81. 覚悟
アンネリーゼとターニャがレベッカの部屋に着き扉をノックすると、カミラが扉を開け室内に案内した。
開拓村へはエマも共に来ているのだが、カミラには侯爵領滞在中はレベッカの侍女として仕えるよう申し付けているため、部屋への訪問者の対応や雑務は基本的にカミラの役目だ。
ただし、その相手が事情を把握しているアンネリーゼ達であった場合は、エマにも室内限定ではあるが侍女としてレベッカの世話を行う事になっている。
部屋に通されたアンネリーゼは椅子に案内され、着席してレベッカに笑い掛けた。
「どう、久しぶりのエマとの時間は?」
「そうですわね…やはりエマがいると落ち着きますわ。
もちろんカミラさんをはじめ貴女の侍女の皆さんは良くしてくださいますし仕事振りも真面目で頼りになりますけれど、どうしても申し訳なさが優ってしまいますもの。
それに比べてエマでしたら私が頼まずとも先に動いてくれますし安心感がありますわね」
「それは仕方ないわよ、私だってこの子達相手の方が楽だし安心するもの…遠慮しなくて良いし」
レベッカの率直な意見にアンネリーゼが苦笑して同意すると、話を聞いていたカミラがため息をついた。
「私達は別に遠慮を覚えてくださっても構いませんけどね…ねえターニャさん?」
「それはそう…さっきも付き合わされたしね」
「ねえ貴女達、一応私が主人だって事を忘れてはいないわよね?」
「忘れてはおりませんしこれからも誠心誠意お仕えするつもりですが、それとこれとは話が別ですよ…毎回思い付きで動かれるこちらの身にもなって欲しいです」
アンネリーゼがカミラに苦言を呈されるのを見てレベッカはくすくすと笑い、エマが淹れた紅茶を飲んで一息吐く。
「気を遣いすぎない適度な距離感を掴めている相手が近くにいてくれるというのは幸せなことです…エマの件、改めて心よりお礼申し上げますわ。
こうしてまた会うことが出来、そして彼女の淹れてくれた紅茶を飲めるなんてまだまだ先のことと思っていましたから嬉しかったですわ」
「次に貴女達が会えるとすれば数年後になるかもしれないし、こっちにいる時くらいはね…今生の別れではなくとも、私だって親しい人と別れる辛さは理解しているつもりよ。
さてと、雑談はこのくらいにして本題に入らせて貰えるかしら…ベルタンはここについていつ知り、どのくらい把握しているの?」
レベッカとエマに頭を下げられたアンネリーゼはテレーゼとの別れを思い出して少し寂しげに笑い、本題に入った。
レベッカは頷くと、居住まいを正してアンネリーゼを真っ直ぐに見据える。
「私がオイレンブルク侯爵領でミスリルの鉱床が発見されたと聞いたのは、発見からそう日が経っていない時期でしたわ…恐らく情報の速さから察するに帝都に報告が入ってすぐ、それを知れる立場にある者からの情報だと思います。
その後は鉱床の規模や採掘出来るミスリルの質などの情報が来るまで私のところには何も…ただ、私が知らされていないだけで何かしら動いている可能性は十分考えられますわ。
貴女はこちらの鉱床の規模やミスリルの質を知っていますか?」
急に尋ねられ、アンネリーゼはしばらく考えてから首を振った。
「一応聞いてはいるけれど、私は専門家ではないから詳しくは知らないわ…恐らく今のペースで採掘して100年分くらいで質は良いって話だけれど、それも推定埋蔵量であって確定ではないって聞いているし…」
「確定埋蔵量は120年分、質は最上級だそうです…これは現在ベルタンにある最大の鉱床1.5倍分に相当しますわ。
しかもそれは地下資源採掘の経験が豊富なベルタンの技術をもってしての話ですから、こちらの技術でしたら130〜140年分にはなるでしょう」
「何でそんなことを知って…まさか!」
「ええ、恐らくベルタンが人を潜らせ調べさせたのでしょう…これだけ人が集まるのですから紛れ込ませるなんて容易い事だと思いますわ。
私も確定埋蔵量や質を知った時は正直驚きましたが、それは量や質に対してであって調査技術に対しては特に疑問に思ってはいませんでした…ですが、今日こちらに訪れて自身の認識の甘さを感じました。
先程は人の目もありましたから伝えませんでしたが、すぐにでも働いている者達の素性を洗い直すべきです…特に採掘に慣れた者は徹底的に調べ、疑わしい場合は解雇しなければさらに情報が流れます…経験や技術は焦らずとも身に付くのですから急ぎ過ぎてはいけませんわ」
