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86. 布教

 アンネリーゼとジェラールはレベッカ達に合流し、二人の背後から何を選んでいるのか確認するために覗き込む。

 レベッカが熱心に選んでいるのは予想通り恋愛小説だったのだが、リーゼロッテは意外な本を手にしていた。


 「リーゼはその本にするの?」


 「あ、お姉様!はい、馬の本にしました!」


 リーゼロッテは手に持っていた本をアンネリーゼの前に突き出し、自慢気に笑った。

 その本を受け取ったアンネリーゼは内容を確認し、嬉しそうに頷きリーゼロッテの頭を撫でる。


 「うん、良い本だわ」


 「そんなに良い本なのですか?」


 アンネリーゼの声に気付き振り返ったレベッカが尋ねる。

 レベッカの手にはしっかりと恋愛小説が握られていた。


 「ええ、これから馬に乗るリーゼにとってこれは本当に良い本だと思うわ…言ってしまえば乗馬の入門書みたいなものかしら。

 私が持っている本は専門的な物ばかりでリーゼにはまだ難しいし、ここで良い本が見つかって良かったわ。

 多少とか言いながらこういう本はしっかりと置いているなんて、流石は馬産が盛んなオイレンブルク侯爵領ね」


 「ふむ…私が買う分もあるでしょうか?」


 「あら、貴女も興味があるの?」


 「貴女が馬を送ってくださるのでしょう?なら、私も乗れるようにならなければ申し訳が立ちませんもの…」


 拗ねるように目を逸らしたレベッカを見てアンネリーゼは嬉しさが込み上げ、本を片手に店主と話をしていたコンラートに詰め寄った。


 「コンラート、この本はまだあるかしら!?」


 「へ?あ、はい少々お待ちください!」


 コンラートと店主は慌てて店の奥に駆けて行き、しばらくして埃を被ったまま戻って来た。

 二人の手には、それぞれ先程の本と同じ物が一冊ずつ握られていた。


 「当店の在庫は殿下が今お持ちの物含めて五冊になります…」


 「なら全部買うわ!」


 「ぜ、全部でございますか?」


 「ええ…私が一冊、リーゼとレヴィが二冊ずつよ!」


 アンネリーゼが拳を握って声を上げると、それを聞きつけたリーゼロッテとレベッカが振り向いた。


 「一冊でよろしいですわ…それにアンネには必要無いのではなくて?」


 「貴女は何を言っているの…私はお揃いで欲しいのよ!それに貴女達も二冊持っていれば片方は保存出来るのよ!!」


 「それは魅力的な提案ですわね…私も好きな本は二冊買いますし、物によっては布教用にもう一冊買っていますわ」


 レベッカの言葉を聞き、拳を震わせていたアンネリーゼがピタリと止まり振り返る。


 「布教用なんてあるの?」


 「ええ、良い作品を広く知らしめるためですわ」


 「私は経験無いわね…私が買うのはいつも辞書や学術書なんかの専門的な物ばかりだし、後は哲学書をたまに読むくらいだから布教用なんて宗教書以外で今まで聞いたことも無かったわ…私の知らない世界ね」


