すごく緊張した
ペシペシと胸を叩かれて口の周りをぺろぺろと舐め回されて、気がつけばもう食堂の目の前に立っていた。子犬姿のリネを向かい合わせに抱いた記憶も、馬車を降りた記憶も無い。
「しっかりしなさいナズナ」
私の頭に師匠が手を乗せてそっと撫でる。
「ごめんなさい急に緊張してきて…」
「さっきは普通に挨拶出来たんでしょ?」
「そうですけど…」
ゆっくりと扉が開いて、レーシャさんがにこっと笑う。
「中へどうぞ」
レーシャさんに中に通されて、レイゼリアさんと王子様と王様の座る長くて大きなテーブルの奥に座る三人から二席空けた席の椅子をレーシャさんが引いて座らせてくれて、鞄は椅子の下にと耳打ちしてくれて言う通りに鞄を椅子の下に置いておく。
「リネ様はこちらへ」
レーシャさんにリネを預けると部屋の隅にリネ用の布が敷かれた大きな籠が置いてあって、リネはその中でお行儀よくお座りしていてくれる。
「さて、突然呼びつけてすまなかったな。エリュ、リネ、そしてナズナ」
「いいえ。このような場を設けていただき感謝します」
「何か大事な話があると聞いているが、まずは食事を楽しんでくれ」
「そうだな。話は食事のあとにしようか」
王様が目配せすると、料理が運ばれてくる。
王様と王子様には大きなステーキ、レイゼリアさんと師匠には普通のステーキ、私にはサイコロステーキ、そして緑色のスープ、私以外にはパンで、私にはご飯が出てきて嬉しい。
レーシャさんが赤いワインを注いで回り、ウエイターが私のグラスにジュースを注いでくれる。
「ふむ…今日も良い焼き加減だな」
王様が食べ始めるとレイゼリアさんと王子様も食べ始めて、師匠も無言で食べ始めるので私もフォークでステーキを刺してお皿に敷かれたソースにつけて口に運ぶ。桃色のお肉の甘さに黒茶色のソースの複雑で芳醇な旨味とこくが合わさって美味しい。ご飯が進む。今日は味がしてよかった。
スープはクリーミーで少し酸味のある変わった味がするけど口の中がさっぱりしてお肉がまた美味しい。
そうして夢中で食べ終えてジュースも飲み干したところで王様と目が合い、みんな食べ終わって最後の私を見ていたようで、かーっと顔が熱くなるのを感じる。
「ハッハッハッハッハッ!同じものにして正解だっただろ?レイゼリア?」
「そうですねお父様」
「口に合ったみたいでよかったよ」
「美味しかったです…お米まで用意していただいてありがとうございました」
「それはなによりだ。さて…」
王様が手を上げると空の食器が下げられていき、グラスにまた飲み物が注がれる。
「レイアルト、今日のこの場は半分はお前のため、もう半分はナズナのためだ」
「その子が何か俺と関係が?」
王子様が不思議そうに私を見る。
「私が彼女と始めて出会ったのは、王家の森でした」
「王家の森?じゃあまさか!勇者の武器に選ばれて賢者の城に匿われた子だったのか?」
王子様がテーブルに手を突いて声を荒げ、私を睨む。
「選ばれたのではありません。彼女こそが勇者の武器なのです王子」
「彼女が武器?」
師匠の言葉に困惑した表情で答え、私を舐めるように見つめる。
「お前も見たことがあると聞いたぞ。武器の精霊を」
「しかしこんな小さな子供では…武器に変わってみせてくれ」
「ごめんなさい…まだ変身出来ないんです」
「全員で俺を馬鹿にしているのか?」
王子様が席を立ち怒りを露にし始める。
すると師匠が何かの小さな箱を王子様の方に浮遊させる。
「いいえ王子、目を閉じて目蓋にそちらをお塗りください。魔力が見えるようになる秘薬です」
王子様が小箱を掴むと師匠がさらに続ける。
「聡明な王子には彼女が人では無いことに気がつくはずです」
王子様は少し悩んだ様子で小箱を見つめ、蓋を空けて中の半透明の軟膏を目を閉じて目蓋に塗り込む。
「目を閉じているのに光が見える…緑色の光、四つの小さい光、金色の大きな光、人の形の光…」
