明日は喉が渇れそう
もう何人と話しただろう。目まぐるしくて話した内容も相手の顔も朧気で、貼り付けた笑みを崩す暇もない。
「レイゼリア」
お兄様が横に居なかったら気を失っていてもおかしくない。
「レーゼ?」
はっとなって声がした隣を向くと、お兄様が心配そうに私の手をテーブルの下でぎゅっと握ってくれていた。
「お兄様…すいません。少し疲れてしまいました」
「招待客の多くは軍属だからな。息子の嫁にって奴が多いんだろう」
そう言いながらも馴れた様子でお兄様は婦人達に笑顔で手を振ってあげていて流石だ。
今まで社交界から逃げてきた私とは大違いだ。
「左を見ろ。お前の師匠も大変そうだぞ」
お兄様の視線の先には将校達に囲まれる三角帽子を被った白いドレスの少女が見え隠れする。
「師匠までああなるのは想定外でした…魔物の話なんでしょうか」
「お前の小さい時の話かも知れないぞ?」
「それは…嫌ですね…」
「おう。大人気だったなレイゼリア。王子も元気にみてーでよかったぜ」
「おかげ様で後遺症もない。復帰はまだだけどね」
「それは何よりだ」
一見いつもと変わらぬ姿のフィシェルさんは三角帽子と金色の紐の他にイー大陸魔法学院のブレザーとコートを身に付け、胸元には特待生の証の翡翠のリボンをつけている。正装をちゃんとしてきてくれたようで何よりだ。
「一応は主催者なのでみなさんご挨拶に。フィシェルさんもご足労いただいてありがとうございます」
「おう。デザートは制覇したぜ」
「ふふふ、楽しんでいただいているようでよかったです。みんなも楽しんでくれてますか?」
「本人達に聞いてくれ」
そう言うフィシェルさんの後ろから四つの頭が生えてぞろぞろと前に出てくる。
「リネ様、ペーチャ、ナズナに噂に剣士さんですね」
「アカネと申します。此度はどこの馬の骨とも知らぬ風来坊に登城の栄誉を賜り誠にありがとうございます」
正座をして両手を着いて深々と頭を下げられる。土下座という奴だ。
「顔を上げて下さい。お言葉はしかと受け取りました」
「ははーっ!」
更に深く頭を下げてから顔を上げてゆっくりと立ち上がってくれる。
「では私はこれにて失礼。王子様と姫様はこの方々と既知のようなので、どうかごゆるりとご歓談を」
「ありがとうございます。アカネさんも引き続きお楽しみください」
綺麗なお辞儀で返されてアカネさんが去っていく。
「みなさんはアカネさんと知り合いで?」
「いや全然」
「おにぎりを取ってくれて刀を見せていただきました」
「おにぎり気づいてくれてよかった。それ私があげたドレスね。ペーチャもよく似合ってるわ」
「ありがとうございます」
「ありがとう。レイゼリアも綺麗だよ。お花と一緒よね?」
「ええ、わざわざ作ってくれて今朝びっくりしたわ」
「その紐…同じものか?」
お兄様がナズナの首に掛かった金色の紐を指差す。
「はい。賢者の杖の杖のみなさんと同じものです」
「君が噂の賢者の杖に連なる者か。従者から大出世だな」
「そう言われると確かにそうかも…」
言われなれてないのかナズナの顔が赤く染まる。
「一人前になったってことなんだから胸を張ってもいいんじゃない?」
「私達は二人で一人前なので」
ナズナが隣にきたリネ様の頭を撫でながら優しく微笑む。
「ややこしいから従者ってことにしてただけで従者でもなんでもねーぞ?」
フィシェルさんの言葉にお兄様だけでなくナズナも驚く。
「そうなのか?」
「あっはい…実は…お城ではそういう肩書きがあった方が便利かと」
「それはそうか…」
ナズナがぎこちなくスカートの裾を摘まんでお兄様にお辞儀をする。
「あっ改めまして、賢者の杖エリュ様の弟子のナズナです。しかし私は魔法使いではなく、賢者の杖というわけではありません」
ナズナがスカートの裾を離してかちこちでお兄様を見上げて更に続ける。
「それでお城へレイ…レーシャさんをお運びした際に咄嗟に賢者の杖に連なる者と名乗った次第です」
「ほう…では特にそう言った肩書きや賢者の杖の弟子の集団があるわけじゃないんだな?」
