夕食は酒場で
フィシェルさんの案内で路地裏にある隠れ家のような酒場に案内されると、店主が暖かく出迎えてくれる。
四十代くらいの金髪の大柄の男性で、なんだか師匠のことを頻りに見ている気がする。
「えーっとそっちの前髪の長いお嬢ちゃんはお酒飲めるのか?」
「飲めね。一滴でも飲ませたら倒れる」
「おお…気をつけるぜ…それで……そちらにおわすお方がエリュ様であらせられるのでしょうか?」
「そうだぜマスター。約束のエリュだ」
フィシェルさんと店主がガシッと力強く拳を握りあって笑うと、何も知らない師匠の顔に不快感が滲む。
「どういうことよフィシェル。何も聞いてないわよ?」
「あれ?言ってなかったっけ?」
「あなたずっと寝てたでしょうが…」
「なんか娘さんがエリュさんのことが好きらしくて…店主さんが会いたかったみたいですよ?」
ペーチャさんの言葉に師匠が大きくため息を吐いてから諦めたように椅子に座り、私達もとりあえず席につくと、すぐに料理と飲み物が運ばれてくる。
運び終えた店主さんがおずおずと師匠の席の横に立って中腰でちらちらと師匠に視線を送り出し、見かねた師匠の方から声をかけた。
「何か用かしら?」
「その…後で娘が来るのでお会いいただけないでしょうか…」
「店に入れられた時点で逃げ場ないじゃない…娘いくつよ?」
「二歳です…とてもやんちゃ盛りで絵本が大好きで…」
「その絵本の内容を知らないのよね…違うって怒らない?」
「そこはなんとも…」
「怒られても文句なしだからね?」
「ありがとうございます!代金は平気ですから!みなさん好きなだけ注文してください!」
店主は深々と頭を下げてからカウンターに戻っていき、上の空でコップをきゅっきゅと拭き始める。
「はぁとりあえず食べましょうか」
「はい…いただきます」
「おー食おうぜ食おうぜ」
「はい」
魚のフリットをとりあえず食べながら、綺麗な桃色のステーキをフードの中の頭の上のリネに食べさせてあげる。
「リネ美味しい?」
アンっと吠えるリネにもう一切れ食べさせてあげ、私も一切れ食べてみると柔らかくて美味しい。
「これはなんですか?」
ペーチャさんが四角いきつね色の物を見ながら言うと、カウンターから店主の声が飛んでくる。
「アルセル名物のメチヌだよ!嬢ちゃんのためにいくつかアルセル名物を用意しといたから!」
「ありがとうございます!」
「おーう!」
師匠がギルムーの串焼きと真っ赤な煮込みとメチヌに緑色のペーストをお皿に盛り付けてペーチャさんに渡す。
「アルセル名物よ」
「ありがとうエリュさん」
「酒おかわりー」
「あいよー」
チリンチリンと鈴のような音が鳴って店に子供を抱いた金髪の女性が入ってくる。
もしやと思いカウンターに視線を移すと、店主がすごく神妙な面持ちでカウンターから出てくる。
「イータ、リタ、その…今日は来てくれてありがとう」
「リデオ、突然お店に呼び出すなんてどうしたの?お客さんもいるし、リタも寝かさないと…」
眠たいのか抱っこされた女の子は不貞腐れた顔で、奥さんの顔も不安そうだ。
「その…リタの好きな人が店に来てくれてるんだ…」
「リタの好きな人?」
「じじ?」
「ううん、じじじゃない!リタの好きな絵本の人だよぉ?」
店主が慌ててそう言うと、女の子が笑顔で大きな声を出す。
「エリュ!」
「そう!それ!」
力強く叫んだ店主が腰を低くしてそっと師匠の席の横に移動すると、女の子が三角帽子と叫ぶ。
「ママ!さんかくぼうしだよ!」
「本当ね…」
「お願いします!」
