悪夢だといいな
気がつくと私は久しぶりに夢の中の花畑に立っていて、自分の長い黒髪がそよ風に揺れる。
「誰かいる?」
「いるよー」
ジュジュが後ろから歩いてきて私の方にくるっと振り返る。
「なんかここにくるの減ってきた気がする…気のせいかな?」
「気のせいじゃないと思う。でもそれがきっといいことだよ?夢じゃない本当のお友達が出来て、ここにくるのが減るのは…」
「どうしたの?急に…」
ジュジュが澄み切った青空を仰ぎながらそう言う。
「そんなこと…みんなだって本当の友達、ジュジュは私のお姉ちゃんでしょ?」
こっちを見てくれないジュジュに私はさらに語りかける。
「勇者の記憶のあまり見なくなったのはきっといいことなんだってわかるよ?私は私だからなんだって、もうちゃんとわかってるつもり…」
ジュジュの背に近づこうと手を伸ばすけど、空を切るばかりで足が動かずジュジュに近づけない。
「ジュジュ…私はジュジュがいないと、ううん、ウィン、トーゴ、カリナ、ジュジュ、そしてユウキ。みんながいないと私は!」
胸が苦しい…怖い。どんどんジュジュの背中が離れて遠くなっていく。
「待って!行かないで!ジュジュ!」
胸が張り裂けそうになって目が覚めると私は天井に両手を伸ばしていて、リネが私の上に乗っかって私の顔をぺろぺろ舐めていた。
私は伸ばしていてた両手で子犬大のリネをそのままぎゅっと抱き締める。
あれは怖い夢?それともほんとにジュジュが?確かめるのが少し怖い。
ヘゼルさんとグーデルさんの家から賢者の城に帰って来てからもう二日も経つけどなんなんだろう。寂しいのかな。
それとも昨日飲んだ薬の副作用?
「ありがとうリネ。もう落ち着いたよ」
リネを抱いたまま起き上がり、足を下ろして一息つく。
「おはよう。私今日は寝汗がひどくない?」
リネにそう話しかけると、リネが私の匂いを嗅いで首を傾げる。臭くはないみたいだ。
こんこんと扉を叩く音が聞こえて、アリシアさんの声が聞こえる。
「おはようございます。起きていらっしゃいますか?」
「はい!今起きたところです」
返事が届いて扉が開き、アリシアさんが包帯やパンやコップを宙に浮かせながら部屋に入り、机の上に物を並べていく。
「顔色が優れないです。体調は平気ですか?」
アリシアさんが振り返って私の目の前にしゃがんで私のおでこに触れたり、頬に触れたりする。
「怖い夢を見て…薬にそういう効果ってありますか?」
「鎮痛効果のある薬草にはそういった幻覚作用を起こすものもあります。ですからあまり気にせずにいてください。不安がまた怖い夢を見せるかもしれません」
「わかりました…」
袖無しワンピースのような寝間着を脱がされて濡れたタオルでアリシアさんが私の身体を拭いてくれる。
両手にはまだ指が曲がらないように包帯が巻かれていて、一人ではうまく着替えられない。そこで上から被るだけで済む寝間着を着て過ごしている。
新しい寝間着を着せた次は包帯を替えてくれて、指が曲げられないように巻かれる。
「出来ました」
「ありがとうございます」
「いいえ、さあ朝食をどうぞ」
「いただきます」
膝の上にトレーを乗せて渡されたサンドイッチを手のひらで挟んで食べてトレーを置いて、トレーの上のミルクを飲んでと今日も美味しく食べ終えて、薬を一気飲みして残しておいたミルクで口直しをする。
リネもご飯に元気に食らいついている。
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末様でした」
アリシアさんが空の食器とトレーをふわりと浮かせる。
「それでは今日も安静にしていてくださいね」
「はい」
アリシアさんが部屋を出ていき、静かに扉が閉まる。
別にずっと部屋にいるように言われているわけじゃないけど、指が曲げられないだけでこんなに不便だとは思っていなかった。
リネとも遊んであげられないし、お風呂も入れないとは。
