件の岩礁
ナズナとレイゼリアはもう手紙読んでくれてるかな。
「ペーチャ?大丈夫?緊張してる?」
「うん…いや!そんなことは…」
ご飯を運ぶ手が止まっていて慌ててスープを掻き込んでいく。
「ペーチャ、魔法を教えてほしい理由を聞かせてくれないか?」
ヘゼルの質問に言葉が詰まる。
「この間は俺が悪かった。ごめん…。ナズナに怒られて反省した」
「ナズナに?」
「賢者の城で、恥ずかしながら理由を知らないか聞いてみたらさ、知らないけどペーチャさんは軽い気持ちでそんなことお願いしないってさ」
ナズナがそんなことを…。
「どうして急に魔法を覚えようと思ったんだ?」
「私も知りたいなー話してくれる?」
こうして一緒にご飯を食べるのもあと何回残っているんだろう…。
こうして家族として話す機会もあと何回になるんだろう…。
「最初はただ…ナズナとレイゼリアに追いつきたかったの」
私の言葉にヘゼルとグーデルが私を助けてくれた時と同じ、優しくも真剣な眼差しを向ける。
二人のそんな顔を見ると胸が暖かくなって心の底から大丈夫だって気がしてきて、少し口が軽くなる。
「レイゼリアはお姫様で、綺麗でエリュさんの弟子の魔法使いで、私なんかじゃ普通お話も出来ないのに友達だって言ってくれて…ナズナも可愛くてエリュさんの弟子で小さくてもしっかり者で、私よりもずっと強くて、本当はお姉さんの私が守ってあげなきゃいけなかったのに…ナズナは卵と私を守ろうと悪い魔法使いと戦って…」
溢れそうになる涙を天井を見上げながらぐっとこらえる。
「だから私も二人に追いつきたかったんだ…堂々とナズナとレイゼリアの友達だって言える自信が欲しかった…。そしてフィシェルさんからセイレーンがいるって聞いた時、嬉しさももちろんあったけど怖さの方がずっと大きかった…もうこれでみんなとはお別れだと思ったから…」
「ペーチャ…そんなことは…」
はっきり無いって言って欲しかった。でもグーデルが寂しそうな顔で伸ばしかけた手を引っ込めるのが見えてしまった。
「だから私も魔法使いに、弟子になれば一緒にいられるかもって…それに魔法があれば海にいてもみんなに会いに行けるって思って…」
「お母さんのこと…諦めてたのか?」
ヘゼルが優しくも真剣な眼差しのまま私を見る。
「ううん…諦めたことなんてないよ。だから毎日欠かさず歌ってる…二人の言いつけ通りにお母さんとの繋がりを忘れないように…。でもいざとなると怖くて…お母さんに忘れられてたら、お母さんがもういなかったら…同胞の元へ戻れても、もう私の居場所は…」
涙が止めどなく溢れて頬を伝うと、ヘゼルとグーデルが私を両側から抱き締めてくれる。
「もう五年だよー?ここはいつでもいつまでもペーチャが帰ってきていい場所だよ」
「そうだよ。俺達もう三人兄妹なんだから…三人でセイレーンに会いに行こう。そしてお母さんに挨拶しよう…魔法をちゃんと勉強したいですって、俺とグーデルがペーチャをセイレーンで一番立派な魔法使いにするって」
「そうだよー。もしダメっ言われても遊びに行くし」
「そうだよ。俺とグーデルは賢者の杖で生物学者だからな」
「うん…うん…」
そして涙が枯れるまで私を抱き締めてくれた二人とともに、私は件の漁村であるヘズズ北端のウオロ村の外れに降り立つ。
残念ながら景色に見覚えはないけど、不思議とここの磯の香りにはどこか懐かしさを感じる。
「どうかなーペーチャ?何か思い出したりする?」
「ううん…何も」
「早速岩礁まで飛んでみよう」
「そうだねー後ろに乗って」
グーデルの箒の後ろに乗ってしっかりと抱き着いて掴まると地面から足が離れて海に向かって浮かんでいき、速度を上げて海上を飛んでいくと、すぐに不揃いのごつごつとした棘が海面から突き出たような、話に聞いたとおり船では到底近づけなさそうな岩礁が眼下に現れる。
