選択の是非は
気がつくと知らない天井…というわけではなく、賢者の城の私の部屋のベッドに寝かされていたみたいで、おでこに氷嚢が乗っている。
「おはよう。何があったか覚えてる?」
師匠の声が聞こえて机の方を見ると師匠が椅子をベッドに向けて座っていて、ぱたんと本を閉じる。
「寝惚けてる?」
「そうかもしれないです…それとも何日も寝てたとか…」
「二時間くらいよ。多分ね」
師匠が本を机に置いて椅子から立ち上がって、ベッドに腰掛けて私のおでこの氷嚢を持ち上げて私の前髪を左右に分けてまた氷嚢をおでこに乗せる。
じーんと冷たさが伝わってきて少し目が覚めた気がする。
「私はグーデルさんに抱き着いたまま寝落ちしちゃったんですね…」
「そうよ。様子が変だったから来れたら来てくれってグーデルに呼ばれたの。それとは別に話もあるってね。それでどうしたの?」
師匠が夕日の射す窓を眺めながら私の右手をやさしく握る。
「…自分でもよくわからなくて、血を…身体についた血をシャワーで落としていたら両手が血だらけになってて、擦っても擦っても落ちなくて、グーデルさんに止められて抱き締められてそもそも手に血なんか無かったことを思い出して、それで涙が溢れてきてっそれでっ…」
呼吸が苦しくなってきて、涙が溢れそうになるのを深呼吸で我慢する。
「人を斬ったのを後悔してる?」
「いいえ…」
「ほんとに?」
「……本当はよくわからないです。でも斬らなきゃみんなが危ないと思ったから…」
「そう…あなたはきっと嬉しくないと思うけど、私はナズナが敵を斬ってくれて嬉しい。怪我もなく無事に戻ってきてくれてよかったわよ」
師匠が私の方に振り向いて、私の顔を見つめる。
「私もナズナに負けないくらい人を殺してる。今は魔族と人族が仲良くなって、イー大陸とヨウル大陸も往来が増えたけど魔王討伐から百年くらいは幾度も戦いがあったわ。私もエイリアの里と同胞を守るために何度も戦って殺した」
「ナズナには私が汚れて見える?」
私はすぐに首を小さく横に振る。
「もっと強くなりなさい。そうしたら選択肢が増える。殺さずに事を治めることも出来るようになる」
「はい…頑張ります」
我慢していた涙が少し溢れ、それを師匠が拭ってくれる。
「でも無茶はしないこと。壇上に飛び出して奇襲なんて、魔法が効かないからってやっぱり癖になってない?」
「そんなつもりは無かったんですけど…ごめんなさい。膠着状態を崩せればと思って…」
師匠が私の鼻先をつついて微笑む。
「そして穴のことなんだけど…」
「空いてないってやつですね」
「そう。赤ちゃんがどうやってくるのか説明してみて」
「えーっと…子宮から膣を通って…」
「そう。人の雌にはそれようの穴が空いてるの」
「でも私にはない?」
「ええ。精霊だからなのかなんなのか、ミーティアに会いに行って調べさせてもらった」
師匠が私のお腹に手を置いてさらに続ける。
「そうしたら人族と同じ身体の作りをしていたわ」
「あの…つまり?」
「必要になるのはずっと先だろうけどもう処置は済んでるから安心しなさい」
そう言ってどこからともなくペンのような物を取り出して私の顔の上へと浮かせてよく見えるようにしてくれる。
かなり細くて小さいカッターのような彫刻刀のような物のみたいだ。
「処女膜も無事だから安心しなさい」
「そうですか」
「はい。話は終わりよ、もう戻らないと」
「帰っちゃうんですか?」
「あなたのために抜け出してきたんだから」
師匠が氷嚢を持ち上げて私のおでこに優しく口づけをしてくれる。
「ナズナにもまだやることがあるでしょ?」
「私の仕事は終わったような…」