王子様がそう言いながら目を開いて閉じてを私を見ながら繰り返すと、椅子に座って小箱をテーブルに置いて師匠の方に差し出す。
「精霊なのはわかったがどうして…子供頃、棺を開けた時には既に精霊だったとでも言うのか?」
「それは私にもわかりません。賢者ガンドルヴァルガにすら答えられません」
「お兄様にお話したいのは彼女の今後についてです」
「今後も何も、勇者の武器はアルセルの宝で五百年以上守り続けて来たんだぞ?」
「彼女を武器として使役するんですか?」
「国に危機があればね」
「二人とも落ち着け。もうそのような段階の話ではないのだレイアルト、彼女には意志があり、どこにでも行く権利がある。初代様が武力として武器を棺に納めたのではないことは知っておるだろう」
「しかし!」
「あの…」
私の言葉にそんな力は無いはずなのに、視線が一気に集まり鼓動が早まってバクバクと激しく高ぶる。
「私は…」
言葉が詰まり、何を言おうとしたのかわからなくなる。
「ナズナはどうしたい?聞かせて?」
師匠がいつもと変わらない優しい眼差しを私の向ける。
私はどうしたいんだろう。
夢を言うんだよ…
頭の中に声が聞こえる。
ナズナのやりたいことはなに?
私のやりたいことは…。
いっぱいあるだろ?
うん。たくさんある。
素直に言えばいいと思う
わかった。ありがとうみんな。
「私はリネといろんなところに行きたいです…」
私の言葉に王子様が口を開きかけて止め、耳を傾けてくれる。
「私は…自分には何か大きな使命が、生まれた意味や運命があるのだと思ってたけど、そうじゃないって言ってもらえて、私達武器の精霊にも清く正しい心があるのだと言ってくれた人がいて、私が傷つくと悲しんでくれる人がいて…」
うまく言葉がまとまらない…。
「戦いは、意外と好きです…。でもそれは力比べの範疇で、出来れば人を殺したくないです…」
眉間にシワを寄せる王子様に視線を合わせる。
「でも…この国にもしも危機が訪れた時、貶めようとする敵がもしも現れた時、私は迷わずそれを討つ刃となることを誓います」
王子様の表情は変わらず、レイゼリアさんの声が漏れるのが聞こえるけど、私はさらに言葉を続ける。
「勇者の武器だからではありません。私は私で、レイゼリアさんの友達で、リネの相棒で、レイゼリアが命を懸けて守った国が大好きだからです」
みんなの顔を見る。泣きそうな顔に呆れた顔、驚いた顔に困惑した顔、私は言葉にならない気持ちをさらに紡ぐ。
「国王陛下、レーシャさん、クリフトさん、孤児院のみんな、レックスさん、そして王子様も遺跡で私を守り、優しくしてくださいました」
王子様の表情が困惑した顔から驚いた顔に変わる。
「だからもしもの時は力になると誓います。でも…アルセルに縛られたくは…ないです…。勇者の記憶の断片ではなくて、私自身の目で世界を見て回りたいと思っています…それが今の私の夢…です」
「レイアルト、お前はどうしたい?お前が勇者に憧れて剣を取り、血の滲むような努力をしてきたことをレイゼリアと私が一番よく知っている…」
王子様がゆっくりと席を立ち、テーブルを回り込んで私の席まで歩いてきて私の椅子を引く。
「立ってくれるかな?」
「わかりました」
席を立ち、王子様の前に立つと王子様が目の前に跪き、私の右手を握る。
「本当に勇者の武器なのか?」
「はい」
私は盾を出して一回転させ、四つに分裂させた鉄塊を王子様の周囲に旋回させて、左手に抜き身の刀を握ってみせて盾と刀を消す。
「誓おう。君に選ばれるようにより一層の努力をすると…アルセルの名に懸けて、初代様に恥じぬ行いをすると…」
私の手の甲に王子様が口づけをして私の顔を仰ぎ見る。こういう時はどう答えるものなんだろう。
「私もまずは武器に変身出来るように頑張ります…」
「そっか…そうか」
王子様が笑いながら立ち上がって、晴れやかな顔で天井を仰ぐ。
ひとまず納得してもらえたのだろうか。