 「では今日から知れば良いのですわ」


 そう言ってレベッカは一冊の本を手に取って店主に支払いを済ませると、その本をアンネリーゼに差し出した。


 「はいどうぞ、私のお勧めの本ですわ…後で感想を聞かせてくださいな」


 「ええっ…いきなりすぎじゃない?」


 「それを貴女が言いますか…」


 ほぼ無理矢理馬を押し付けた事に対する言葉だったが、アンネリーゼには届いていないのか首を傾げている。

 それを見たレベッカは深くため息を吐くと、持っていた本を押し付けるように無理矢理アンネリーゼの手に持たせた。


 「えっ…何がかしら?」


 「無自覚ですか…貴女もあの馬を私に贈ってくださるのでしょう?とても見合う物ではございませんが…」


 「ああ、そういうことね…ありがとう、ちゃんと読ませて貰うわね。

 で、感想はどうする?論文にまとめた方が良いかしら?」


 「貴女が言うと本当にやりそうですから反応に困りますわ…」


 レベッカが呆れてため息を吐くと、アンネリーゼはおかしそうに笑って本をターニャに預ける…もちろんまとめ買いした馬の本五冊も一緒にだ。

 ターニャは外向けの涼しい顔をしていたが、一瞬その表情が引き攣ったのをアンネリーゼは見逃さず、小さな声で「ごめんね」と囁いてレベッカに向き直った。


 「さてと、本は買ったし他に何かあるかしら…あ、そう言えばあれは買わないくて良いの?」


 「あれとは?」


 「ほら、家族への贈り物」


 「…本当にしなければなりませんか?」


 「形だけでもすれば良いでしょ…その時はその時だし。

 コンラート、鉱床で採れたミスリルを使ったアクセサリーとかは無いかしら?レヴィが家族に贈れるような物があれば出して欲しいのだけれど」


 アンネリーゼに頼まれたコンラートと店主が再度店舗の奥に向かい、乗り気でなかったレベッカは根負けして仕方なく付き合うことにした。

 だが、二人が戻りテーブルに並べられた物を見て真っ先に目を輝かせたのはアンネリーゼではなくレベッカだった。


 「見ただけで分かるこの純度、この輝き…これは本当に素晴らしい物ですわ。

 これ程の高純度のミスリルは今のベルタンではそうそうお目にかかれません…」


 「意匠より先に材質に目が行くなんて流石はベルタンの第二王女だわ…感心すべきか呆れるべきか迷うわね」


 「仕方ないでしょう…それにしても、本当に私がこちらを購入しても良いのですか?まだ他国へ流通させていないのであれば、私が購入してしまうのは得策とは言えません。

 下手をすれば、さらにベルタンから目を付けられる可能性も…」


 レベッカは不安気な目をアンネリーゼに向けた。

 だが、アンネリーゼの表情を見て言葉に詰まった…笑顔だったのだ。

 アンネリーゼはチラリと横目でリーゼロッテの位置を確認し、レベッカの耳元で囁く。


 「その方が都合が良いじゃない?だって、ベルタンがこちらを攻める理由が増えるんだもの…お腹の空いた獣ほど餌に食いつくものでしょう?」


 「もう、貴女は本当に…どちらが本当のアンネなのかしら?」


 「どっちもよ…これも布教よ布教」


 「帝国産ミスリルの布教ですか?まあ貴女がそこまで言うのなら、もう何も言うことはありませんわ」


 レベッカは苦笑すると再びミスリルの細工に目を向け、一つ一つ手に取り選んでいく…その表情は非常に穏やかなものだ。


 「ふぅ…なかなか骨が折れましたわ」


 「あれだけなんだかんだと言っておきながら結構真剣に選んだわね貴女…」


 「貴女が心を込めて選べと言ったのではないですか」


 「それはそうだけど…まあ良いわ。はい、これは私から貴女とリーゼロッテによ」


 そう言ってアンネリーゼが差し出したのは髪飾りだった。

 リーゼロッテが家族への贈り物を選んでいた間に買っていたのだ。

 

 「またですか…これではいつまで経っても貴女に返し切れませんわ」

 

 「これは質もあまり良くないからそう高い物は選んでないし、やっぱりこういうのはお揃いが良いじゃない?」


 「ふふっ、ではありがたく受け取らせていただきますわ」


 「ちなみに私達だけでなくエマやカミラ達の分もあるわよ!」

 

 得意気に笑うアンネリーゼは手には髪飾りが山のように積まれており、レベッカは目眩に襲われた。

 侍女全員分…アンネリーゼの侍女が帝都にいるヴィルマやミレーナを含めて六人、リーゼロッテが三人、そしてエマで計十人分、そして先程のアンネリーゼ達の分を合わせて十三人分だ。

 例え高い物ではないとは言っても全てミスリル製となれば結構な額になるはずなのだが、アンネリーゼはそんな事など気にも止めず支払いを済ませると、その一つをレベッカに渡した。


 「これは貴女がレベッカに付けてあげなさい」


 アンネリーゼはそう言うと、そそくさとその場を離れてカミラとターニャの髪に購入したばかりの髪飾りを付けていく。

 レベッカは手渡された髪飾りを見て深くため息を吐くと、髪飾りを新たにもう一つ購入した。


 「こういう物は自分で買って渡すからこそ良い物ですのに…本当、妙なところで気が利きませんわね」


 そう言いつつもう一度アンネリーゼから手渡された髪飾りを見たレベッカは苦笑し、それをエマの髪に飾った。


 

 

 

 

 


 


 



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― 新着の感想 ―
同人誌的な意味の布教はともかく、 もう片方は擬似餌ですよね?
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