怖い思いをしていたはずだからしょうがない
「今日は忙しそうだったね」
勇者の声に上体を起こすと、目の前には一面真っ白のナズナの花畑が広がる。
確かに朝からロックエイプの討伐に出て、昼過ぎに子供達と男性達を見つけて連れ帰って、お風呂に食事の用意にお風呂の説明にと大忙しで、男性達を食堂に案内して部屋に戻ってすぐにベッドで夢の中だ。
「そうかも?…でも魔族の件は私が蒔いた種みたいなものだし」
「そうだね。まあ俺も放っておけなかっただろうから強くは言えないや」
背中に暖かい熱が触れる。背中合わせに座っているのかな。
「最近会ってないの気にしてるかと思ってたけどそうでもなかった?」
「そんなことないよ。でもまたみんなはこれがいい傾向だって言うんでしょ?」
「まあ…そう思ってるよ。何度も言うけど空想の友達よりも現実で友達と遊んでいる方がいいに決まってる」
「今日はあまり子供達と遊べなかったよ?」
「わざと本気でやったんだろうけどあれじゃ男の子達に立つ瀬がないよ」
確かにミークにわかってほしくて本気でやったけど、みんなの前でやる必要はなかったかも。
「みんなと試合が出来るかとも思ったんだけど…ミークに謝らないと」
「リネが呼んでるみたいだ」
「リネが?」
「困った時には必ず力になるからそこは心配しないでくれ」
勇者が私の両脇に手を入れて上に優しく放り投げると、私の意識が急浮上するようにベッドから身体が起き上がり、リネが私の頬のべろべろと舐め回す。
「どうしたのリネ…まだ夜中だよ?」
星空の見える窓を細目に見ながらリネに問いかけると、扉に駆けていって扉を開けようとする。
「外で何か?」
目を擦りながらベッドを降りて扉を開けてあげると、リネが私の股に身体を入れて立ち上がり、そのまま私を乗せて廊下を歩いて階段を降りはじめて慌ててリネにしがみつく。
アリシアさんも大師匠ももう寝ているのか城の中はとても静かだ。
「リネ、どこに行くの?喉乾いた?」
食堂に行くのかと思ったら、中庭に出ていき小屋に近づいていく。
子供達に何かあったんだろうか?
私はリネの背から降りて、扉を優しく叩きながら扉の向こうに声をかける。
「起きてる?何かあった?開けるね」
扉をゆっくりと開けるとすぐに啜り泣く声が聞こえてきて、リスの子が私に気がついてくれる。
「大丈夫?」
「わからない…でも檻でも馬車でもいつも夜はこうだったから」
「みんな不安だよね…」
私は啜り泣く垂れ耳の子のベッドの横にしゃがんでおでこに触れる。
「大丈夫、明日には賢者様がお家に帰してくれるよ。名前は言える?」
「ぐすっ…パチルタ…」
「パチルタ、ここには怖い人はいないから大丈夫だよ?」
「でも…」
「大丈夫だよ。パチルタが眠れるまでここにいるから」
「うん…」
パチルタが私を見つめながら目蓋を閉じる。
私は他にも泣いている子はいないかと薄暗い部屋を見渡すと、いくつかの視線を感じとれた。
「みんなで一緒に寝ようか。リネお願い」
リネが壁際で身体を少し大きくして伏せたところにパチルタを起こして毛布を持って手を繋いでリネの横腹に連れていき、一緒に寄りかかって毛布をかける。
「ふさふさ…」
そう呟いて目を腫らしたパチルタが私の左腕を抱きながら目蓋を閉じる。
「おいで」
リスの子が眠れない子を連れてきてくれて七人の子がリネに寄りかかると、リネがゆっくりと尻尾と首を曲げて丸まって眠る姿勢になる。
私の右隣に来た触角の生えた子も背丈のわりに幼いのか、ママとか細く呟くので私が手を握ってあげるとぎゅっと握り返してきた。
一番背の小さなリスの子でも私と同じくらいでみんなそれ以上の背丈があるということは大人はかなり体格のいい種族の子達なんだろうか。
