初めての酒場
「確かこの辺だったような…」
フィシェルさんに連れられて、初めての城下町を眺めて歩く。
幸いなことに奴隷だったころを思い出すようなことはないけど、馴れない視線と人族の足に少し疲れを覚えてきたころ、フィシェルさんが足を止める。
「この辺りが飯屋の多い通りだぜ。何が食いたい?」
「そうですね…でもアルセルの名産はお酒らしいので私にはまだちょっと…」
「うーん…おい!そこのおっちゃん!」
フィシェルさんが道行くおじさんに声をかけて捕まえる。
「なんだ?娼婦には見えないから…旅人か?」
「そんなとこだ。飯屋探してんだけど良いとこ知らね?」
「そうだな…こいよ。案内してやる」
「おう頼むぜ。変なことしたら捻切るから覚悟しとけよ?」
「笑顔でこえーこと言うなよ…」
「行こうぜペーチャ」
「はい」
ほんとについていって平気なんだろうか。
なんか大通りから逸れているような…。
「あんたらどういう関係なんだ?」
「んー…そんなに年は離れてないけどウチが保護者で、同僚の子を預かってるって感じか?」
「そうですね。そういう感じです」
「なんか複雑な関係だなぁ。そうなると黒い髪の子にはちょっと合わないかもな」
「合わない?」
おじさんが暗い路地の途中にある下に続く階段の前で立ち止まって振り返る。
「この下は俺の酒場。俺が店主ってわけ」
「そりゃありなのかよ?」
「二人とも酒くらいいけると思ってよ」
「ウチは余裕だぜ」
「じゃあ飯くらい作ってやるよ」
「てことらしいんだがいいか?」
「はい」
少しわくわくしている自分に驚きつつ階段を下りていくと、吊るされた魔晶灯の光に扉にかけられた看板が照らされていて、おじさんがガチャンと鍵を開けて扉を開いて中へと入れてくれる。
「好きなとこ座って待っててくれ」
「おう」
カウンターテーブルに八つの椅子、六つの丸テーブルが天井から吊るされた魔晶灯に照らされて、なんだか大人の店って感じがする。
おじさんがカウンターの奥に消えると、フィシェルさんがカウンターの近くのテーブルに座るので私もフィシェルさんの向かいの席に座る。
「フィシェルさんはすごいですね…私は怖くていきなり話しかけるなんて…」
「そうか?まあ気にすんな」
「はい…」
しばらくの沈黙に気まずさを覚えるギリギリでカウンターの奥からおじさんが戻ってきてくれて、テーブルに料理が並べられていく。
「若い子の好きなもんはわからなくてよぉ。他所から来たって言ってたし、とりあえず客がよく食う奴を選んで作っておいたぞ」
「あんがとな」
「嬢ちゃんはジュースで魔女の嬢ちゃんは何飲む?」
「ワインが名産なんだろ?ワインで」
「わかった」
おじさんがカウンターで飲み物を注いでるうちにフィシェルさんが取り皿に料理を適当によそってくれる。
「ほらよ」
「ありがとうございます」
魚のフリットに腸詰め、干しブブの混ぜ込まれた芋のペースト、塩漬け肉とチーズの挟まったクラッカーに薄切りの茶色いパン一切れ。
「ワインとジュース、こいつはおまけだ」
おじさんがコップ二つに果物の盛り合わせを置いていってカウンターに戻り、コップを布で拭き始める。
「ありがたくもらっとこうぜ。毒もない」
「失礼だな!魔女の嬢ちゃん!」
聞こえていたのか大きな声がおじさんから返ってくる。
「処世術だよ!」
「そーかい!旅慣れしてんだなぁ」
二人とも特に怒っているわけじゃないみたいだ。
魚のフリットは揚げたてでさくさくふわふわだけど、少し癖のある変わった香りがする。臭み消しだろうか。
他も少しずつ食べてみるけど何か思っていたものと違うというか、この気持ちはなんだろう。
「どうかしたか?」
「やっぱり合わなかったかい?」
フィシェルさんだけでなく、作ってくれたおじさんにまで気づかれていて、少し動悸がしてくる。
「ごめんなさい。美味しいです…美味しいんですけど…」
