執務室
ミア達は、バーナード局長の面談の末、制限付きだが臨時協力者として認められる。
そしてミアは、密かに決心した事を実行する前に、改めてバーナードの真意を確かめる様に質問した。
「局長自身は技術をどうしたいの?」
「守りたいの?使いたいの?それとも封じたいの?」
ミアがいつもの口調に戻った。
部屋が静まり返る。
健康葉巻の先端だけがかすかに赤く光っていた。
バーナードは視線を窓の外へ向けた。
カステルッチの蒸気塔が朝の光の中に見える。
「……封じることはできん」
静かに言う。
「技術は一度この世界に出たら、必ず広がる。誰かが止めても、別の誰かが辿り着く」
ミアは黙って聞いている。
「だから私は、封じるより先に線を引くべきだと思っている」
バーナードは振り返った。
「国家は技術を独占したいわけではない。…少なくとも私はな。だが敵に先に握らせるわけにもいかない。この国が生き残るために必要なら守る。必要なら使う。だが――」
一拍。
「支配のためには使いたくない」
ミアの目がわずかに揺れた。
バーナードは続ける。
「私の本音を言えば、技術は人を便利にし、豊かにするものであるべきだ」
「本来はな」
「だが、現実には最初に軍が欲しがり、次に企業が値段を付け、最後に政治家が旗印に使う。それが気に入らん」
サムが小さく目を伏せる。
ビアンカは思わず腕を組み、わずかに頷いた。
バーナードの声は低いままだった。
「この国は若い、だからこそまだ引き返せる。私が欲しいのは“支配の技術”ではない。破滅を避けるための技術だ」
ミアは局長をじっと見た。
「……破滅回避の為」
ぽつりと呟く。
「そうだな…」
「世界が、いや少なくともこの国が取り返しのつかない崩れ方をする前に止める。そのためなら、私は汚れ役も引き受ける」
ミアはゆっくりと息を吐いた。
そこに嘘はない、と感じたのだろう。
⸻
「……分かった」
ミアが言う。
ビアンカがミアを見る。
サムも静かに視線を向ける。
ミアは一度目を閉じ、そして開く。
「局長。私、これ以上隠したままエージェントなんてできない。だから言うわ…」
ビアンカが息を呑む。
「ミア……?」
「ごめん、ビアンカ」
ミアは先に彼女を見た。
「ずっとちゃんと話してなかった。三年前……あなたと知り合う前のこと」
ビアンカは何も言わず、ただ聞いていた。
ミアは左手のブレスレットに触れる。
「まず、これ」
「もう分かっていると思うけど、このブレスレットはただの飾りじゃない」
バーナードの目が細くなる。
「見せてくれるか?」
「ええ」
ミアは指先で操作する。
カチ……と小さな音。
次の瞬間、ブレスレット表面が淡く発光し、薄い表示面が空中へ広がるように展開した。
青白い半透明の画面。ミアの手首の上に、複数の波形と文字列が浮かぶ。
ビアンカが目を見開く。
「……何!、これ?」
サムも一瞬、言葉を失った。
局長ですら身を乗り出した。
「ブレスレットの機能か……」
ミアが頷く。
「普段は私にしか見えないようにしてる。でも、本当はこうやって周囲にも表示できる」
画面には、コラージョの内部状態、周辺環境の簡易スキャン、通信ログらしきものが流れている。
「このブレスレットは、コラージョやスチームパックの制御補助もしてる。観測、記録、演算、同期。」
「全部。」
サムが低く聞く。
「……これは、どこ製だ?」
ミアは数秒、沈黙した。
そして答える。
「古代文明の技術よ」
部屋の空気が変わった。
バーナードの目がさらに鋭くなる。
だが遮らない。
ミアは続ける。
「コラージョの技術も、スチームパック、小型リアクターも、全部そう。私はゼロから作ったわけじゃない」
「正確には、“渡されたものを使いこなしてる”の」
ビアンカが思わず口を開く。
「……渡された?」
ミアは頷く。
「三年前。ビアンカと会う前に、“観測者の代理”を名乗る人物から。ただし――」
ミアは局長をまっすぐ見た。
「具体的な場所は言えない…その人の正体も詳しくは言えない。そこは秘密にさせて…」
バーナードは数秒黙った。
「理由は?」
「私が勝手に明かしていい話じゃないから。それに、そこまで言ったら多分、全部が壊れる気がする」
局長はその答えをすぐ否定しなかった。
「……続けたまえ」
⸻
ミアは画面を操作してコラージョの前に立つ。
「コラージョ、お願い」
黒鉄の猫の顔が、低く鳴いた。
ゴロゴロ……
そしてその口元が変形しパネルがわずかに開く。
内部から小さな収納ケースがせり出した。
ミアはそれを取り出し、机の上に置く。
パチン、と開く。
中には、薄いカードサイズの板が七枚。
金属とも石ともつかない質感。
表面には複雑な回路のような光が埋め込まれている。
サムが息を呑む。
「これは……?」
「量子AIプロセッサー」
「蒸気式解析機関の様なものだけど、性能は比較にならない」
ミアが言う。
「これを十枚もらった。そのうち三枚は、もう使ってる」