とりあえず食後の運動にとスクワットを二十回しておき、盾を出してそっと触れておでこをくっつける。
ひんやりして気持ちいい。
大丈夫、私は一人じゃない。
「ナズナさんお客様です」
扉の向こうからアリシアさんの声が聞こえると、リネが気を利かせて狼大に身体を大きくして扉を開けてくれ、私は盾を閉まってアリシアさんに声をかける。
「私にお客様?」
「荷物の配達を任されたという方が門でお待ちです」
「今行きまぁ…ケープ着た方が」
「子供らしくて可愛いですからそのままで平気ですよ」
「スカートはなんでこんなに落ち着かないんでしょうね…」
「知ってるんですからね?よくシャツとパンツのまま寝ていること」
「うっ慣れるようにします…」
「そうですね。さあお待たせしていますから参りましょう」
「はい」
アリシアさんとリネと門まで歩いていき、アリシアさんが門を開いてくれて外に出ると、すごく緊張してそうにガチガチで目がバキバキの緑色の三角帽子にブラウスと緑色のスカートを履いた薄茶色の髪と瞳の学生風の女性が立っていた。見た目のままの年齢ならレイゼリアさんと同じくらいだろうか。背中には四角い鞄を背負っていて学生感を強めている。
「お待たせしました。こちらがナズナさんです」
「初めましてナズナです」
「あっ…初めまして、私はフニル魔法学校三年のナナイ·ラクラです!課外学習の一環として荷運びの依頼を受けてナズナさんに荷物を届けに参りました!」
そう言って頭を下げたかと思ったら、慌てて鞄を下ろして中から鞄よりも大きな木箱を取り出して、ふわふわと宙に浮かせて、紙とペンを握って膝を曲げずにかちこちと私の前に歩いてくる。
木箱は馬一頭分は余裕で入りそうなほど大きい。
「こちら、確認とサインをお願いします!」
ナナイさんが私の包帯ぐるぐるな手を見て固まった気がすると、アリシアさんが代わりに受け取ってくれる。
「カムムさんとダクムさんからお肉が届いたみたいですよ。最高の鮮度を保つために魔法ギルドの方に依頼をしたそうです。ナズナさんの代わりに代筆で構わないですか?」
「あっはい!」
アリシアさんがすらすらと書き込んで紙とペンを返すと、ナナイさんが鞄に大事そうにしまい込む。
「あの!失礼ですがナズナさんも賢者の杖なんですか!」
突然立ち上がってナナイさんが叫ぶ。
「ここに住んでいるだけで魔法使いじゃないですから、そんなに緊張しないでください」
「そそそそうでしたか!失礼しました!そういうことでしたら、あっあの中までお運びしましょうか?」
「とても大きいのでお願いしてもよろしいでしょうか?」
「はい!」
「ありがとうございます。普段荷物は食糧庫に近い中庭に下ろしていただいてまして」
「そうだったんですね」
ナナイさんは両手両足をかちこちとおもちゃの兵隊のように歩きながらも、どこにも木箱をぶつけるようなこともなく、丁寧にしっかりと運んでくれる。
「こちらでよろしいでしょうか?」
「はい。ありがとうございます」
「では私はこれで…」
「あの」
「ひゃいっ!?何でしょうか!」
後ろからナナイさんに話しかけたら飛び上がってしまったけど、とりあえず続きを話す。
「カムムさんとダクムさんに連絡したりしますか?」
「はい…無事に届けたことを報告しないといけないので…」
「お二人が今はどちらにいらっしゃるのか教えていただくことはできますか?お礼を言いたくて…」
「学校のあるフニルにいらっしゃるはずです」
「ありがとうございます」
「では外までお見送りを」
「ご丁寧にどうも…」
門までナナイさんを見送り、鞄から箒を出して飛び去っていくナナイさんを見つめる。
「フニルってどこにあるんですか?」
「ずっと西の海に面した国で、学校は孤島にあるそうですよ」
「そんな遠いところから…。いつか見てみたいねリネ」
わふっと吠えてお腹をぐりぐりするリネの頭を手のひらで撫でながらナナイさんが木々に隠れるまで眺めた。