「そうね、貴女の言う通りだわ…ターニャ、至急コンラートを呼んで来てちょうだい。今は採掘場の責任者と話しをしているはずだから、コンラートだけを連れて来て…その責任者がベルタンに情報を漏らしている可能性もあるから」
「了解、行ってくるわね」
「ああ、ついでにガーランドとジェラール殿も連れて来てくれないかしら?騎士の宿舎で警護の打ち合わせをしていると思うから」
扉に向かっていたターニャは振り返らず手を振って応え、そのまま部屋を出ていく。
それを見ていたアンネリーゼは呆れてため息を吐き、レベッカはくすくすと笑った。
「それにしても、噂には聞いていたけれどベルタンの採掘技術は凄いのね…まさかこちらがまだしっかりと把握出来ていない埋蔵量を短期間で調べられるなんて驚いたわ」
「隣の芝は青く見えるものですわ…帝国もベルタンに無いものを持っているではないですか。
それこそ畜産や農耕の技術に関してはベルタンでは到底及びません…もう少し豊かな土地であってくれたならば民を苦しませずに済むのではないかと思わぬ日はありませんわ」
「確かベルタンで育つのは芋類や豆類、ソルガムが主だったかしら…あと、麦はライ麦よね?」
「はい…痩せた土地が多く土壌も固いためそれに適したものしか作れませんし、作れる種類が少ないため、ひとたび疫病が蔓延すれば大飢饉になりかねませんわ。
今はまだミスリルや金など貴重な鉱物が採れますので良いですが、それも長くは保ちません…恐らく私の子や孫の世代は今より辛い思いをする事になるでしょう」
悲しげな表情で俯いたレベッカを見て、アンネリーゼは残った紅茶を飲み干してわざと音を立ててカップを置く。
カミラが咎めるように見て来たが、そんな事にはお構いなしにアンネリーゼは立ち上がりレベッカを見下ろした。
「貴女にちゃんと聞いておきたい事があるわ」
「何でしょう?」
「まだ幼い弟妹は別として、貴女には家族やタカ派に属する多くの貴族を殺してでも国を変えたいという覚悟はあるかしら?
良い?ただ願っているだけでは何も変わらないわ…貴女が汚名を背負ってでもそれを成し遂げたいと思っているのなら、私が貴女の前に立ちはだかる全てを斬り捨てて道を作ってあげるわ。
その代わり、貴女はベルタン史上最も慈悲深く民と国を愛する女王となり民を導きなさい…それを約束してくれるのなら、私は貴女の汚名が霞んで誰も思い出せなくなるくらい派手に暴れ回ってあげるわ」
アンネリーゼの宣言を聞き、レベッカは目を瞬かせて苦笑する…冗談だろうと思ったのだ。
だが、その目に宿る燃え盛る炎のような揺らめきに真実であると悟ったレベッカは身震いした。
「本気ですか…?貴女は国を棄てるおつもりなのですか?」
「愚問だわ。私はこの国と民を守る為ならば、悪魔と呼ばれ恐れられようと敵は全て殺すわ…その結果、例えこの国から去らなければならなくなったとしても、この国が…家族や民が無事であるのならそれで良いの。
私が残れば禍根が残るし、全てが片付いたらカミラとガーランドを連れて旅にでも出るわ…約束したしね」
アンネリーゼがそう言って振り返るとカミラが頷く。
そのやり取りを見たレベッカは言葉を失い俯いた…自分に彼女達程の覚悟があっただろうかと自問しているのだ。
自ら共にベルタンを滅ぼさないかと提案をしたが、全ての敵を殺す程の覚悟は出来ていなかった。
自身とアンネリーゼの覚悟の差に打ちのめされ、レベッカは言葉が出てこない。
その様子に小さくため息を吐いたアンネリーゼはレベッカの前に膝をついて顔を覗き込む。
「今すぐ答えを出せとは言わないわ…私と貴女では立っている場所が違うもの。
私の場合は運良く敵の中に家族はいないないけれど、貴女の場合はそうじゃない…悩んでしまっても仕方がないわ。
でもね、貴女が国を変えたいと本気で願うのなら必ず天秤にかけなければならないわ…国と民、そして肉親をね。
答えが出たら教えてちょうだい…ただ、時間はあまり残されていないからそれだけは覚えていてね」
レベッカに動揺を隠せない目で見つめられ、アンネリーゼは優しく抱き締める。
「考えたくないわよね、辛いわよね…だって家族だもの。
どうしても決心がつかないのなら全て私のせいにしてしまいなさい…それで貴女が少しでも楽になるのならいくらでも私が背負ってあげるわ」
「もう少しだけ時間をください…必ず貴女の想いに応えますから…」
レベッカはアンネリーゼを抱き締め返し、震える声で小さく呟いた。