「一枚はスチームパック」
「一枚は予備の小型リアクター」
「一枚はコラージョ」
「残りはここに保管してある」
バーナードがゆっくり問う。
「観測者とは何だ?」
ミアは少し迷った。だが、ここまで言った以上、止まれない。
「観測者は……世界の技術的な発展や動き、あと私自身の行動や決断を観測対象にしている存在」
「私も“観測される側”なの」
「私は未知のテクノロジーに惹かれた。だから条件を飲んだ。ブレスレットも、プロセッサーも、その代わりに受け取った」
バーナードが聞く
「その『条件』とは?」
「特に明確な行動の指示はないわ…観測者は、これからこの世界が技術の変換点に入っていくと.....そして私を通じてそれを観測させて欲しいと......それが条件。」
ビアンカがゆっくりと息を吐く。
「……じゃあ、今までそれを秘密にして、ずっと一人で抱えてたの?」
ミアは小さく頷く。
「最初は、世界の危機感なんて無かった。ただ、すごい技術を手に入れたって思ってた。これを使って、役に立つものを作りたかった」
「普段どおり発明して、普段どおり暮らして……」
「でも」
視線が落ちる。
「増幅炉の暴走事故のあたりから、さすがに自覚した。これ、放っておいたら危ないんだって」
バーナードが静かに言う。
「観測者は介入するのか?」
「基本しない」
ミアが答える。
「観測するだけ」
「ただし、技術で世界が物理的に崩壊するようなことがあれば別らしいわ」
サムが呟く。
「物理的に崩壊……随分と大きな話だな」
「私もそう思う」
ミアは苦笑した。
「言われた時は半分くらい信じてなかった。今は……ちょっと笑えない。それに気になる事もある」
「気になる事とは?」
バーナードが聞く。
「増幅炉事故の際、使われた増幅炉。あれは古代文明の技術を模倣してた」
ビアンカも思い出す。
「そういえば、確かに言ってたわね!」
「つまり君以外にも、古代文明の技術を手にしたものがいるということか?」
サムが聞く。
「分からないわ。だけどこのまま放置出来ない」
ミアが俯く。
⸻
部屋はしばらく静まり返った。
最初に口を開いたのは、バーナードだった。
「……なるほどな」
それだけだった。だが、その声には軽視も嘲笑もなかった。純粋に、重みを受け止めた声だった。
ミアはビアンカを見る。
「ごめん、あなたにはもっと早く言うべきだった。巻き込んでからじゃなくて」
ビアンカはすぐには答えなかった。
数秒後、肩をすくめる。
「怒ってないって言ったら嘘になる」
ミアがしゅんとする。
「でも」
ビアンカは続けた。
「今言ったでしょ。それで十分よ。黙ってたままの方が、たぶん私、もっと怒ってた」
ミアの目が少し潤む。
「……ありがと」
「泣かないで」
「泣いてない」
「ちょっとだけ泣きそうな顔してる」
「してない!」
サムがそこで小さく咳払いした。
「話を戻そう。局長、クエンティンにどこまで見せるかは、まだ保留にするべきです」
ミアも頷く。
「ええ、その人に公開するかどうかは、実際に会って判断したい」
バーナードはその答えに頷いた。
「クエンティンどころか、大統領にも安易に報告しない方が良いだろう」
そして、机の上の量子AIプロセッサーを見つめる。
「利益は一致したようだな」
ミアが聞き返す。
「利益?」
「君は世界の役に立つ形でその技術を使いたい。私は、この国と世界が破滅に向かうのを避ける為に、その技術を使いたい」
「お互い支配のためではなく、崩壊を防ぐためにだ」
局長の目がまっすぐミアを見る。
「少なくとも今、この一点において我々の利益は一致している」
ミアはゆっくり頷いた。
「……そうね、だったら協力する」
「でも」
一拍。
「さっきも言ったとおり、私の技術の線引きは、私も一緒に決める」
バーナードはわずかに笑った。
「当然だ。それがなければ、今の話を聞いた意味がない」
サムが静かに息を吐く。
ひとまず、この場は越えたと理解したのだろう。
⸻
その時、コラージョが低く鳴いた。
ゴロゴロ……
まるで話はまとまった、とでも言うように。
ミアはその頭を撫でる。
「よし」
バーナードは立ち上がった。
「では次だ、装備開発部のクエンティンに会ってもらう。だが、今の話をどこまで開示するかは君が決めろ。ちなみに彼は観察眼の鋭い男だ、隠しきれない部分もあるだろう」
ミアは立ち上がる。
「分かった…それで局長」
「何だ?」
「さっきの話。技術を支配のためじゃなく、破滅回避のために使いたいっていうの」
バーナードが答える。
「ああ」
「今のところ、信じるわ」
バーナードの耳がわずかに動いた。
それは、彼なりの笑みだったのかもしれない。
⸻
こうして、国家保安情報局局長との面談は終わった。だがそれは、終わりではない。
ミアが一人で抱え続けていた秘密が、ようやく国家の中枢と共有された瞬間だった。
そして次に待つのは“理論の男”、クエンティンとの対面である。
続く




