第18話「出頭」ー少女の告白(前編)
翌朝。
カステルッチ市内、
国家保安情報局本部前。
石造りの重厚な建物は、朝の光を受けてもなお冷たく見えた。高い塔。真鍮の装飾。蒸気配管の走る外壁。共和国の中枢にふさわしい威圧感がある。
ホテルから警護車に先導されて到着したミアとビアンカは、正面玄関の前で思わず足を止めた。
「……大きいわね」
ビアンカが見上げる。
「.....工場みたいな建物」
ミアが呟く。
その横で、黒鉄の猫――コラージョが低く鳴いた。
ゴロゴロ……
ミアは軽く顔を撫でる。
「今日は大人しくしててね。ここで暴れたら、たぶん私たち一生出禁になるわ」
「出禁で済めばいいけどね」
ビアンカが小声で返す。
「.....................」
ミアが黙り込んでいる。
「ミア?」
「............えっ?うん。大丈夫!」
ミアの様子がおかしい。
その時、正面玄関からサムが姿を現した。
ホンブルグ帽。
エドワーディアン様式のスーツ。
いつも通り、無駄のない足取り。
「時間通りだな」
「当然でしょ」
ミアが胸を張る。
サムはコラージョに目をやった。
「……連れてきたか」
「連れてくるって言ったじゃない」
「分かっている」
サムは短く答えた。
「そのためにエレベーターを確保してある」
ミアの目が少し輝く。
「え、専用の?」
「正確には物資搬送用だ。君のバイクのためのものじゃない。」
「でも、いずれは.....?」
サムはため息をついた。
「そういう解釈をするな」
⸻
本部の裏手。そこには通常の来客用玄関とは別に、大きな金属扉があった。
荷物や装備品を運び込むための搬入口らしい。
扉が開くと、中には蒸気圧で上下する大型エレベーター。
太い鎖。
圧力計。
安全弁。
側面には真鍮の操作盤。
ミアは一歩前に出た。
「わあ……これ、昇降機っていうよりほとんど貨物リフトね」
「静かにしてくれ」
サムが言う。
「ここは見学施設じゃない」
「ちょっと見てるだけよ」
ビアンカはエレベーターの床を見る。
「でも、確かにこれならコラージョも入れるわね」
ミアはコラージョにまたがり、ゆっくり中へ進めた。コラージョはミアを乗せ自走する。
ゴト……ゴト……
黒鉄のタイヤが金属床の上を転がる。
「こういう時、この子が素直で助かるわ」
「君より聞き分けが良さそうだな」
サムがぼそりと言う。
「何か言った?」
「何も」
エレベーターの格子扉が閉まる。
操作担当の局員がレバーを倒す。
シューーーッ……
圧力音とともに、エレベーターがゆっくり上昇を始めた。
鉄骨が軋み鎖が鳴る。
ミアは周囲を見回しながら感心したように言う。
「これ、かなり出力高いわね」
「ああ、本部内の兵装搬送にも使う」
サムが答える。
「装甲板や弾薬箱、時には小型車両も運ぶ」
「いいなあ……」
ミアがぽつりと言う。
「工房にも欲しい…」
「やめて」
ビアンカが即答した。
「あなたの工房に、これ以上危ない設備を増やさないで」
⸻
数階分上がった先でエレベーターが止まる。格子扉が開くと、そこは静かな上層階の搬入通路だった。赤い絨毯ではなく、滑り止めのある堅牢な金属床。けれど壁は高級な木材で仕上げられており、奇妙に無骨で上品だ。
通路の先に、局長室がある。
サムが局長室前室の扉を開ける。
いつものように、サムは被っていたホンブルク帽をポールスタンドに投げ掛けた。
ミアがそれを真似して、被っていたハンチング帽を投げる。ハンチング帽は見事にスタンドに.....引っ掛からず下に落ちゴミ箱に入る。
サムはそれを拾い上げる。
「ゴミを増やさないでくれ」
ミアは素早く帽子を取り返す。
「ちょっ、ちょっと失敗しただけよ!」
ミアがムキになって言い返す。
「あら!可愛いらしいエージェントさん達ね」
澄んだ声。白毛の猫族。長い金髪を後ろで上品にまとめ、ぴしりと仕立てられた秘書服を着ている。
猫族としてはかなりの長身。
ミアが思わず見上げるくらいに。
「私はロイス。局長秘書を務めています」
彼女は柔らかな笑みを浮かべて一礼した。
「エージェント・ウエストレイク、局長がお待ちです」
サムが頷く。
「ありがとう、ロイス」
「彼女達が臨時職員のミアとビアンカだ」
ビアンカも軽く会釈した。
「どうも。」
ミアも続いて頭を下げようとして、ふとロイスの背の高さを見た。
じっと見る。
もう一度見る。
それから、なぜか自分の背筋をぴんと伸ばした。
ビアンカが小声で言う。
「何してるの?」
「……別に」
「今、明らかに背を伸ばしたわよね」
「き、気のせいよ」
その間にもロイスは穏やかにコラージョへ目を向ける。
「こちらが例の機体ですね」
