私弱い
師匠と一緒に屋敷に戻ると、どうしたらいいかもわからなかった屋敷を囲い込む虫の大群が師匠の杖の一振りで動きを止めて、一瞬で凍りつく。
魔力の制限って想像よりもきついものだったんだろうか。
「死んだんですか?」
「死んだわ。餌とかに出来るように焼き殺したり、消滅させるのはやめといた。ヘゼルとグーデルに何言われるかわからないからね。ククララカカト」
師匠が屋敷に杖を向けて何か唱えると炎の輪が表れる。
「早く中に、長くはもたないわよ」
「わかりました」
結界に穴を開けてくれたのだと思い、炎に触れないように飛び込んで輪を潜り、地面に前転で受け身をして勢いのまま立ち上がる。
「早く二人にもう大丈夫だって伝えないと」
「そうね。ん?二人?」
「リネとペーチャさんが卵のところに」
「ペーチャもいたのね」
「はい。ペーチャさんもきっと驚きますね。ヘゼルとグーデルは?って」
「ありえるわね」
屋敷に入ってすぐに階段を降りていき、二人がいるはずの卵のある作業部屋を目指す。
すると階段を降りた廊下の先に誰かが立っている。
天井の魔晶灯の光では顔までは見えないけど、頭には金色の紐のついた黒い三角帽子を被っているのがわかる。
「グーデルさん?戻ってきてたんですか?」
「ちょうど今ねー」
私の頭の上を光が高速で過ぎていったかと思ったら、グーデルさんらしき人が真っ黒な杖を出して光に向かって赤い塊を放ち、光と赤い塊がぶつかりあって廊下が煙に埋め尽くされる。
「残念だけど賢者の杖はお互いにわかるのよ。大人しく正体を見せなさい」
師匠がそう言うや否や、矢継ぎ早に次から次へと魔法を放ち、煙に無数の穴が開くのと同時に煙の中から赤い塊がお返しとばかりにいくつも飛び出してきて、四つの鉄塊ですべて防ぎながら煙が残っているうちに青いケープのフードを被って全身に魔力を回し、低い姿勢で廊下を駆け抜ける。
そして煙の先で真っ黒な杖を左手に構える黒紅色のローブに向かって居合いの様に刀を斬り上げると、相手が右の手のひらを私に向ける。
何か風のようなものを感じたけど迷わずにそのまま斬り上げて杖を真っ二つに両断すると、ローブが慌てて後ろに転びそうになりながら飛び退いて、杖を投げ棄ててフードを脱ぐ。
「卵は渡しません!」
銀色の髪に褐色肌の端整な顔つきを歪めて怒りを感じさせるズニカが私を睨み、両手を動かそうとした瞬間に迷わず刀で突く。
手応えが無いと気がついた時には既に遅く、素早い動きでローブの裾が刀に巻きつけられて押さえ込まれ、刀を一度消して上段から握り直した刀を振り下ろす。
「あなたのことも把握してますよ」
振りかぶった両手を刀の柄ごと右手で押さえつけられ刀を振り下ろせずに捕まってしまい、鉄塊達を叩きつけようとズニカの頭上に出し直すと同時にズニカの左手に光る物が見えた。
「小休止です」
短剣の切っ先が喉元に触れ、ちくりと痛む。
「私の弟子を返しなさい」
師匠の声が聞こえるけど振り返るどころか、指が折れるんじゃないかというくらい痛い。
「刺し違える覚悟は出来ています。賢者の杖の従者には危ない刀を振り回す子がいるという噂が裏で流れていました。あなただったんですね?ナズナちゃん?」
じろりとズニカの視線が私の方に向き、すぐに正面に戻る。
「私は詳しいことはわかってないんだけど、何しにここにきたわけ?」
「ここに欲しいものがあるんですよ。あなたもご存知の竜の卵です」
「あれか…」
「可愛い弟子のためです。お譲りいただけますか?」
「残念だけど私は場所を知らない」
「薄情な師匠ですね」
力がさらに強くなり、骨が軋み激しい痛みが手首から先を包み込む。
声を押し殺し、身動ぎそうになるのも必死に耐える。
「ここはイー大陸の八割以上の国と地域が不可侵と定めた保護区よ。仮にあなたが目的を…」
指に感じたことのない痛みが走り、無意識に食い縛った唇が切れて血の味がする。
「ナズナ!」
「まだ骨にひびが入っただけですよ。声もあげずに健気ですね。薄情なあなたにはもったいない」
「黙れ…師匠は薄情なんかじゃい」
我慢出来ずに口を開くと、じろりとズニカの視線がこちらに向く。
「あら可愛らしい」
「あなたもせっかく綺麗なのにどうして心はそうじゃないんですか」
「人には優しいですよ。今もあなたを殺さずにいるし、指を折らずにいてあげてる」
「じゃあ竜の卵も諦めてください…私はただのびのびと自然の中で育ってほしいだけなんです」
「十分に検査をしたらそうしてあげましょう」
「あの竜は苦しんでました…信用できません…」
手袋の中の指が赤く腫れ上がってじんじんと痛み出すのを感じる。
「辛そうですね。声が震えて、涙まで浮かべて」
「辛くないとは言えません…油断したつもりはないですが…あなたは強かったです…」
「私の種族は代々戦士を輩出していますので近接戦闘にも身体強化にも精通しています」
「お願い…そろそろ、離してあげてくれないかしら…その子は子供なの…カイラルが本当に人々のために研究してるなら、どうか…」
「グーデルさんがくるまでは諦めてください」
「じゃあもういるからいいよねー」
グーデルさんの声が聞こえた瞬間に突き立てられた短剣が砂になって崩れ落ち、私は刀を消して空間を作って両手を逃がして拘束を逃れて、瞬時に鉄塊を振り下ろす。
ズニカが涼しい顔でそれを避けた先に光の蛇が無数に襲いかかり、ズニカの身体がボキボキと悲鳴を上げると天井から降ってきたグーデルさんが雁字搦めのズニカをそのまま踏みつけ、ズニカの顔の前に紙を突きつける。
「二度と来ないって誓えるならー…命は助けるよ」
「……時間をかけすぎたみたいですね。負けを認めましょう」
「あなた以外も来ないってちゃんと誓える?」
「ギルドの決まりは守りましょう」
「じゃあもう来んなよ?」
グーデルさんがそう冷たく吐き捨てると、ズニカが消えてグーデルさんが床に落ちる。
そして頭を叩かれて肩を竦めるとぎゅっと後ろから抱き締められる。
「ごめんなさい…勝手に飛び出して…」
「ほんとよ…殺気はなかったけど、両手を潰されていてもおかしくなかった」
「はい…」
「エリュ、気持ちはわかるけど今はペーチャとリネの無事を確かめないと」
「そうね…」
師匠がそっと離れて背中が寂しく感じるけど、二人もきっと待ってるから私もいったん気持ちを切り替えないと。




