82. 埒外
ターニャがコンラートとガーランド達を連れて戻り、アンネリーゼは硬い表情のレベッカの背中を優しく撫でて席に着く。
「話し合いの途中に悪かったわね、他に聞かれたくない話だったから貴方達だけ呼んでもらったの」
「至急の要件とお聞きしましたので構いませんが…それよりレベッカ殿下はどうかなさったのですか?」
アンネリーゼはコンラートに問われ苦笑すると、チラリとジェラールを見た。
「ああ…私が意地悪な宿題を出してしまったものだから悩ませてしまったの。
ジェラール殿も今は気になるでしょうけど後からレヴィかエマに聞いてみて…貴方も一緒に悩んで答えを出すべきだわ」
「…承知いたしました」
困惑しながらも頷いたジェラールに微笑むと、アンネリーゼはコンラートに真面目な表情を向けた。
「コンラート…先程レヴィと話していたのだけれど、貴方は鉱床の正確な埋蔵量を把握しているかしら?」
「はっ…正確となるとまだ調査が必要でございますが、担当者に確認し近日中にはご報告出来るかと…」
「確定埋蔵量はベルタンの技術で採掘して約120年分、帝国の技術なら130〜140年程だそうよ…この意味、貴方なら分かるわよね?」
コンラートの表情が見る見る青ざめ、アンネリーゼは苦笑してカミラとターニャを見る。
「カミラ、ターニャ、皆んなにお茶をお出しして。
コンラート、貴方も落ち着きなさい…私は別に責めているわけではないの」
「ですが…十分考慮し、対策を行うべきでございました」
「それを言ったらレヴィに聞くまで思い至らなかった私にも非があるわ…本当、望外の喜びって目を曇らせるわよね。
起きてしまった事は仕方がないし、今は今後どうするかに目を向けましょう」
「責任者含め全ての作業員の身元を洗い直し、疑わしい者は聴取したのち解雇いたします」
「レヴィも同じことを言っていたしそれが良いわね…今の段階で目星は付きそう?」
アンネリーゼに問われ俯いたコンラートは、しばらく唸ったのち自身無さげに顔を上げた。
「別の鉱山で働いた事があるという者が数名…いずれも経験豊富なようでしたので班長などを任せております」
「じゃあその人達は特に念入りにお願いね。でも、未経験者を装っている可能性も捨てきれないから、貴方の配下を数名潜らせてちょうだい…経験者ならふとした瞬間に必ず癖が出るはずよ」
「承知いたしました…後ほど数名寄越すよう連絡いたします」
「ええ、それじゃあ次ね…ガーランドとジェラール殿には明日入れ替わって貰いたいのだけれど良いかしら?」
「俺は別に構いませんけど…理由をお聞きしても?」
「お答えは理由をお聞きしてからにさせていただきたく…」
アンネリーゼは怪訝そうな表情の二人を見て苦笑し、カミラの淹れた紅茶を一口飲んで喉を潤した。
「明日の私達の予定は知っているでしょう?ジェラール殿にはガーランドに扮して貰って、私の側でベルタンからの間者らしき者がいた際に教えて欲しいの。
貴方が直接レヴィに伝えてしまうと、レヴィがこちらに情報を流したと疑われることになるわ…貴方もそれだけは避けたいのではなくて?」
「承知いたしました…明日はよろしくお願いいたします」
「ふふっ、判断が早くて助かるわ…まあ、私の護衛は形だけみたいなものだから楽にしていて大丈夫よ。
ジェラール殿よりガーランドの方が大変よ?明日は私の友人を頼むわね」
アンネリーゼがニヤけ顔で見ると、ガーランドは肩を落として項垂れた。
「うわぁ、マジかぁ…責任重大じゃないですか」
「あら、不服なの?私より守り甲斐があるじゃない」
「そりゃそうですけど緊張の度合いが違うんですよ…もちろんやるからには全力で頑張りますけど…」
「騎士団の中で私の剣を防ぎ切れるのは貴方だけなのだから自信を持ちなさい…貴方を信頼しているからこそ任せるのよ」