「嬢ちゃんは旅は初めてかい?」
「はい…」
「そうか。どこに行っても結局似たような物が出てくるもんさ。イー大陸はいろんな魔族のいろんな料理で特色があるそうだが、こっちは南にでもいかないと変わった物は食えないぞ」
「そうなんですね。何か腑に落ちた気がします」
「せっかく初めてきたところなら何かそこにしかない物を食いたくなるだろうからな。気持ちはわかるが場所が場所で地元の奴しか来ない店なもんで悪かった」
「悪いだなんて…美味しいです」
普通にと言いそうになるのをぐっと堪える。
「おっちゃんあるだろ?この店にしかないもの」
「いやそんなものは…」
フィシェルさんがコップをおじさんの方に掲げるとおじさんが何か納得したような顔でカウンターの奥に消えると酒瓶を片手に戻ってくる。
「ここでしか味わえない物といったらこいつだよ。こいつは国外には売られてないワインなのさ」
そう言いながらおじさんが新しいコップに栓を抜いたばかりのワインを注いでいく。
「それウチのと同じ奴?」
「いいや、魔女の嬢ちゃんには悪いけど格が違う。金弾んでくれよ?」
そう言って笑みを浮かべながらフィシェルさんの空のコップにも注いでいく。
「味次第だぜ?」
フィシェルさんがコップに口を付けて傾けて喉を鳴らすと、目を見開いて固まり、ゆっくりとコップをテーブルに置く。
「めっちゃ甘ぇ…」
「そうだろう。数多く作れないから国外に出ることがないレア物だからな。無理して全部飲まなくてもいい。せっかくだから一口飲んでみてくれねーか?」
「多分そのジュースよりも甘ぇぜ?」
二人にそこまで言われては興味がすごく沸いてくる。お菓子好きのフィシェルさんが唸るほど甘いお酒ならなおのことだ。
でもいざコップに口を付けると鼻腔を酒精が刺激して鼻の中が焼けるような感覚がして、コップを離す。
「魔法かけてやるよ」
フィシェルさんが人差し指で私の鼻先をつついてにこっと笑い、美味しそうにワインを飲む。
私も釣られるようにもう一度コップに口を付けると、今度は甘くて濃厚なブブの香りに渋味や酸味の混じった複雑な匂いが鼻腔をくすぐり、とても美味しそうに思えてそのままワインを口に含むと蜜のような舌が痺れそうなくらい濃い甘さが口の中に広がって、なめらかに喉を流れていく。
「すごい…すごい!」
夢中で一気に半分以上飲み干したところで恥ずかしくなってコップを離す。
「はははははは!気に入ってよかったぞ。王都が湿気た街だなんて思われなくてよかったよかった!」
「はい!ありがとうございます!美味しい…だからフィシェルさんもエリュさんもお酒がお好きなんですね」
「あー残念だけど普通のワインは香りが良くても大抵は渋くて酸っぱい。こいつがやべーワインなだけだ」
「そうなんですか?」
おじさんもうんうんと深く頷く。
「そうだな…こいつでどうだ?」
フィシェルさんが指を三本立てておじさんに見せると、おじさんがすぐに首を横に振る。
「こいつは一般の奴に売るのが禁止されてるのさ。手形が無いと買えないようにまでなってんだよ」
「飲みたかったらまたアルセルに来てくれってことか…嵌められたぜ。レイゼリアに聞いてみっか…」
「ん?今レイゼリアって?レイゼリアってまさか!?そうだ!エリュ!その三角帽子!魔女の嬢ちゃんがかの有名な賢者の杖のエリュ様なのかっ!?」
興奮して捲し立てるように話すおじさんにも表情一つ変えずにフィシェルさんが、エリュじゃねーけどと呟く。
「ウチは賢者の杖のフィシェル」
「賢者の杖なのはマジなのか!?」
「急になんなんだよ…」
「ちょっと待っててくれ!」
おじさんがカウンターの奥に走り去り、私はそっとワインを飲む。
甘い。めっちゃ甘くて美味しい…。だめだ。流石に吹っ切れない。私が名前を出しちゃったからだよね…。後でフィシェルさんにちゃんと謝ろう。




