みんなお行儀がいい
ブブの実を食べながら不意に思う。この食事会の終わりはどうなっているのだろう。
リネに皮を剥いたブブを食べさせてあげると、ペーチャさんが私に皮を剥いたブブを食べさせてくれる。
「ありがとうございます」
「気にしないで」
ペーチャさんがにこっと笑ってブブを頬張り、会場を眺める。
「フィシェルさん、この食事会はいつまでなんでしょうか?」
「あーややこしくてなぁ。特に決まってない。満足したら帰るのが決まりで、満足させられなくて全然帰ってくれなかったら姫様の負けだ」
「勝ち負けとかあったんですか?」
ペーチャさんの質問に私も同様の考えだ。
「ウチらには関係ないが、貴族は資金力、人材、その他諸々で家の力、影響力を比べあってんだよ。社交界は権力争いの一貫。満足出来れば相手を上に見て、満足出来なきゃ相手を下に見てこんなことしか出来ねーと次のいじめの対象だ」
生誕祭の魔法のお披露目同様、王家の力の示す場の一つになっているということだろうか。
「晩餐会とか舞踏会ならそういう側面が強いわね。でも今日のはそういうのじゃないから貴族以外の人もたくさん招待されてるのよ。聞いたわよナズナ?雷に打たれたのに軽い火傷で済んでる子供は初めて見たって」
すごく疲れきった顔の師匠がお医者さんと一緒に歩いてくる。名前は確かカルファスさんだ。
「その節はどうも…」
「ナズナ雷に打たれたの!?」
ペーチャさんが驚いた様子で私の全身をぺたぺた触る。
「はい…サンダーバードという鳥と戦っている時に」
「ナズナさん失礼します」
カルファスさんが目の前ですっとしゃがんで私のドレスの裾を捲って股の間に入ってくる。
わけがわからなくて反応出来なかった私とは違って、師匠が即座にドレスの裾を捲ってカルファスさんだの頭を出した瞬間、フィシェルさんの拳カルファスさんの顔面にめり込んで大きく吹っ飛ぶ。
「おいおいちょっと見られたくれーじゃなんも思わねーけど頭突っ込むのは違ぇだろーが!」
所々で悲鳴が上がり、兵士達が私達を囲む。
「何がありましたか?」
兵士の一人が声をかけてくる。兜で顔がよく見えないけど聞き覚えがある。
「その人が突然この子のスカートの中に頭を…」
「だから殴った」
ペーチャさんがぎゅっと後ろから私を抱き締め、フィシェルさんが拳を兵士に向かって突き出し杖を出す。
「待ってください。びっくりしたけど多分誤解なんです」
「どういうことナズナ?」
師匠まで杖を出してカルファスさんへと向ける。これ以上はレイゼリアさんのためにもどうにか穏便に済ませないと。
「太ももの火傷を前にカルファスさんが診てくださって、薬を塗っていただいたんです。でも私はそのあとお迎えが来てすぐに帰ることになって、ちゃんと治ったのか確認したかったんだと思います。そうですよね?」
お願い!そうだと言って!察して…。
「そうです…太ももと股間だけ他より少し酷かったので…でも痕もなく綺麗に治っていてよかったです…」
「言葉が足りないわよ!失礼しますってスカート捲るとかただの変態でしょーが!」
「申し訳ありませんでした…」
「はぁ…そこのあなた、クリフトでしょ?耳かして」
師匠がそう言って兵士の一人を呼びつけて何かを耳打ちする。クリフトさんだから聞き覚えがあったんだ。
「わかりました。お願いします」
師匠が空に向かって杖を向けると光が放たれて弾けて、庭園に光の粒が降り注ぐ。
兵士さん達はカルファスさんを担いで会場を出ていき、クリフトさんが私の手に何かを握らせて会釈して、レイゼリアさん達の席のほうに戻っていく。
「記憶を弄っといた」
「けどなんで雷で股間を火傷?」
「鉄塊に股がっていたからだと思います」
「そうかよ」
何事も無かったかのように会場に笑い声や話し声が聞こえ始め、フィシェルさんと師匠が杖を消す。
