ついに少し見えたけど
木の板で出来た壁に触れる。
おかしい。ここに扉があったはずなのに。
「なるほど…結界ね」
「そうだよー」
なんだか師匠とグーデルさんだけ通じ合っている。
グーデルさんが壁に触れると、壁に波紋のようなものが広がってゆらゆらと壁が揺れて消えていき、扉が現れる。
「ペーチャ、リネ、二人とも無事?」
グーデルさんが扉を開いた瞬間、中からペーチャさんが飛び出してきてグーデルさんに抱きつき、その後ろからリネが飛び出してきて私の胸に飛び込んできてなんとか受け止める。
「遅いよ二人ともぉ…急にドンパチ聞こえてくるし」
「ごめんねーペーチャ、でももう追い返したから」
「うん…そうだナズナ、ありがとう」
ペーチャさんがゆっくりとグーデルさんから離れて私が貸した短刀を返してくれるけど、私は指を曲げようとした瞬間にズキンと痛んで掴み損なって落としてしまう。
「ナズナ?大丈夫?」
「ごめんなさい…」
「ちょっと見せなさい」
リネが短刀を拾ってくれて、師匠が私の手袋を外すと腫れて膨らんだ両手が露になった。
「なにこれ…」
「これは…ほんとにひびで済んでいるのかちゃんと診ないといけないわね」
「医務室に案内するよーペーチャは卵を揺らさないように持ってきて」
「わかった」
「ナズナちゃんとエリュはこっち」
グーデルさんの案内で階段を上がって一階にある部屋に通されて、促されてベッドに腰掛ける。
「もう一回よく見せて」
「はい」
師匠とグーデルさんが私の手をそれぞれ取って優しく触れながら、小さな小槌で叩かれたり、指を曲げられたりする。
「折れてはーないみたい」
「そうね…机借りるわよ」
「もちろんだよーナズナちゃんはとりあえずこれ飲んどこっか」
師匠が壁際に置かれた机で作業を始め、グーデルさんが三角帽子から霜のついた小瓶を取り出し、木のコップに白い液体を注ぎ入れて差し出してきて、私はそれを手のひらで挟んで受け取り、覚悟を決めて一気に流し込んでみると、薬じゃなくて多分アリシアさんのミルクだ。
空になったコップをペーチャさんがグーデルさんに渡してくれて、ひびが入った卵を抱えたまま私の隣に座って不安そうに私の顔を見つめる。
「何があったの?」
「ズニカ…卵を寄越せと悪い人が現れて、刀で杖を斬ったんですけど捕まってしまって…とても強かったです。不意を突けたから杖を斬れたけど、正面から戦っていたら多分この程度ではすまなかったです…」
「そう…カイラルだとかいうやつもすごい魔法使いなんだね…」
「私が弱いだけな気もしますけど」
「何度も言ってるけど私達はそもそも別に戦闘集団じゃないのに喧嘩を売ってくる奴が多すぎるのよ」
「ほんとだよねー困っちゃうよ」
師匠とグーデルさんがベッドの方に振り返り、師匠がドブのようなものが入ったガラスのボウルを持ってくる。
「気を引き締めて飲みなさい」
「はい…」
両手のひらでボウルを挟んで受け取り、一気に薬を流し込む。
渋い。すごく渋くて息を止めて耐えながらなんとか飲みきる。
「うわぁ…ナズナえらいね…」
「魔法薬が効かないから味は諦めてもらうしかないのよ」
「なるほど…見てナズナ!」
ペーチャさんが抱く卵の殻が捲れ落ち、口元らしき部分が見える。
灰色のように見えたけど、何色の竜なんだろう。
「もうすぐだねー」
「そうみたいね。見届けたいけど私は戻らないと」
「師匠帰っちゃうんですか?」
師匠が私の頭をぐりぐりと撫で回す。
「そんな顔しないの。レイゼリアから近々食事会にナズナと呼ぶから予定を空けといてって連絡があったのよ」
「私が金色の紐を受け取ったから王子様に事情を説明しようと思うって言ってました」
「確かにナズナの露出は増えるか…既に裏で噂になってるとかもあいつ言ってたわね…そういうことならなおさらさっさと仕事を片付けないと」
