フィシェルさんはかっこいい
大師匠が用意してくれた青い革製の首輪をリネに着け、鞄の中身を確認する。入れっぱなしのワインが一瓶、水の瓶が十本、フィシェルさんがくれたドライフルーツの袋に師匠がくれたバンカンの袋、腰に差しておこうとして怒られた短刀、角灯と火打ち石に替えの油の瓶、ダクムさんとカムムさんがくれたお肉で作った塩漬け肉、お財布、替えの手袋、替えのいつもの袖無しシャツとかぼちゃパンツに青いケープとブーツ、変装用に入れておいたメイド服一式、食器一式、鍋とフライパン、石鹸、ハンカチ、毛布、タオル、縄、短く切ってある丸太四つ、腕輪二つ、木刀一本、指輪が一つ。そして大事な私とリネへの招待状。
「忘れ物はない?」
「大丈夫なはずです…」
「はぁ…もう三回目なんだから大人しく鞄に入りなさい。ペーチャとフィシェルに遅いって言われるわよ?」
師匠に鞄に押し込まれて蓋が閉じられ、大人しく枕を抱えてアルセルに着くまでじっと丸くなる。
暗いところに一人でいるとつい夢のことやみんなのことを考えてしまうけど、あの悪夢以来未だにみんなとは会えていなくて、本当にジュジュだったのかと思わずにはいられない。
蓋が開いて光が射し込み、目を細める。
「着いたわよ」
差し出された手を握って立ち上がり、鞄から出て青い靴を履き直して髪を手櫛で整えて首にかけた金色の紐を直す。
師匠はいつもの三角帽子に白いドレスを着ていて、三角帽子がなかったら女神様のよう。
「遅ぇぞ。なあペーチャ?」
「あははは…ごめんまた吐きそう…」
フィシェルさんはアリシアさんが言っていた通り、三角帽子に紺色のコートと紺色のブレザーで胸元には緑色のリボンが付いている。
ペーチャさんは紫色のドレスで足が人の姿をしている。
どうしよう。おしゃれとか気にしたことがないからドレスの種類がよくわからない。でもここはきっと褒めるところなはず。
「ペーチャさんお久しぶりです。よく似合ってますよ!」
「ありがとう…ナズナも可愛いよ」
「ありがとうございます」
「んでここどこなんだ?」
「ホテルの屋上よ。下に馬車が用意してあるって」
「んじゃさっそく降りようぜ」
「行くわよ。二人とも」
「はーい…」
「大丈夫ですか?」
「わかんない…」
ペーチャさんの背中をさすってあげようかと思ったけど腰どころかお尻にしか届きそうなくて、大人しく手を繋いで昇降機に乗って下までいき、用意されていた馬車に乗ると、すぐにフィシェルさんが三角帽子から小瓶を取り出してペーチャさんに渡す。
「飲んどけ。少し眠気が出るかもしんねーけど吐き気は治まる」
「ありがとうございます…」
ペーチャさんが小瓶を飲み干すと図ったように馬車が動き始め、十分もかからずに城まで着いて兵士に招待状の提示を求められて、自分とリネの招待状を馬車の扉を開けた兵士に渡す。
師匠とフィシェルさんも招待状を手渡すと、兵士は一度門の方へ戻っていき、すぐに戻ってくる。
「確認が取れました。どうぞ中へお進みください」
そう言って扉がしっかりと閉じられ馬車が城の中へ進み、城内への門の前で馬車が止まり、兵士が扉を開けて、一人ずつ手を取って馬車から降りていく。
フィシェルさんですら大人しく手を取っていたのでそういうマナーなのかもしれない。手を取らないと相手に失礼的な…。
私はそんなことは関係無しにありがたく手を取って高い段差を馴れないスカートでどうにか下る。
「お客様失礼します」
見かねた兵士の方が私を抱いて下ろしてくれたけど、流石にちょっと恥ずかしい。
「お見苦しいところを…助けていただいてありがとうございます…」
「お見苦しくなどございません。何か困り事があれば我々にお申し付けください」
「ありがとうございます」
