捜索と思いきや討伐
赤い紋様をつけられた最後の一人の治療を無事に終えて、なんともないことを確かめるために両手を握って開く。
「大丈夫ですか?」
「はい。なんともないです」
心配してくれたアリシアさんの方へ笑顔で答えると、柔らかな感触が頬に触れる。
「改めて助けてくれてありがとう」
「はい。治すことが出来て良かったです」
青い髪の女性が私に口づけをしたようで、ちょっぴり恥ずかしい。
「おし、んじゃウチの手を握って帰りたいとこを思い浮かべろ」
「はい…」
フィシェルさんと最後の女性の姿が消えて、無事に全員をおうちに帰してあげることができた。
「浮かない顔だな?」
「根本的には何も解決していないんですよね?」
「そうだな…既に売り飛ばされてしまった子達もいるだろう。元締めもわかっていない。お前は気にすることはないと言ってやりたいが、依頼を受けて各地へ赴けばいろいろ見聞きすることもあるだろう」
大師匠が私の頭に手を置いて、優しい眼差しで私を見下ろす。
「今回のように状況に遭遇してしまった時はナズナの裁量に任せる。が、そうじゃない時は慌てずみんなを頼っておくれ」
「はい」
「して、早速で悪いがナズナとリネに指名の依頼が来ている」
「指名?」
指名されるほど何もしていないような…。
「アールネスの族長からの依頼でな。森で消えた戦士を探して欲しいそうだ」
「私よりも賢者の杖の誰かの方がいいのでは…」
「さてな。名指しの理由までは書かれていなかったが、魔法での捜索は困難だったのかもしれん」
「そうですか…では用意が出来次第向かいます」
「治療の後ですまないな」
「いえ、では部屋に戻ります」
私は客室を出て自分の部屋に向かい、ベッドで丸くなるリネを優しく起こす。
「リネ、起きて。アールネスの森で人探しだよ?」
ぴくぴく耳を動かして起きるリネを横目に、クローゼットから青いケープと鞄を取り出して身に付ける。
「よし、リネも大丈夫?」
わふっと吠えるリネと部屋を出て門に向かうとアリシアさんが包みを持って門の前に立っている。
「サンドイッチです。お昼ご飯にどうぞ」
「ありがとうございます」
包みを受け取って鞄にしまっている間にアリシアさんが門の横の扉を開けてくれる。
「いってらっしゃいませ。気をつけてくださいね」
「はい、いってきます!」
アリシアさんに見送られながら城を出てリネに股がり、空へと飛び立つ。
道中、一度平原でお昼休憩を挟んで、アリシアさんがくれたお肉盛り盛りサンドイッチをリネと半分こして食べ、しっかり水分を取って、お花を摘んで深く埋めてからまた空を飛んでアールネスの集落へと降り立つ。
私とリネのことをみなさん覚えてくれていたのか、集まった戦士さん達がすぐに光で出来た弓矢を下げて消してくれる。
「お待ちしておりました。ナズナ殿、リネ殿」
近づいて声をかけてくれたのは恐らく戦士長さんだろうか。
「こんにちは。詳しいお話をお伺いしたいのですが」
狼大に縮んだリネから降りつつ問いかけると、戦士長さんが族長さんの家の方へ腕を伸ばす。
「詳しいお話は族長直々にお話されます。どうぞこちらへ」
戦士長さんに族長さんの家まで送られ中へと通されると眉間に皺を寄せて疲れた様子で椅子にもたれかかった族長さんが前屈みになって膝に肘を突き、両手を組んで顎を乗せる。
「ようやっと来たか。戦士が一人、狩りに出て帰ってこない。残念だが痕跡からエトゥトゥに殺られたとみている」
確かライトニングボアと同じように神聖視しているという虎の名前だ。
「姿が消えるという虎ですよね?」
