呆れられるかも
城に戻って早数日、私はリネと迷いの森から街道と平原を挟んだ南の森でロックエイプと対峙していた。
三メートルはあろう巨駆に岩のように硬い皮膚、そして見た目よりも素早い動きで木々の合間を腕力に物を言わせて縦横無尽に駆け回るロックエイプが背後から振り下ろしてきた拳を空中に出した盾で受け止め、その隙に懐からエイプの膝を足場に跳び上がり、下から喉元を両断する。
「ゴガガッガゴボボボ……」
声の代わりに口から血を溢れさせ、首の周りを掻きむしりながらのたうち回って突然ぴたりと動かなくる。しかし毛は逆立ち、まだ闘志がその身に宿っているのを感じる。
「ごめんね。ゆっくりと眠って」
顔の向きとは逆側から死角を狙って出し直した盾を足場に跳んで、逆手に構えた刀を心臓へ深く突き立てとどめを刺す。
ロックエイプが振り上げた右手が力無く崩れ、ついに終わりを感じて刀を消すと、リネが身体を縮めながら空から降りてきて私の頭の上に乗る。
「そっちも終わったみたいだね。ありがとうリネ」
アンっと吠えるリネは、十二頭のロックエイプを一人で相手をしていたはずなのにまだまだ元気そうに見える。
私は群れのリーダー一頭だけの相手していたおかげでなんとか余力を残せているけど流石リネだ。
「あとは討伐した証拠に牙を集めるんだったよね」
ロックエイプの胸から顔に歩いていき、吐血で真っ赤な犬歯のような牙を両手で掴んで引っ張ってみるけど案の定びくともしない。
それを見かねたリネが頭から降りて元の大きさに戻り、牙をくわえてゴチっという聞き慣れない音を出しながら抜いて地面転がすと、大きく跳んで木々の中に消え、頬の無い口で器用に十二本の牙をくわえて戻ってくる。
「ありがとうリネ」
私は十三本の牙を布で包んで一纏めにして腰に着けた青い鞄にしまう。
「戻ろう」
リネがうぉふっと背に乗せてくれ、依頼人であるルガルの村に戻って村長さんの家を訪ねる。
「ずいぶんと早いですね。やはり手に負えなかったでしょうか?」
お爺ちゃんの狼男という風貌の村長さんがため息混じりに私を見てそう言うけど、仕方ないことなので鞄から血塗れの牙を広げて並べる。
「確認をお願いします…」
「これは…」
牙を手に取り、匂いを嗅いで舌で舐め、上を向いて私には聞こえない音の遠吠えをして私の方に向き直す。
「確かに、本物に間違いない。今報酬を持ってくるように伝えた。少し待っていてくれ」
「はい」
「しかしよくこんな綺麗に牙を抜けたね」
「リネのおかげです。私ではびくとも…」
横でお座りしているリネの頭を撫でて答える。
「刀とやらでも流石に牙は断てなかったか」
「その手がありましたね…斬ってあった方がよろしければ斬りますけど…」
「いやいい。むしろこのままの方が助かる。予定は無いが売りに出すなら傷は少ない方がいい」
「そうですか」
扉代わりの布が捲られて、木箱を抱えた女性のルガルが入ってきて、私の前に木箱を置いてその横に座る。
「確かめてくれ」
村長さんがそう言うと女性が木箱の蓋を開けてくれる。
中には大人の拳大の金塊が二つ入っていた。
「リネお願い」
リネが金塊の匂いを入念に嗅いで、わふっと吠えて私の隣に座り直す。本物みたいだ。
「賢者様にしっかりとお渡しします」
金塊を青い鞄にしまうと、木箱を閉めて女性が家を出ていく。
「よし。それではどうか気をつけて戻るんだぞ。賢者様によろしく頼む」
「はい。それでは失礼します」
そしてリネの背に乗って帰路につく。
魔物調査の依頼に今回のロックエイプの討伐依頼。
「次はなんの依頼を受けようか」
困ったようにリネがくぅーんと返事をくれるとゆっくり速度を落として空中で止まり、一点を見つめながらうぉふっと吠えるので、リネの首元から頭の上に這っていって眼下を眺めると、道行く荷馬車が襲われているのが目に入る。
「リネ、バレないように少し近づいて」