ミアはさらに背を伸ばしたまま答えた。
「そう。コラージョよ」
ロイスが少し身を屈めてコラージョを見た。
「こちらも可愛らしいお顔…」
ミアの耳がぴくっと動く。
「でしょ?」
サムが咳払いする。
「雑談はそのくらいにしてくれ。局長を待たせるわけにはいかない。ロイス。取り次いでくれ」
ロイスが机の上のインターホンを押す。
「局長。エージェント・ウエストレイク他2....3名出頭しました」
『......通してくれ』
サムが重厚な扉を開いた瞬間、健康葉巻の白い煙がゆっくりと外へ流れ出した。
ミアが思わず顔をしかめる。
「うっ……」
サムが小さく呟く。
「今日は昨日より薄いな」
「これって健康葉巻よね。健康に良いのは知ってるけど」
ビアンカが鼻先を押さえた。
国家保安情報局局長、バーナードとの面談がいよいよ始まる。
サムが報告する。
「局長、二人を連れてきました」
バーナードは椅子にもたれ、ゆっくりと言った。
「掛けたまえ」
サムたちは着席する。
コラージョはミアの椅子の横に静かに止まる。
バーナードの目がそこに向く。
「それが“コラージョ”か」
ミアは頷き敬語で答える。
「はい」
ゴロゴロ……
コラージョが低く鳴く。
その反応に、バーナードは少し興味深そうな顔をした。
⸻
しばらく沈黙が流れた。
先に口を開いたのはバーナードだった。
「報告書は既に読んだ」
「列車襲撃。回収部隊。装甲車。証拠隠滅」
「そして君たちの技術」
その視線がまっすぐミアへ向く。
「率直に聞こう、ミア・デラ・フォルトゥナ」
「君は、自分の持つ技術がどれほど危険か理解しているか?」
ミアは一拍置いて答える。
「してます」
バーナードは続ける。
「では、どれほど価値があるかは?」
ミアは視線を逸らさなかった。
「それも分かってるつもりです。だから隠してきたんです」
バーナードは頷く。
「賢明だ」
ビアンカがそこで口を挟む。
「でも、もう隠しきれない状況です。お分かりでしょう?」
バーナードはビアンカに目を向ける。
「君は元海兵隊だったな」
「はい」
「戦場を知る者なら分かるはずだ」
「新しい技術は、まず兵器として数えられる」
ビアンカは小さく息を吐いた。
「分かってます。だからこそ、あの子の技術を軍にも企業にも渡したくありません」
バーナードは今度はサムを見る。
「サム。君はどう判断している」
サムは迷わなかった。
「危険です。だが、放置はもっと危険です。管理し、守り、必要ならこちらの手で線を引くべきかと」
バーナードは少しだけ目を細める。
「つまり、君はこの二人を信用したと」
「はい」
「なぜだ?」
サムは静かに答えた。
「昨日も言ったとおり、彼女にとって技術とは、支配の道具ではないからです。更に彼女にとって技術とは、人の幸福と守るための希望です。」
部屋が少しだけ静かになった。
ミアは驚いたようにサムを見た。
バーナードは椅子に深く座り直す。
「……希望、か」
その一言には、皮肉は混じっていなかった。
⸻
「ミア」
バーナードが名前で呼ぶ。
「君の技術は、国家が欲しがる、企業も欲しがる。…そして、いずれ外国も欲しがる。その時、君はどうする?」
ミアはコラージョの頭に手を置く。
黒鉄の装甲は、まだわずかに温かい。
「私が決めます」
バーナードの耳がぴくりと動く。
「使い道も、線引きも、私が決めます。少なくとも、誰かに勝手に決めさせたりしない」
静かな声だった。だが、芯があった。
バーナードはしばらく彼女を見つめていた。
やがて言う。
「結構」
ミアが眉をひそめる。
「それだけ?」
「それだけだ」
局長は続ける。
「国家に必要なのは、最初から従順な人間ではない。自分で線を引ける人間だ。」
ビアンカが小さく呟く。
「珍しいこと言うのね」
「珍しくない」
局長は即答した。
「そういう人間ほど、扱いは面倒だが裏切られにくい」
サムがわずかに苦笑した。
「局長らしい評価です」
⸻
バーナードは机の上の書類を一枚取り上げる。
「本日付で、両名を情報局の臨時協力者として正式に登録する。扱いはあくまで民間協力者だ。だが行動範囲と接触先には一定の制限を設ける」
ビアンカが眉を上げる。
「監視下に置くってことですか?」
「保護下だ」
バーナードは淡々と訂正する。
「そう言い換えた方が、少なくとも今は正しい」
ミアが聞く。
「“今は”って?」
局長は答えなかった。
ミアは改めて質問する。
「局長自身は技術をどうしたいの?守りたいの?使いたいの?それとも封じたいの?」
口調がいつものミアに戻る。
ビアンカはまた、ミアの様子に異変を感じた。
部屋が静まり返る。
続く