なんだか不思議だ。数え切れないほどの魔族を斬り捨てた私が魔族の子供達をどうにか宥めようとしている。
でもこれがお姉さまのいう普通の心なんだとわかってきた気がするから悪い気はしない。ただちょっと正体を知られるのは怖いなと考えているうちに私の意識は沈んでいき、次に目を開いたのは猛烈な暑さと喉の渇きを感じてのことだった。
「あっ起きた…平気か?」
「おはよう…」
「おはよう。すごい抱き着かれてるぞ?」
定まってきた視界に入ってきたミークの不安そうな顔から暑くて身動き出来ない自分の身体に視線を落とすと、パチルタと触角の生えた子といつの間にか増えている蜥蜴の頭の子の三人が私に抱き着いていた。
「寝る時はパチルタ一人だけだったんだけど…どうりで暑い……そうだ。昨日は…」
「ナズナは何も悪くない…お前ら!朝だぞ!」
ミークの声に三人がもぞもぞとして目を覚まし、私と目の合った蜥蜴の頭の子が慌てて私から離れて喉元を赤くする。
「ごめん…温かそうだったから気づいたら…」
「ううん平気…さあ二人も起きて?二人は暑くなかったの?」
「砂漠に住んでるから平気…」
「僕は密林」
二人が離れてくれると確かに三人とも汗だくだった感のある私と違ってむしろ元気そうだ。
「よく眠れたならよかったよかった…とりあえず私はちょっと寝間着を着替えに部屋に戻るね。朝ご飯が出来たらアリシアさんが呼びに来てくれると思うから」
「わかった」
「リネはどうする?」
振り向いて聞いてみると、身体を子犬大に縮めて胸に飛び込んでくるので抱き止めてそのまま抱いてあげる。
「じゃあみんなまたあとで」
小屋を出て部屋に向かいながらリネをぎゅっと抱き締めて頭を撫でてあげる。
「昨日はありがとう。リネは優しいね」
くぅーんと鳴くリネと階段を上がると、私の部屋の前に立つアリシアさんの姿が目に入る。
「おはようございます!アリシアさん!」
「あら?ナズナさんどうして?」
「夜中に泣いている子がいるのにリネが気づいて、小屋で一緒に寝てあげてたんです」
「そうだったんですか?ありがとうございました。朝ご飯が出来たので呼びに来たところだったんです」
「じゃあ着替えたらすぐにみんなを呼んできます」
「いいえ、私が呼んできますから食堂にいらしてください」
「わかりました」
アリシアさんと別れて部屋に入り、リネにはベッドの上で待っててもらって寝間着からいつものシャツとパンツに着替えて手袋をし、裸足だったことに気がついてブーツを履いて首に指輪をかけて左手首金色の紐をつけて右手首に腕輪を二つつける。
「お待たせリネ」
そしてリネを抱いて部屋を出て食堂に向かうと、子供達が元気に口の周りを汚しながらサンドイッチを頬張っていて微笑ましく感じていると、こっちこっちと空いている席に呼ばれてミークとパチルタの間に座ると、アリシアさんがリネのご飯と水を運んできてくれる。
「ありがとうございます」
「私は外の小屋のみなさんに食事を運んできますね」
「わかりました」
いただきますを唱えてまずは水を飲み干してから私もサンドイッチを頬張る。
「その指輪ママの?」
パチルタがサンドイッチをもぐもぐしながら聞いてくる。
「ううん、友達がくれたんだ」
「きれいだね」
「ありがとう」
「その腕輪と金色の紐も?」
「腕輪はそうだよ。一つは私のでもう一つはリネの分。金色の紐は大師匠がくれた家族の証。仕事先で何かあればこの紐を通して賢者の杖のみなさんや大師匠に危機を知らせて助けに来てくれるんだ」
「なんかすごいね」
「聞いたことある…賢者の杖に手を出したら増えるから手を出すなって」
ミークが物騒な噂を口走るけど、決闘とか挑まれることがあるらしいし噂はそのままの方がいいだろうか。




