実はずっと聞きたかった
三人娘に出かけることを伝え、宿の食堂で遅い昼食を食べていたクリフトに声をかける。
「じゃあ私は行ってくるから子供達のことよろしくね」
「はっ!」
昨日の夜、一羽の鳥が窓ガラスをつつき、足に紙がくくりつけてあったので中に引き入れてやって紙を外してあげると鳥は煙となって消えた。
紙には昼過ぎに城の天辺にて待つとだけ書かれていて、誰からのものかはわからなかったけど、迷いなくすぐに返事をしたクリフトの様子的に何か知っていそうだった。てことはあいつから?
屋上に飛んで、穴を開けて城の天辺に移ると、不可視の魔力の壁を雨避けに王冠と派手な外套に身につけたあいつが城下を眺めながら立っていた。
「少し遅かったのではないか?」
「時間の指定をしなかったからです陛下」
「それはすまなかった」
「それで、こんなところに呼び出したのはなぜですか?」
「まあいろいろと溜まった事案をな」
「カイラルの件ですか?」
「それも含めてだ」
これから王の独断で話すということだろうか。面倒ごとには巻き込まれたくはないけど。
「まず、王家の森に侵入した不届き者は死んだのだったな?」
「はい。肉体は元に戻してあげましたが精神は当人が自滅したせいで死にました。情報も取れませんでしたし、捕らえ損でした」
「そうか…次にナズナが捕らえた蜘蛛の件だが、どうやら資金源にしようと模索していたようで、俺は裏切られていたらしい」
「資金源?」
「唆した商人がカイラルの者だったかもしれん」
「ずいぶんとやられ放題のようですね」
「ああ…頭の痛い話ばかりだ。今もどこかでこそこそしているかもしれん。他の国でもそうなのか?」
「そこまでは知りません。ですが賢者ガンドルヴァルガが敵だと公言したのでしばらくは大人しくするかと」
「噂には聞いてるよ。保護区に手を出したと」
「ええ、強行策に出て強盗未遂を行って来ました」
「そんなことがあったのか…近々奴隷にされていた魔族の男を引き渡しても?」
「いいんですか?野に放って」
「ナズナに嫌われたくないからな。それに主人の悪事を止めようと一人奮闘していたという裏が取れた」
「そうですか」
「どこに住んでいたとか言ってましたか?」
「ベシクという村だそうだ」
「調べておきます」
「そうしてくれ…」
雨音が強くなり、風が出始める。雨のせいか通りを歩く人は少なく静けさを伴う。
「ナズナはどんな子なんだ?」
「そうですね…慎重かと思いきや敵に突っ込んでいく向こう見ずなところがあったり、大人びていると思ったらそうでもなかったり、まあ優しい子ですよ」
「確かに食事中はにこにこと見た目通りの幼子だったな。しかし城に乗り込んで来た時は物怖じせずに堂々としていた」
「そうらしいですね。賢者の杖に連なる者とは言い得て妙です」
「肩書きは考えてあるのか?」
「いいえ。そもそも賢者の杖だって私達が付けたわけじゃないので」
「まあそこは賢者が何か考えているかもしれんな」
「そうですね。今更ですが青いケープもナズナが持っていていいんですか?」
「本当に今更だな。いきなり返せとは言わんよ。その話なら箱の底にあったという白い箱の方が気になるな」
「あれはまだ時間がかかります…中身もさっぱり予測がつきません」
「まあきっとナズナに縁のある物なんだろう。あそこに初代様の物は無いはずだ」
「中身が無事であれば必ずお知らせします」
「さて、話したかったことは話せた。エリュは何かあるか?」
ずっと聞きたかったことがある。二人きりの今はかなり都合がいい。
「そうですね…ではナズナの保護者として一つ質問が…」
「ほう?なんだ?」
「レイゼリアにはどうやって性教育を?」
「性教育!?」
王らしからぬ声をあげてどよめき、屋根から滑り落ちそうになる陛下に杖を伸ばして掴ませてあげる。
