久しぶりの外
ついに包帯の外された両手をミミリさんが光を当てながら観察する。
私の目には透けて見えたりしてないけど、ミミリさんには骨が見えていたりするのだろうか。
「うん…ひびはもうないね。精霊だから治りが早いのかな。ちゃんと魔力も無駄に使わずに養生したおかげ、歪みもないしもう大丈夫だよ」
「ありがとうございます」
試しに両手を握って開く。ちゃんと動くし痛みもない。木刀で素振りでもして力を戻そう。
指の骨にひびが入ってから治るまで十日くらいかかっただろうか。こういうとき自分は人間じゃないと強く感じさせれる気がする。
「あの…」
「どうしたの?」
ずっと前屈みになっていたからか、ミミリさんが背中を大きく反らして伸びをする。
「魔力を抑える訓練はしても平気ですか?」
「大丈夫だよ。傷もひびも見えないから」
「あと、魔力を抑えて内側に溜め続けるとなんか…お腹に模様が浮き出るんです…何か知りませんか?」
「すぐに出る?」
「いえ…でもしばらくじっとしていたのでもしかしたら?」
「魔力の流れを見てあげるから試しにやってみて」
「わかりました」
身体中の魔力を端から中へと流していく。身体強化と逆に、指先から下腹部へ魔力を回していくと、徐々にお腹がぽかぽかして熱を帯びてくる。いまのところはうまく出来ている。一応訓練ではこれで手のひらと足の裏からの魔力の流出は抑えることが出来ていた。
ワンピースのような寝間着の裾を掴んでたくしあげてお腹を確認しようとするとミミリさんが私の手を掴んで止める。
「私には見えるから平気」
「見える…もう出てきてますか?」
「白い紋様がね。五本の白い直線が下腹部に、左右の二本の線が斜め横に折れ曲がってまた真っ直ぐ上に。し…木みたいね。誰かに教わったの?」
「魔力を抑える訓練はエリンさんとフィシェルさんとエリュさんに」
「そう…あなたの見た目が普通の女の子だからぱっと思いつかなかったのかもね。これは精霊紋っていう精霊や一部の魔族に出るものよ。ほら、私にも」
ミミリさんがそう言って自身の胸元を指差すと、胸に谷間の辺りに、放射状に伸びる光の輝きのような銀色の紋様が浮き出て消える。
「これは何でしょうか?」
「基本的には魔力の貯蓄。魔族によっては代々受け継がれた魔法だったりもするらしいけど、ナズナと私のは魔力の貯蓄だよ。もう既に魔力が沢山あるからすぐに浮き出てきただけね。この状態からさらに魔力を溜め続けると、この紋様が消えずに残ってそのままになる」
そう話しながらミミリさんがまた銀色の紋様を出す。
「と言っても刺青みたいにずっと残るわけじゃない。魔力をたくさん使うと消える」
ミミリさんの胸元の紋様がすーっと消えていく。
「じゃあ害とかはないんですか?」
「ふふふっないない!安心していいよ」
ミミリさんが笑いながら私の頭をぽんぽんする。精霊紋、まだ出会ったことがないけど精霊の自然霊にはよくあるものなんだろうか。瞬間、脳裏に燃えるような髪に褐色の肌の半裸の男のが浮かぶ。その両腕は炎の揺らぎのような紋様が刻まれていた。
「ナズナ?どうかした?」
はっとなってすぐにミミリさんに笑顔を向ける。
「大丈夫です。自然霊の方達はどんな姿なのかと…」
「それならいいんだけど。とりあえず、診察は終わったよー」
ミミリさんが扉に向かってそう叫ぶと、扉が開いてアリシアさんが顔を出す。
「もう大丈夫だよアリシア」
「よかったです。そして精霊紋ですか…魔力の高いエイリアにも無いものなので盲点だったのかもしれません」
「魔力の量より相性とか親和性なのかもね。まぁ詳しいことはガンドルヴァルガに聞いてよ」
「そういたします」
「それじゃ、私はお暇しますかね」
「あの…」
立ち上がったミミリさんを呼び止めてそのまま続ける。
「魔力を抑え続けたらどうなりますか?」
ミミリさんが前屈みになってなぜか私の顔を両手で挟んでむにむにと揉み始める。
「怖い顔しなくても平気だよ。いつも通り外に溢れて空気に融けていくから。ただ精霊紋が出た以上魔力を抑えて生活するのは大変だってことにはなってしまうかな」
「そうですか…わかりました。ありがとうございます」
「人の社会に疲れた時は声をかけてよ。いつでも歓迎するよ?」
「リネは狩りのお手伝い出来そうですけど、私は別にですよ?」
「そんなことはないと思うけどなー」
ミミリさんが不敵に笑いながら踵を返して私の部屋をあとにし、アリシアさんがミミリさんへと一礼するとひらひらと手を振って一人で帰っていってしまう。
いつものことだからもう誰も気にも止めていないけど。
「さて、ナズナさんは仕事着にお着替えください」
「わかりました」
何のお手伝いだろうかと考えながら寝間着からおさがりのメイド服に着替える。
はたしてスカートに慣れる日は来るのだろうか。
「着替え終わりました」
「では買い物に参りましょう。リネさん、乗せていってもらえますか」
「買い物?」
「はい。久しぶりに外に行きましょう」
そう言ったアリシアさんの連れられて、あれよあれよと大きなリネの背に乗って北にあるという街に飛んでいく。いつもその街で食料品以外の日用品を買っているそうだ。
「リネさんカシの木の辺りで降りてください」
アリシアさんの指示通りにリネが降りて、そこからは街道を悠々と歩いていき、アリシアさんの顔パスで街に入ったところで子犬大に縮んだリネを抱く。
「こちらです」
「はい」
アリシアさんの案内でお店に入ると、店主の女性が慌ててカウンターから身を乗り出してくる。
「あんたいつの間に子供が!?」
「私の子ではないですよ。ナズナさんに失礼ですから早く謝ってください」
「ええっごっごめん…」
「お二人はお知り合いですか?」
「十年以上の腐れ縁ですかね」
「そうだね。アリシアはうちの店の常連なのよ。今日も石鹸を買いにきたの?」
「はい。城の近くでは一番の品揃えですので。ナズナさんもお好きなものを選んでください」
「ありがとうございます」
雑貨屋なのか、様々な物が棚に陳列されているけど、日用品が多い気がする。
石鹸も色や形の違ういろいろな種類が並んでいて、どうやって選ぼう。
「リネは気に入った匂いとかある?」
リネが前足で指し示す方へ進んで石鹸を手に取る。
「それでよろしいんですか?」
アリシアさんがタオルや瓶などを抱えて後ろに立つ。
「リネがこれがいいって」
「そうですか。ナズナさんにはいつもの香りが似合っているみたいですよ」
アリシアさんが優しく微笑んで石鹸を受け取り、カウンターに持っていく。
「もしかしていつもと同じの?」
リネがアンっと元気に吠える。
「それでは次に参りましょうか」
「はい」
「また来てねー」
手を振ってくれる店主に手を振り返してお店を出て歩いていく。
でも何かがおかしい気がする。
「アリシアさん荷物は?」
「こうです」
アリシアさんが指先で円を描く。穴を開けたのだろうか。
「最近練習を始めまして、少しだけですけどね」
「すごいです!」
「主様に教わっていますからね」
誇らしげにアリシアさんが微笑む。
アリシアさんがそんな風に笑ったところを見るのは初めてなような気がして、私も嬉しくなって自然と笑顔になった。