私もとりあえずクリフトさんがくれたものを鞄にしまっておき、二人の顔を見上げる。
「師匠、フィシェルさん、ありがとうございました」
「人のこと言えねーけど羞恥心無さすぎだろ」
「ほんとよ、ぽけーっとして固まって」
「失礼しますと断りがあったし、リネも反応しなかったものですから」
「リネ、次ナズナに知らない奴が触れようとしたら遠慮なく噛みつきなさい」
師匠がリネの頬を撫でながらそう言い聞かせると、リネがわふっと答える。
「そういやさっき今日のはそういうのじゃないって言ってたけど、いつお開きなんだ?」
「そろそろ号令でもかかるんじゃない?」
フィシェルさんの問いに師匠が会場を眺めながら答えると、カランカランカランとベルのような音が鳴り、音を聞いた人達が庭園の入口の方に流れていく。
「お行儀のいいこったな」
「私達も行きましょう。宿まで馬車で送ってくれるわ」
兵士の一人が近づいてきて、私達を見回して敬礼する。
「失礼します!賢者の杖の方々でお間違えなかったでしょうか?」
「そーだぜ。件の地図か?」
「はっ!どうぞご確認ください」
「おう」
フィシェルさんが丸められた地図を広げて宙に浮かせ、地図を杖で端から端へとゆっくりなぞっていく。
「地図って?」
「王子様がセイレーンらしき噂を聞いた村の場所を教えてくれたんです」
「よかったわねペーチャ」
「はい!」
「師匠、そういえば王子様と話をするのはいつに?」
「今晩よ。フィシェルには言ってあったけど言い忘れてたわね。ごめん」
「私とフィシェルさんも?」
「ううん。申し訳ないけどペーチャはフィシェルとお留守番。レイゼリアと遊べるのは明日になるかな」
「わかりましたエリュさん」
「私は今日は一日スカートなんですね…」
「まあそうね」
「エリュわりぃ、羊皮紙くれね?」
「ちょっと待って」
師匠が三角帽子を脱いで右手を入れ、中から丸まった羊皮紙を取り出し、三角帽子を被り直して羊皮紙を広げて手を放すと一人でに宙に浮き、フィシェルさんがふわりと浮かぶ綺麗な羊皮紙に杖をかざして端から端へなぞっていくと、黒い線が浮かび上がって地形のような図が羊皮紙に刻まれていく。
「…写し終わったぜ。ありがとな」
フィシェルさんが丁寧に地図を丸め直して兵士に返すと敬礼をして歩き去っていく。
「さて、今度こそ帰りましょうか」
人の流れに乗るようにして庭園の入口まで歩いていくと、招待客達を兵士達が順番に城の中に案内していく。
そして私達の番になった時に、メイドさんに声をかけられる。
赤毛のメイドさん…確か名前はレイチェルさん。
「ナズナ様、こちらリネ様への贈答品です」
綺麗な五十センチくらいの青い箱を手渡され、ずっしりと重い。
「ありがとうございますレイチェルさん」
名前を呼ばれるとは思っていなかったのか、一瞬驚いた顔をしてからにこっと笑い、一礼して下がっていってしまう。
そして私達も兵士の案内で城の中に入っていく。
「ナズナの知り合い?」
ペーチャさんが歩きながら私の顔を覗き込む。
「はい。以前お城で」
「もしかしてナズナは何回もお城に?」
「そう…ですね。そういえば」
「レイゼリア忙しいんじゃ?」
「いつも机いっぱいの書類と戦ってますね」
「そうなんだ…」
「お姫様ってお茶会と舞踏会に出まくるわけじゃないんだね」
「そうみたいです」
城の入口でまた馬車に乗り、座った隙に青い箱を鞄にしまい込むと馬車が動き出し、城門を出てあっという間にアルセルに来たときに着いた宿に馬車が止まり、三十分後に師匠の部屋に集合ということで、それぞれの部屋で小休止を挟むことになった。
レイゼリアさんはわざわざ一人一部屋押さえてくれていたようで、フィシェルさんとペーチャさんも驚いていた。私はもちろんリネと一緒だ。