困惑する奥さんを横目に店主が頭を深々と下げると師匠がため息をぐっとこらえて、笑顔で女の子の方に振り向く。
「リタこんばんは。エリュよ」
「ほんとにおひめさまのせんせい?」
「そうよ。昨日お城にお呼ばれしたの」
「すごいわねリタ。魔法使いのエリュさんね」
「すごい…あっちにもいる…」
女の子がフィシェルさんのことを指差すと、フィシェルがひらひらと手を振ってあげる。
「お食事中にごめんなさい。わざわざ変装までしていただいて」
奥さんが申し訳なさそうに頭を下げる。
「気にしないで。リタ、見たい魔法とかあるのかしら?」
「きらきらのやつ…」
師匠の耳元へ即座に店主が耳打ちをする。
「そう…じゃあリタよく見ててね」
師匠が椅子の上に立って杖を天井に掲げると、空中に光でできた大きな蕾を出来てゆっくりと咲くと同時にきらきらとした光の粒が花から舞い上がって、雪のように静かにゆっくりと降ってくる。
「すごいねリタ…きらきらね」
女の子は返事も忘れて夢中で光に手を伸ばす。
「あの、まさか本当にご本人ですか?」
「まあそうね。本にされてるなんて知らなかったけど」
「あなたどうやって…」
「昨日本当にたまたまそちらの賢者の杖のフィシェルさんが飯屋を知らないかって声をかけてくれて、うちの店に案内したら、エリュさんに会わせてくださると仰ってくださって…」
「リタはこれが好きなの?」
「うん」
「絵本でエリュさんがレイゼリア様に初めて魔法を見せるところがあって、綺麗な光の花を咲かせる挿し絵があって、きらきら、きらきらっていつも目を輝かせていまして」
「そう。魔力を操作する訓練でレイゼリアにお手本として見せたのよ。それが絵本に書かれているとは…」
「あーウチも似たようなこと師匠にやらされたわ。芋虫から蝶にって」
「私もよ」
「もっかい!またやるの!」
女の子が奥さんの髪を引っ張ったり、肩を叩いたりしながら騒ぎ出す。
「わがまま言っちゃ駄目!」
「リタの好きなものは?」
「ぺろ…」
「猫のことをなぜかぺろって言うんです」
毛繕いをしている姿を見たことがあるのだろうかと思いつつ、リネにお肉をあげる。
「じゃあこの子達と今日は一緒に寝なさい。お母さんの言うことをよく聞くのよ?」
「きいてるよ」
師匠が七色の猫達をどこからともなく出現させると、奥さんの背に飛び乗ったり、すり寄ったりと自由に動き回る。
「ぺろ!ぺろいっぱいだよ!」
「ねこちゃんいっぱいね。かわいいね」
「かわいい。ねこちゃんさわる!」
「上の部屋を片付けといたから、今日は泊まって行け」
「じゃあお言葉に甘えて…今日は特別よリタ」
「うん!いっしょにねるんだよ!」
「本当にありがとうございました。二人とも騒がしくてごめんね」
「いいえ!リタちゃんよかったね。おやすみ」
「リタちゃんおやすみ!きっといい夢見れるよー?」
「おう。よく寝ろよ」
「おやすみリタ」
師匠がリタちゃんの頭を撫でてあげると、急に恥ずかしくなったのか、顔を背けながら小さくおやすみと呟き、七匹の猫と一緒に三人がカウンターの奥に入っていく。
「はぁ違うとか理不尽のこと言われなくてよかったわ…」
師匠が椅子に座り直してワインを飲み干して、一息ついたところで私を見る。
「ナズナも同じような目に合うことになるかもしれないわよ?今から覚悟しておきなさい」
「そうですね…覚悟するに越したことはないですね…」
どんな挿し絵になるかわからないけど、あまり特徴を捉えたものにならないようにと祈りながらサラダを食べる。
見た目がいっそ指輪の妖精のままだったら何の心配もなさそうなのに。