「あそこだねー」
「見るからにそうだな」
「誰もいないね」
「今日はもう帰っちゃったのかな」
微かに風に乗って歌が聞こえた気がする。
「お母さん!」
そう思った瞬間、私は声を張り上げ叫んでいた。
「お母さん!お母さん!ペーチャだよっ!」
気のせいだったのか返事どころか歌も聞こえなくて虚しさに胸が張り裂けそうになる。
「ペーチャ…」
「歌が聞こえた気がしたんだけど、気のせいだったみたい…」
張り裂けそうな胸を繋ぎ止めるようにぎゅっとグーデルに抱き着いてぬくもりを感じる。
「俺達は!賢者の杖のヘゼルとグーデル!」
ヘゼルが突然海に向かって名乗りをあげる。
「俺達は迷いの森の主にして!エイリアの大賢者ガンドルヴァルガに誓って!決してあなたを不当に杖を向けたりはしない!伝説に名高きセイレーンよ!これから話すことに!どうか耳を傾けて欲しい!」
前に聞いたことがある。獣人族の咆哮は大気の魔力をも震わせてどんなところへも響き渡るって…。
私が水の中にいても平気だって。
「五年前!ガーニルという港町で奴隷売買の現場を押さえた時に!ペーチャを見つけた!二年前…今から七年前に!嵐でお母さんとはぐれて流されてしまったと!まだ幼く、元いた海もわからないと!」
海のどこかのセイレーンに届いているのだろうか。
海はヘゼルの声が響くだけで静かに波の音だけが返ってくる。
「何か知っているなら教えてほしい!同胞の子供のため!姿を見せてくれないか!」
海面から何かが飛び出して、岩礁の一番大きな岩の先端に黒い影が降り立つ。
「ありがとう!今からゆっくりとそちらに降りる!どうかペーチャに顔を見せてあげてくれ!……いくぞペーチャ、大丈夫か?」
「うん…頑張るよ」
「よしー降りるよ」
グーデルの背中から涙を拭って強がって見せるとゆっくりと岩礁が近づいて大きくなっていく。
岩に立つ姿は私やナズナと同じ長い黒髪で私と同じで水を強く弾いていて彫刻のように綺麗ですらっとした立ち姿で顔には黄色い仮面をしていて素顔が見えない。
「ありがとうございます。機会をいただいて…」
「失礼ですがー、仮面を外してあげてはもらえないですか?」
「同胞以外は魅了の呪いにかかってしまいますので無礼をお許しください」
聞いたことがある。
「レーラという名前じゃないですか?私の…お母さんですか?」
「家族にしか教えない名前…本当にっ本当にペーチャなのね!?」
グーデルがそっと箒を動かしてお母さんの目の前に近づけてくれると、お母さんが溢れる私の涙を拭いてぎゅっと胸に抱き寄せてくれる。
「もう死んでしまったかと…でも諦めきれなくて…本当にっ生きていてくれてっよかった!」
「お母さん…お母さん!」
私は箒から飛び降りてぎゅっとお母さんを抱き締めるとお母さんもぎゅっと抱き締め返してくれて、さらに涙が溢れる。
「少しの間、離れています」
「どうかペーチャに顔を見せてあげてください」
ヘゼルとグーデルがそう言って急上昇して岩礁から離れていく。
「ペーチャ、おかえり…すぐに見つけてあげられなくてごめんね…」
泣きじゃくり、目蓋を腫らしたお母さんの顔に言葉が詰まって、私は嗚咽を漏らしながらお母さんに抱き着きなおす。
「ごめんね…ペーチャ」
「ぐすっお母さん…お母さんっ!」
「頑張ったねペーチャ…よく頑張った…」
「うん…うん…」
私は声が枯れて涙が止まってもずっとお母さんを抱き締め続けた。
確かなぬくもりがそこにはあって、私の心に刻まれたひびにゆっくりと染み渡っていくような気がした。