ゆっくりと降下して、襲っているのはバラバラの服装と種族の魔族が十人だとわかる。
少なくとも兵士ではない。
私はフードを深く被って覚悟を決める。
「リネ、なるべくは殺さないで。荷台に矢が刺さってるから伏兵に気をつけよう」
リネの背から自分の盾に乗り移るとリネが囮役を勝って出て、咆哮を放ちながら急降下していき、私もリネの背に隠れるようにして急降下して茂みに隠れた弓兵を盾でそのまま体当たりして昏倒させ、勢いのまま地面に降りて弓を盾で叩き壊しておき、頭上のリネに夢中の奴等の腹に鉄塊を叩き込んで気絶させていく。
静まり返った現場を刀と盾を構えて警戒しながら確認していく。
馬は目隠しと耳当てのおかげか無傷で立ち竦んでいて、御者は矢を胸に二本受けて事切れている。
リネの咆哮で四人が泡を吹いて倒れていて、弓兵一人と四人が私に気絶させられ残った二人が武器を捨てて両手を上げて震えている。
蜥蜴頭の魔族と豚頭の魔族だ。
「リネ、二人を見張ってて」
とりあえず気絶した人達の手足をきつく縛っておき、起きている二人も抵抗することなく手足を縛られる。
そして垂れ幕を捲って荷台を確認すると檻のようになっていて、鉄格子の間から震えながらも必死に声を押し殺す魔族の子供達の姿が目に入り、一瞬頭が真っ白になる。
首輪と手枷は鎖で繋がれ、その鎖が鉄格子に括られて逃げられ無いようになっていて、暴力を振るわれたのか顔の腫れた子もいるみたいだ。
師匠がくれた塗り薬があるけど、もっとよく傷を見てからだろう。
子供の数は左右に八人ずつの十六人もいてどうしたものかと考えつつ、鞄から水の瓶を二本出してそれぞれの端にいる子の前に置く。
「お水だよ。外の人に話を聞いてくるからみんなで飲んで待っててくれる?」
何人かがこくりと頷き返してくれたのを見て、とりあえず垂れ幕を戻して二人の元に向かう。
「荷台の子供達はなんですか?」
蜥蜴頭の魔族の男性が私をちらちら見ながら口を開く。
「いろいろな村から拐われてきた子達だ…俺達は賊じゃない……みんな兄弟や子供を探して集まったんだ!」
「端から見たら野盗に見えただろう…俺達は正規のギルドの者でもなくそれぞれの村から集まった有志の集まりだから否定はしない…でも俺達にも事情があったんだ!」
豚頭の魔族の男性も必死に訴えてくるけど、私にはそれを確かめる術はない。
「少し待っててください」
荷台に戻って子供の様子を見ると、空になった瓶が並べて置いてあった。
「お水足りたかな?何があったか説明出来る子はいる?」
「みんな…襲われて、拐われてきたんだ…」
角の生えた人の顔の男の子が答えてくれる。どうやら二人の話は嘘じゃないみたいだ。
「わかった。とりあえずみんなをこれから賢者ガンドルヴァルガ様のところに運ぶから落ちたりしないように鎖はそのままにしておくけどいいかな?」
みんなが顔を見合わせてこくりと頷く中、くーう…と誰かのお腹の音がする。
干し肉は数が心許ない。ドライフルーツなら少しで満足出来るだろうか。
「ちょっと待ってて」
二人の元に戻って一応武器がないことをまさぐって確かめて、リネにも匂いで確かめてもらってから縄を解いて鞄にしまう。
「これからみなさんを賢者様の元にお連れします。檻の鍵は…」
「御者かと思います…」
「俺が取ってきます!」
蜥蜴さんが死体から鍵を持ってきてくれて私に差し出すので、私はドライフルーツの小袋を差し出す。
「鍵を開けてこれを子供達に配ってあげてください。ドライフルーツです」
「ありがとうございます!」
「もう一人の方は気絶させた人を檻の中に運ぶのを手伝ってください」
「わかりました」
リネには穴を掘っておいてもらい檻の中に男性達を運び入れて、馬は装備を外して自由にさせてあげ、動物が集まらないように死体はリネに掘らせた穴に埋めて、リネに荷台を持ってもらい空を飛んで急いでお城に向かう。