「ナズナにどう教えるべきかと…」
「まだ早いだろう…」
「あまりにも異性に対して無頓着で、恥じらいもないんですよ…」
「…一応レイゼリアは十二の時に誠意にしているカトレア家の婦人に家庭教師に来てもらい、淑女教育をしてもらった」
「そうですか…」
「無理に一人で教えずとも、他に頼るのも手だと思うぞ。男の俺が言えたことじゃないがな。人工霊も自然霊と同様に子を成せるのか?」
「わかりません。事例は無いみたいですが容姿端麗な者が多く、そういった目的での売買が多いようです」
「武器だと逃げられれば手出しも難しいのかもしれんな。そうだ孤児院の院長に聞いてみるのはどうだ?同性だし俺よりも頼りになるかもしれん」
「そうですね…ちょっと行ってきます」
穴を使わずに瞬時に孤児院の院長室へと移動すると、目が合った院長先生の手からペンが転げ落ち、それを指先から放った魔力で止める。
「ごめんなさい。驚かせたわね」
「エリュさん?」
落ち着きを取り戻した院長先生が浮遊するペンを掴んで机に置く。
「ナズナさんと遊びに来てくれたという感じではなさそうですね。何か急用ですか?」
「急用っていう程じゃないんだけど、聞きたいことがあって…」
「とりあえずそちらにどうぞ座ってください」
「ありがとうございます」
椅子に座ると少ししてお茶を淹れて持ってきてくれて、向かいに院長先生が座る。
「どうかなさいましたか?」
「単刀直入に聞きます。性教育ってどうしていますか?」
「性教育ですか…ナズナさんが自慰をしているのを見かけましたか?それとも子供はどこからくるかと好奇心で?」
「いいえ。ただ、襲われかけたこともあるのにあまりにも自覚が無く無知で無頓着で、どう教えるのがいいのかと…」
「そうですね。ここは孤児院で様々な事情の子供がいます。今いる子の中にはいませんが、過去に凌辱を受けたり、行為の意味を知らぬままそういったことをされていた子供もいました。私達はそういった子供達にもそうじゃない子達にもありのままをお伝えするようにしています」
「ありのまま?」
「ありのままです。それによって傷つく子もいますが、子供達に傷つける側にはなってほしくないですし、子供を捨てるような親にもなってほしくないですから…」
院長先生がお茶を挟んで再び話してくれる。
「ありのままをお伝えすることでナズナさんが不安定になったり、衝撃を受けて落ち込んでしまうかもしれません。それでもありのまま伝えた方が寄り添ってあげられると思っています」
「ありがとうございます…時間を作ってナズナに話してみようと思います」
「ええ、頑張ってくださいね」
「ありがとうございます。ちょっと失礼…」
何かお礼をしたいなと思い、三角帽子から砂漠で捕まえておいた魚を取り出して机に並べていく。
十五もあれば足りるだろうか。
「この干からびた魚は?」
「砂漠に棲ぬネムリウオっていう魚で、雨が降るまでそうやって身体を乾燥させて仮死状態になっているの。水を張った桶に入れておけば息を吹き返す。そのままでも食べられるけど、戻した方が美味しいのでよかったらどうぞ」
「そんな…」
「お礼ですから。このままでもあと一月は平気ですので」
「ありがとうございます」
「それじゃあ王様を待たせているので戻ります」
もういないかもなと思いつつも城の天辺へ戻ると、意外にもまだ王が立っていて、私を見て大きなため息をつく。
「正直もういないだろうと思っていました」
「そろそろ戻ろうかと思っていたぞ…でも無事に助言をもらえたようだな」
「はい。おかげさまで」
お礼代わりというわけじゃないけど緑色のパヌジの実を投げ渡すと、レイゼリアによく似た笑顔でかじりついて、酸っぱそうに顔をしかめる。
私も一口かじると、酸味とすっきりとした香りが雨でじめじめした気分を少し吹き飛ばしてくれた気がする。