「呪いを解けるのはあなただけよ。またね」
師匠が私のおでこに氷嚢を乗せて、ふっと姿を消してしまい、師匠の姿を追いかけるように身体を起こす。
しかし師匠の姿があるわけもなく、氷嚢が股の間に落ちる。
「ナズナさん?起きていらしたんですか?エリュさんは…」
静かに扉を開いてアリシアさんが部屋に入ってくる。
「仕事に戻りました」
「そうでしたか。体調の方はどうですか?」
「もう大丈夫だと思います…師匠がまだ私にはやることがあるって」
「そうですね…早いに越したことはないですけど、本当に大丈夫ですか?」
「はい。やらせてください…」
その方がむしろ落ち着ける気がする。
「わかりました。こちらへ」
アリシアさんの後をついていき客室の一つへ通されると、女性が四肢を縛られて大の字でベッドに寝かされていて、大師匠が本を片手に女性を見つめていた。
「主様、ナズナさんをお連れしました」
「おお、アリシアありがとう。ナズナはもう平気なのか?」
「はい。でも、もやもやするので来ました」
「そうか。以前コーネルのお姉さんの呪いを解いた時はどうやったんだ?」
「エリンさんが魔法で砲身を作ってくれて、それに魔力を流すと勢いよく魔力が噴き出して放射されて…って感じです。フィシェルさんも砲身が私の魔力で消えないように手伝ってくれました」
「ふむ…魔法の砲身か…さっぱりわからん。エリンが自分で作った魔法なんだろうな」
「エリンさんとは連絡は取れないんですか?」
「エイリアは少し特殊な場所にあってな。連絡は取れんのだ。紐で元気にしているのは確認出来ているんじゃがな。実際に見たというフィシェルを呼んだ方が早いな」
大師匠が本を光らせて消して、私の頭を撫でる。
「やる気になっていたところ悪いが治療はまた後日だ。今日は部屋でゆっくり休んでいなさい」
「あの…捕まってたみんなは?」
「ヘゼルとグーデルが家に帰してやっているところだ。い…赤い紋様をつけられてしまった者は城で療養している」
「そうですか」
「緑色の少女と鱗のついた女の子が言っていたぞ。助けてくれてありがとうと伝えておいてくれと」
「二人には私も感謝しています。とくに鱗のついたトネルラさんはいろいろ手伝ってくれて」
「そうだったのか」
「ではそろそろ戻りましょうか」
「そうだな。起こしてはいけない」
「わかりました」
大師匠と別れてアリシアさんに部屋まで送られ、ベッドに腰掛けて股を開く。
そういえば穴を空けられたらしいけど、痛みとかは全く無い。
かぼちゃパンツを捲って覗いてみると何か白い当て布がしてあるけど血がついている様子もなくてなんだか安心する。
私は人を斬った。きっと生きていたならさっき師匠が教えてくれていた思う。
後悔は…ない。相手はこちらを商品としか思っていなくて逃げるよりも戦う選択をして、私もならばしょうがないと殺す選択をした。
私は人を殺した。勢いや感情に飲まれてではなく、それがいいと選択して。
あのくらいなら鉄塊で殴り飛ばすだけで終わったとも思うけど、壇上の一人はしぶとく私の命を狙っていた。
私の選択はたまたまでも今回は間違ってなかった。そう思いたい。
カチャカチャカリカリと音がして扉が開き、リネが部屋に入ってくる。
「さっきまでどこにいたの?」
リネがクローゼットの方を見ている気がする。
「もしかしてお風呂?」
正解だったのかリネがわふっと吠えて私のお腹に鼻先をぐりぐりと押しつける。
「ふふふ…そういえば約束したもんね。よーし、いいこいいこ…」
リネの頭を撫でて、顔をわしゃわしゃして、耳を揉んであげる。
私の荒んだ心も癒されていく気がする。




