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87. 商人

 商会での買い物を終え、アンネリーゼ達は他の店舗も見て回ることにした。

 まず向かったのは商会の隣に設置されている他国の伝統的な小物を専門的に取り扱っている露店だ。

 この地に建てられた商会は出来てからまだ日が浅く、豊富な在庫を抱えているとは言え生活必需品がその大半を占めており、特定の種類に特化した品揃えではない…今はまだ何でも屋と言ったところだ。

 だからこそ通りには豊富な種類の調理器具、陶器や木製の食器、多種多様な民族の小物、色とりどりの生地などを専門的に取り扱う露店が所狭しと並んでいた。


 「珍しい柄や色使いの小物が多いわね…これはどこの物かしら?」


 アンネリーゼが白地に赤の縁取りの入った花柄の小物入れを手にとり、まじまじと眺めて首を傾げると、隣にいたレベッカがその小物入れを見てくすりと笑った。


 「それはベルタンの東…広大な砂漠にあるオアシスを移動しながら暮らしている民族の物ですわね。

 私がこの国に訪れた日に来ていたドレスの刺繍もその民族の伝統的な柄ですわ」


 「ああ、あの綺麗なドレスね…確かにこの花の柄とか形が似てるかも?」


 「その花の柄は、その民族の象徴とされているそうです…何でも砂漠に咲く薔薇をモチーフにしているそうですわ」


 「砂漠の薔薇…一度で良いから見てみたいわね」


 「ごく稀にではありますが観賞用として出回るそうですわ…まあ寒さに弱いらしいですし、冬に雪が降るベルタンやこちらでは難しいと思いますが」


 「なぁんだ…じゃあいずれ自分の足で見に行くしかなさそうね」


 残念そうに呟いたアンネリーゼは店主に支払いを済ませ、小物入れをターニャに預ける。


 「それはどなたに贈られるのですか?」


 「お母様よ…何かお土産を買っていかないと嫌味を言われそうだしね。

 て言うか、今ナチュラルに誰かへの贈り物かって聞いてきたけれど、私が使うとは思わないわけ?」


 「貴女の場合は装飾の豪華さより実用的かどうかを重視しそうですもの」


 「それはそうね…やっぱり物を入れるなら沢山入った方が良いし」


 「ほら、迷う余地はないではないですか」


 レベッカのしたり顔を見たアンネリーゼは小さく舌打ちをし、リーゼロッテを見た。

 リーゼロッテも珍しい柄の小物が気に入ったのか目を輝かせている。


 「リーゼも気に入った物があったら何か買ってみたらどうかしら?貴女は普段の買い物は商会を皇宮に呼んでするくらいのものだし、こういう機会に自分で足を運んで買い物をするという経験を積んでおくのも良いかもしれないわよ」


 「はい、お姉様!」


 アンネリーゼが元気よく返事をしたリーゼロッテに苦笑していると、レベッカが意地の悪い表情を浮かべアンネリーゼの脇腹を突いた。


 「貴女は本当に大人しく見ていられるんですの?先程も本や髪飾りを買い与えていたのに…」


 「う、うるさいわね!私だってリーゼの買い物を大人しく見守る事くらい出来るわよ…たぶん…きっと…」


 レベッカはどんどん尻すぼみになっていくアンネリーゼの言葉に呆れて深くため息を吐くと、雑に並べられた商品の影に動物を模した小さな置物を見つけ、迷う事なくそれを購入した。


 「ん?何か買ったの?」


 「いえ、特には…」


 「そう?ならリーゼも決まったようだし次に行きましょう」


 そう言われてレベッカが視線を移すと、そこには緊張した面持ちの店主の姿と、店主がガラス細工の小箱を梱包する姿に目を輝かせるリーゼロッテの姿があった。

 リーゼロッテが購入したそのガラス細工の小箱は、天面、表面、裏面、側面にあたる五面に幾何学模様の型押しが施されたガラス板を純銀製のフレームに嵌め込み、そのうえ箱の底面は鏡になっているという見るからに高価な品だった。

 恐らく、その小箱は店主が「自分はこれ程の商品を扱える器量がある」という箔付の為に仕入れた物だったのだろうが、まさか帝国第二皇女が直々に店に訪れ購入するとは夢にも思わなかっただろう…梱包する店主の手は見るからに震えている。