師匠が私の頭を撫でる手を止めて、ペーチャさんを見る。
「ペーチャもくる?」
「私も!?お城の晩餐会に!?」
「そんなかたっくるしいものじゃなくて、功労者達を集めて庭園で会食するそうよ。フィシェルも魔物討伐の功労者として呼ぶんだって。ペーチャ一人くらいなら増えても平気よ。友達なんでしょ?」
ペーチャさんが困り顔でグーデルさんの方を見るとグーデルさんがにこっと笑う。
「いいよー可愛いドレスを用意しなきゃね」
え?ドレス?と不安が沸いて私も師匠を見る。
「ナズナはクローゼットに仕舞いっぱなしの青いドレスがあるでしょ?」
青いドレス?エリンさんを助けた後に、レイゼリアさんの部屋で目覚めた時に貰った青いワンピースってドレスだったんだ…。
「あれはワンピースかと…」
「ワンピースドレスよ。着てあげないとレイゼリアがかわいそうよ」
「はい…」
スカートか…落ち着かないんだよなぁ…。
「露骨に嫌そうな顔だねー」
「あっいやっスカートはなんだか落ち着かなくて…」
「そうかなーきっと似合うのに。ペーチャも似合うドレスがきっとあるよ」
「この足で人前に出るの?」
さっきまで嬉しそうに見えたペーチャさんが俯いて青ざめた顔に変わる。
「ペーチャはどうしたい?まだ人族は怖い?」
グーデルさんがペーチャさんの目の前にしゃがんでペーチャさんに優しく語りかける。
「もし気になるなら変身薬を用意してあげるし、無理に食事会に出なくてもきっとレイゼリアちゃんに会える時間はエリュなら用意出来るよね?」
「もちろん余裕よ。王様とも専属侍女とも腐れ縁だからなんとでもなるわ。レイゼリアを連れてきた時がそうだったでしょ?」
「うん…」
「食事会の日程が決まったら連絡するからそれまでに考えてくれたらいい。ナズナ、最低でも腫れが引くまでは指を曲げないように、それとごめんグーデル、ナズナの首に薬を塗ってあげて。じゃあ本当に戻るわ」
「はい師匠…また」
「次会うまでに突撃癖を治しておくように」
「わかりました」
師匠が、ふっと姿を消してしまい、リネが慰めるように子犬姿になって膝の上に乗って来てくれて、手のひらでそっとリネの背を撫でる。
「ナズナちゃん、アルセルはーどんなところ?」
グーデルさんが私の首に薬を塗りながらそう言う。
「私も詳しいわけではないですけど、平和でいいところです。ヨウル大陸の中央にあるから海はないみたいで、魔族の方は見たことがないので、ペーチャさんの足は珍しいかもしれません…」
「そっかそっかー」
「あとお菓子が美味しいです」
「だってーペーチャ、食事会は怖くてもレイゼリアちゃんに会いたくないわけじゃないよね?」
「レイゼリアにはまた会いたい…」
「じゃあ行ってみようよ?ね?」
「うん…」
「ペーチャさんにひどいことをいう人がいたら、私とレイゼリアさんが許しません!」
「ふふふ、ありがとうナズナ」
「さてさてー私はちょっと見回りしてくるよ。一応三人でここで待ってて」
「わかりました」
「いってらっしゃい」
慰めになるかわからないけど、ペーチャにぴったりくっついて寄りかかり、殻が落ち始めた卵を見つめる。
「なんか自分がドレスを着たのを想像したら急に怖くなっちゃって、たくさんの人に見られるかもって…いろいろ思い出して…」
「私はペンギンみたいで可愛いと思います」
「ペンギン?」
「私の持ち主だった人の記憶にあるんです。ペーチャさんに似た黒と白で水中を空を飛ぶみたいに泳ぐ可愛い鳥です」
「そんなのがいるんだぁ…」
そうして友達同士らしく二人で卵を見つめながら、とりとめのない会話をグーデルさんが戻るまで続けた。
ペーチャさんを元気に出来たかはわからないけど、少しでも気が紛れてたらいいなぁ。