にこっと微笑み、兵士の方が振り返ると、狼大のリネが颯爽と降りてくる。
「それでは庭園までご案内いたします」
別の兵士に連れられて会場となる庭園まで案内され、ウェルカムドリンクという奴なのか飲み物のグラスを手渡される。リネには流石になかったけど。
私は見るからにそわそわしているペーチャさんの手を握り締める。
「体調は大丈夫ですか?」
「うんフィシェルさんのおかげでね」
「さて喰いまくるか!」
「そうね。レイゼリアはまだみたいだし食べましょうか」
「好きなものを取っていいんですか?」
「そうよ」
花の匂いに包まれた庭園には白いクロスの敷かれたたくさんの丸いテーブルに色とりどり様々な料理やデザートが並んでいて、既に十数人の招待客が食事を楽しんでいる。飲み物はブブのジュースで美味しかった。
「ほら、あれ魚じゃね?」
フィシェルさんがそう言って背後のテーブルを親指で指す。そのテーブルには生魚の乗ったサラダらしき料理があり、徘徊しているウェイターが空のグラスを回収してくれる。
「本当ですね。ペーチャさん、食べてみましょう」
お刺身じゃないだろうけどきっと美味しいはずと思い、ペーチャさんの手を引いてテーブルに近づく。
白身魚と葉野菜のサラダのようだけど正直近づいたら高くてあまり見えない。
「取ってあげるね」
「ありがとうございます」
はっとなって少量ずつ一皿一皿に盛られた料理をテーブルのどこかにあったらしいフォークと一緒に私にくれる。
「お二人は?」
「ウチはデザートしか喰うつもりねーから大丈夫」
「ごめん生魚は苦手で」
「では…いただきます」
ねっとりとしていて甘く、たんぱくだけど濃い味の白身魚に少しピリッとする葉と酸っぱいドレッシングがよく合っている気がする。
「美味しいのに…」
「うん取れたてとは違うけど美味しい」
「エイリアには魚を生で食べる習慣が無くてね、違和感がすごいのよ」
そう言う師匠の横でいつの間にかデザートのお皿をたくさん周囲に浮かせたフィシェルさんが、ケーキを食べていた。
「うーん…なるほど」
「なるほどって何よ」
「うめーけど本職じゃないな多分」
「専属の菓子職人はいないから許してあげなさいよ」
「それは残念だ」
空のお皿をウェイターが回収してくれて、白髪のお髭のおじ様という感じの人が近づいてくる。
「ご歓談中のところ失礼します。少々お時間をいただいてもよろしいかな?」
「なんかよーかよ。てか誰にだよ」
「これは失礼。私は将軍補佐のニレク·リドリナードと申します」
なんかすごい人のようだけどフィシェルさんは怒られたりしないだろうか。
「皆様には魔物討伐と魔法薬をお礼のさせていただきたく、お声掛けを。実は怪我人の中には孫が居りまして、助けていただいて本当にありがとうございました」
深く頭を下げようとしたニレクさんの肩をフィシェルさんが叩き、呆気に取られたニレクさんがフィシェルさんを見つめて固まる。
「お礼はありがたく貰っておくけどよ。こっちも貰うもんたっぷり貰ってんだから言いっこ無しだぜ。上の奴がこんな場で頭を簡単に下げるもんじゃねー」
「そうね。陛下からその分も上乗せしてもらっていますから、ご安心を。感謝というならレイゼリア姫の力になってあげてください」
フィシェルさんと師匠の言葉に、ニレクさんが頭を上げて胸に手を当て敬礼で返す。
「お心遣いに感謝を。この恩義はレイゼリア様への忠義としてお返しさせていただきます」
「おう」
「よろしくお願いします」
私とペーチャさんにも会釈をしてニレクさんが離れていく。
そしてフィシェルさんがぽつりと呟く。この国の財源どうなってんだ…と。
私はその言葉に心の中で激しく同意せざるおえなかった。