 「何だか店主が可哀想になって来ましたわ…アンネ、ああいう高価な物は皇宮に持って来させた方が良いのではなくて?」


 「さっきも言ったでしょ?何事も経験よ…それに、こういう所で買った方が案外お気に入りになるものよ。

 店主、もし帝都に寄る機会があったら皇宮を訪ねてくださる?リーゼロッテも貴方の目利きを気に入ったようですし、今日のお詫びも兼ねて商品を購入させていただきますわ」


 レベッカに素っ気なく答えたアンネリーゼは額に冷や汗を浮かばせる店主に笑顔で語りかける。


 「こ、光栄でございます!是非寄らせていただきます!」


 「ええ、私も貴方の扱う商品には興味がありますから是非…では、これで失礼いたしますわね」


 アンネリーゼの言葉に感動したのか、店主は涙を流し何度も頭を下げて見送る。

 店主に軽く会釈をして離れたアンネリーゼは、次に生地を扱う露店に立ち寄る事にした。

 生地を扱う露店を探して歩いていると、レベッカがアンネリーゼに問い掛ける。

 

 「次は何を探していますの?」


 「貴女のあのドレスと同じ生地が欲しいのよ…私とお母様とリーゼの分がね」


 「あら、それでしたら私がお贈りしますのに…」


 「それはそれでありがたいんだけどね…やっぱり気に入った物は自分で手に入れたいじゃない?」


 「そうですか…では、もし見つからなかった場合は贈らせていただいても?あの生地はあまり出回っておりませんから…」

 

 「あらそうなの?でも、言われてみれば確かに今まで見た事が無かったし手に入らない可能性はあるわね…じゃあ無かった時はお願いするわね」


 「ええ是非」


 頼られた事がよほど嬉しかったのかレベッカが嬉しそうに微笑む。

 それを見たアンネリーゼは釣られて笑い、護衛のため周囲を警戒していたジェラールを手招きした。


 「先程の店主はどうだったかしら?私の見立てでは南部訛りだったと思うのだけれど…」


 「特に怪しいところは無かったかと…」


 「そう、じゃあ次ね…取り敢えず色々な地域の物を取り扱っていそうな店を徹底的に回るからよろしくね」


 「はっ、承知いたしました」


 話をしながらも周囲の警戒を怠らず、ジェラールは元の位置に戻っていく。

 アンネリーゼは真面目な男だと苦笑し、目当ての露店を見つけて立ち止まる。


 「こんにちは、少し見せていただいてもよろしいかしら?」


 「これは皇女殿下!お越しいただき光栄でございます!」


 店主が頭を下げ、アンネリーゼもそれに応え小さく会釈をする。


 「本日はどのような生地をご所望でしょうか?」


 「ちょっと難しい商品なのだけれど…」


 アンネリーゼはレベッカとリーゼロッテが離れた場所で生地を見ているのを横目で確認し、声を抑えて店主に説明する。

 店主はその様子を見てレベッカかリーゼロッテへの贈り物だろうと考えたのか、アンネリーゼに倣って声を顰めた。


 「ああ、その生地でございますか…残念ながら入手困難でして…」


 「そう…話には聞いていたけれどやはり難しいのね」


 「ですです、あの生地はベルタンのさらに東…砂漠のオアシスを渡り歩く民族が作っている品なのです」


 「ありがとう、何も購入しないのでは申し訳ないしいくつかおすすめを見繕ってくださる?」


 アンネリーゼはジェラールを手招きし金貨の入った革袋を受け取ると、袋のまま店主に渡した。


 「では良い品をご用意いたしますので少々お待ちください」


 そう言って店主が木箱の中を物色し始めるのを確認し、アンネリーゼはジェラールを振り返る。

 するとジェラールは真面目な表情で頷き、それを見たアンネリーゼはニヤリと笑った。


 「お待たせいたしました」


 「ありがとう、良い買い物をさせていただいたわ。

 リーゼ、レヴィ、行きましょう」


 店主に礼を言い、店から十分に離れた場所でアンネリーゼは立ち止まりレベッカとジェラールを手招きした。


 「レヴィ、ジェラール、あの店主の言葉で引っ掛かるところがあったのだけど…」


 「どうかなさったの?」


 「レヴィ、あの生地って商人なら誰でも知っているのかしら?」


 「そうですわね、知らない事は無いかと…商人であれば独自の情報網を持っていてもおかしくはないですし」


 「そうよね、生地について知っていることに関しては私も同じ考えよ…じゃあ、返事をする時に同じ言葉を繰り返のって聞いたことあるかしら?「ですです」って…」


 「それは…」


 アンネリーゼの言葉を聞きレベッカがジェラールを見る。

 二人は目が合い互いに頷くき声を顰めた。


 「ベルタン東部特有の相槌ですわ…」


 「はい…他ではあまり聞かないので間違い無いかと」


 「そう、ならコンラートに伝えて調べさせましょう…ただの商人であれば良し、もし違うなら徹底的に調べさせるわ。

 本当、商人なんて疑おうと思えばいくらでも疑えてしまうところが厄介だわ…」


 アンネリーゼは近くに居た侯爵家の騎士にコンラートへの伝言を頼み、深くため息を吐いた。

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― 新着の感想 ―
この商人が黒だった場合、 「ですです」が自らへの 「death death」判決に早変わりですね。(苦笑)
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