アンネリーゼの言葉にガーランドの目の色が変わると、それを見ていたカミラとターニャが鼻で笑った。
「相変わらず単純ですねぇ…」
「本当、ガーランドって扱いやすくて助かるわ」
「酷くない!?せっかくヤル気になったのに…」
二人の辛辣な言葉にガーランドが項垂れてしまい、苦笑したアンネリーゼは立ち上がって肩を優しく叩いた。
「二人ともガーランドのヤル気に水を差すのはやめなさいな…ガーランドが私を守るために努力していることは私が一番知っているし、私が一番信頼している騎士よ。
こうやって浮き沈みの激しいところはあるけれど、それはそれで可愛いし私は気に入っているんだからあまり虐めてはダメよ。
ガーランド、明日はレヴィをお願いね…ジェラール殿の代わりに貴方が彼女を守ってあげなさいね、レヴィも不安なのだから」
「はい、必ず…」
「ふふっ、良い顔になったわね」
自分の頬を叩き気合いを入れ直したガーランドを見てアンネリーゼは頷くと、レベッカの前にしゃがんだ。
「レヴィ、明日はジェラール殿を借りるわね…不安かもしれないけれど、ガーランドもああ見えて頼りになるから安心してね」
「はい、ありがとうございます…アンネもジェラールをよろしくお願いします」
「ええ、無理はさせないから安心して…それじゃあ私はリーゼの様子を見に行くわね」
アンネリーゼはもう一度レベッカを抱き締めると、優しく背中を撫でてターニャと共に部屋をあとにする。
コンラートとガーランドも退室すると、ジェラールがレベッカの前に膝をついた。
レベッカは俯いたまま目を合わせようとせず、困ったジェラールはエマを見た。
「エマ、何があった?」
「その…覚悟を試されました…」
「覚悟…」
「アンネリーゼ様は国を変えるために大勢の命を奪う覚悟があるかと問われたのです…例え肉親相手であろうと殺す覚悟があるのか…と」
口籠るエマに代わりカミラが答える。
アンネリーゼ達がいた先程までとは違い、人が減った室内の空気が更に重みを増す。
「アンネリーゼ殿下は随分と酷な事を仰る…」
「そうですね…ですが誤解なさいませんようお願いいたします。
アンネリーゼ様の抱えているものの重さは他の誰にも理解出来ません…例え私やガーランドさんであってもです」
「カミラさん、アンネは何を抱えているの?」
レベッカに問われ、カミラは目を伏せて首を振る。
「私から申し上げる事は出来ません…その時が来たらアンネリーゼ様自ら話されるでしょう。
ただし先程アンネリーゼ様自身が仰られた通り、あのお方はこの国を守るという目的の為ならば手段を選びません…時には手段の為ならば目的を選ばないこともございます。
この国を守るという目的のための手段として敵を殺すことも、敵を殺すという手段のためならば喜んで死のうとも考えておられます…アンネリーゼ様とはそういうお方なのです」
「く…狂っている…」
ガーランドがボソリと呟くと、それを聞いたカミラが苦笑して頷いた。
「はい、慈悲深くありながら完全に狂っているんですよアンネリーゼ様は…ですが狂わねばならなかった理由があるからこそ私はついて行くんです…放ってはおけませんから」
「アンネが抱えているものを聞けば私も覚悟が出来るでしょうか?」
「それは分かりかねます…アンネリーゼ様以外は理解はおろか同情する資格があるのかすらも分かりません。
それでも気になられるのであれば、直接話を聞き、ご自身で判断していただく他無いかと」
「そうですか…わかりました、直接聞いてみようと思いますわ…ありがとうカミラさん」
「いえ、レベッカ殿下がアンネリーゼ様の理解者になっていただけるよう願っております」
「ええ…では、私は少し休みますから皆もゆっくり身体を休めてちょうだい」
「はい、では失礼いたします」
三人が退室し、レベッカはベッドに横たわり目を閉じた。