「そうだ。エトゥトゥは魔法に強く、精霊に近いとも言われるほど力のある魔法生物で魔法使いとは相性が良くない。賢者の杖共なら殺れんことはないのだろうが、森が無事では済まないだろう。そこでお前達というわけだ」
族長さんが両手を解いて椅子に深くもたれかかりつつさらに続ける。
「アールネスを殺した動物は穢れを負い、執拗にアールネスを襲う悪魔となる。躊躇することなく殺せ」
「かしこまりました…」
「エトゥトゥは巣をもたない。しかし子を産んでから一月だけ巣を作り、我が子の餌とするために生きたまま巣へと運ぶ習性がある。例の物を持ってこい」
族長さんが手を上げると近衛らしき人が盆に乳白色の牙を乗せて私とリネの前に置く。
「十年前この手で退治した悪魔の牙だ。子竜に覚えさせてやるといい」
「ありがとうございます。リネ、匂いをよく嗅いで」
リネが鼻先を近づけてしっかりと匂いを嗅いでから顔を上げ、私の横に戻ってくる。
「安心しろ。もしお前達が敗れるようなことがあれば、私が骨を拾って賢者に贈ってやる」
「その時はよろしくお願いいたします」
深く頭を下げて顔を上げるとすごく不機嫌そうな顔で睨まれ、立ち上がってゆっくりと歩いて近づいてきて、右手を私に伸ばしてくる。
私は何か怒らせてしまったのかと肩を竦めて身構えると、頭の上に優しく手が置かれた。
「冗談の通じないガキだな…そんなことになったら逃げてこい。私は集落を守るためにここを離れられないが、向こうから攻めて来るなら話は別だ。この手でまた打ち倒してやる」
呆気に取られて固まる私の頭を族長さんがむすっとした顔のままぐりぐりと私の頭を撫で回す。
なんだかかちこちだった私の身体が楽になった気がする。
「お前が死んだら森ごと賢者に焼き払われてしまうからな」
「そこまではしないですよ。ありがとうございます…緊張が解れました」
「それは良かったが、森ごと焼かれるのは冗談じゃないからな?努々忘れるなよ?」
「はい…肝に銘じます」
「では行け。家を用意させておく。姿を消す相手と夜に戦いたいなら別だがな」
「いえ、ありがとうございます。暗くなる前に戻ります」
「うむ」
再び緊張感を感じつつ、お辞儀をして家を出てリネに股がり、森に踏み入る。
「リネ匂いはわかりそう?」
リネが首を横に振りつつも、何かの匂いを辿っているのか迷いのない足取りで森の奥へと進んでいく。
森は静かで風も無く、時折鳥の鳴き声が遠くに聞こえるだけで生き物の気配みたいなものは私には感じられない。
そんな中、リネがついに足を止めて一点を見つめ続け、視線の先の草に何かの血が付いていた。
私はリネから降りて血を観察すると、既に乾いていて、ポタポタと上から垂れただけのような丸い形になっていて、周囲には争った形跡も踏み荒らした跡もなく、これがエトゥトゥの仕業なら獲物に気付かれること無く一撃で仕留めたことになる。
「っ!」
ばさばさと鳥が羽ばたいた音に驚いて空を見上げると、木の高い所についた傷が目に入る。
木に鉤爪がめり込んだような五つの傷は人のようにしっかりと木を掴んでいてた証だという確信と、ジャガーという言葉が強く脳裏にしがみつく。
勇者は動物が好きだったんだろうか。
「リネ、あそこから匂いを辿れる?」
リネが子犬大に身体を縮めて、枝や高い草に当たらないように羽ばたいていき、傷の周りを飛び回って匂いを嗅いで降りてきて、狼大に身体を大きくして鼻先を空へと向けて集中し、わふっと吠えて乗れと言うかのように私の前に伏せる。
「お願い」
私が股がるとすぐに立ち上がって、再び確かな足取りで森の奥へと進んでいく。
私の頭上からの奇襲に警戒し、四つの鉄塊を前後左右に浮かべて、太い枝や木に注視しながらエトゥトゥの手がかりを探す。