「そんなんねーよ。引退した奴は弟子とか取ってんのかもしんねーけど、現役に弟子にしてもらった姫様とナズナはかなり珍しいぜ」
全然知らなかった…ナズナも初耳だって顔してる。
私のような貴族や王族はちらほらいるのかと思っていた。
「てっきりレイゼリアのような魔法使いは王族では多いのかと」
「基礎を教えることはあっても、正式に師弟になって交流が続くことなんてねーよ。ウチも一月だけ調子に乗った馬鹿息子を矯正してくれって王子に魔法教えてやったことあるぜ?」
「その子はどうなったんですか?」
「心を改めて魔法学校に入学したとか師匠が言ってたかなー」
私も本来はそうなるはずだったんだろうか。
「魔法学校から講義の依頼とかよくくるし、意外と教えてくれって奴多いのか?」
「人族に魔法使いは少なく、多くは囲い込まれて他国とは関わらせないようにすることが多い、あなた方のように自由に他国を渡り歩くのは珍しいことなんだ。ヨウル大陸の常識ではね」
「あーイー大陸じゃ魔族はみんな多少魔法が使えるしな」
「ところでお嬢さんはレイゼリアのお友達かな?」
お兄様が縮こまるペーチャに声をかけてくれたけど、どう転ぶんだろうか。
「いや、あのっそそそうです…」
目が泳いでしどろもどろになっている。ここが城なのもあって空気に飲まれてしまっただろうか。
「彼女はペーチャ。ナズナと似た境遇で賢者の杖のヘゼルさんとグーデルさんのお家でお世話になっている子なんです」
「そうか。ナズナには少し申し訳ないが、レイゼリアに同年代の友人が出来て嬉しいよ」
「私もナズナとレイゼリアが初めての友達で嬉しいです」
ペーチャの言葉に胸が熱くなるのを感じる。
「ありがとうペーチャ…そうだお兄様、ペーチャは実は幼いころご両親とはぐれてしまっていてセイレーンのいる海辺に住んでいたそうなんですが、遠征先でセイレーンの噂を聞いたことはないですか?」
「セイレーン…」
心辺りがあるのか、お兄様が俯いて腕を組んで考え込む。
「刀について調べようとトコヨのあるヨウル大陸の北の海について調べている時に、毎晩歌が聞こえる岩礁があると聞いたな…近くの漁村の漁師が調べようにも船では近づけず、害はないのでそのままに、それどころか歌で魚が集まるそうで貢ぎ物を供えるようになったとか。その辺りは大昔、砂鉄がよく取れたらしくてね。なんでも古い刀は砂鉄で作られているものも多いらしくて、たまたま耳にした噂だ」
ペーチャの顔色が青冷めていたものから一気に血の気を取り戻していく。
「あのっそれはどの辺りですか!?」
「ヘズズという国の端の小さな漁村だよ。名はウオロだったはずだ。心当たりが?」
「あっいえ…でもセイレーンの歌は人以外も惹き付けるってお母さんが…」
「そうか。君の住んでいた村ではないがセイレーンの存在が確かなら君のいた村も近くにあるかもしれないな」
お兄様が左手を上げると近衛兵が側により、お兄様が耳打ちをすると敬礼をして私達の席を離れる。
「今、地図を持ってこさせる。フィシェル殿なら写しを取るくらいわけないだろう」
「おう。今の話だけでもでけぇのにありがとな」
「レイゼリアの友達なら優しくもするさ」
「ありがとうございますお兄様」
「ありがとうございます王子様!」
「これくらいかまわないよ。でもすまないね。次のご令嬢達がお持ちのようだ」
気がつけばまた人だかりが出来ていて、ナズナとペーチャも周りに気がついて縮こまってしまう。
「エリュがどうにかしてくれるから心配すんなって」
フィシェルさんが右手をナズナの頭に、左手をペーチャの肩に置く。
「じゃあまたな二人とも」
「ええ。リネ様には別でお肉を用意していますから帰りに受け取ってください」
リネ様が嬉しそうに尻尾を左右に振りながらこくりと頷く。本当にお利口さんだ。
「ナズナとペーチャもまた時間を作るから」
「はい」
「うん」
「兵士にはフィシェルさんに地図を直接見せるように」
「わかった。じゃあいくぞ?お前ら。デザートの時間だ」
フィシェルさんとリネ様がしっかり二人を守るようにしながら人だかりを掻き分けていく。
みんなのおかげで気持ちは休めたし私ももうひとふんばり頑張ろう。




