リネと初めての二人きり
ナズナに持たされた短刀をぎゅっと握り締めながら扉を急いで開いてすぐに閉め、階段を駆け降りて竜の卵のある作業部屋の内の一つに扉を開けて駆け込むと、一瞬怖い顔をしたリネの顔がすぐに元に戻ってくぅーんと鳴く。
「ナズナじゃなくてごめんね。起きてたってことは、外で何か起きてるのは気づいてる?」
リネが首を縦に振ってくれて、お利口さんで助かる。
「屋敷を虫の大群が囲っていて、異常に反応したヘゼルの結界が発動してる。それでナズナは入ってこれないんだ」
リネはじっと私を見ておすわりして私の声に耳を傾ける。
「ナズナは今、賢者の杖を呼びに行ってるから、きっとすぐに虫をどうにかして戻ってきてくれるはずだよ」
わふっと吠えたリネの頭を撫でてあげ、念のために扉に鍵をかけて、扉に埋め込まれた魔石に触れる。
すると扉が赤い光に包まれる。
「初めて使うけど、これも結界なんだ。これでこの部屋に虫は入ってこれないよ」
あんなことここに来てから初めてだけど、何が起きているんだろう。
やっぱり竜の卵を狙って?なんか変な人が来たってグーデルもナズナも言ってた。
「リネ…いざという時は卵を持って逃げようね」
静けさが私の恐怖心を煽り、ついつい口数が増えてしまう。
流石に地下までは虫の羽音は聞こえないようだけど、ヘゼルとグーデルはそろそろナズナからの連絡に気づいてくれただろうか。
「リネ、何か音でわかったり…」
卵と扉の間を陣取るリネが姿勢を低くして毛を逆立て、じっと扉を睨んだまま動かなくなる。
私は足音を立てないように静かにゆっくりと卵を守るようにリネの後ろに立ち、ナズナが貸してくれた短刀を抜いてそっと構え、小さく囁くようにリネに語りかける。
「敵?」
リネがじっと動かないまま、尻尾でくるりと円を描く。
これはいったいどういう…。
「知らない人?」
リネが尻尾を縦に振る。これはきっとそうだという意味だろう。
「知らない人でも、賢者の杖の人ならナズナと一緒のはず…もしも扉を破られたら、手加減はいらないから」
リネが尻尾を縦に振り、微かに足音が私にも聞こえて、また聞こえなくなる。
まさか階段を降りてきた?
「リネー、ペーチャさーん」
名前を呼ぶ声が聞こえる。
子供らしく可愛らしいナズナの声だ。
しかし、リネはぴくりとも動かずに臨戦姿勢を崩さず、固まったままだ。
ナズナの声真似をする誰かがすぐそこまで迫っていて、しかもそいつは私とリネの名前まで知っている。
「っ!」
心臓がバクバクとし出したところに背後からコツっと音がして心臓が飛び出しそうになり、ぐっと声が出そうになるのに耐えきり、物音を立てぬようにゆっくりと振り返ると、コツ、コツ、と卵が内側から叩かれ始める。
「リネー、ペーチャさーん」
声がさらに近づいて、微かに足音も聞こえ始める。
もしも赤く光って見える扉が外側からも同じように光って見えるなら、廊下を進んでくる侵入者にはもう私達の居場所がバレているかもしれない。
「リネー、ペーチャさーん、ナズナです。どちらにいらっしゃいますかー」
はっきりと声が聞こえて、気がつけば息を止めてじっと扉を見つめて耳をすませる。
足音を近づいてゆっくりと近づいてきて、きぃっと蝶番がなって、間を少しおいてからカチャンと扉の閉まる音がして、足音が扉の前に近づいてくる。
小さな少しだけ高音の軽い足音は、確かに子供が歩くような足音で、リネがいなければすぐにナズナだと思って扉を開けていることだろう。
そして足音が扉の前に来て短刀の切っ先を扉に向けると、足音は立ち止まることなくそのままゆっくりと扉の前を過ぎていく。
まさか外側からは見えなくなっている?
足音が完全に遠ざかったところで一息吐いて大きく息を吸い込み、呼吸を整えるけど、侵入者はきっと折り返してまた前を確実に通ることになるからまだ油断は出来ない。
「リネー、ペーチャさーん、出てきてくださーい」
本物のナズナはどこ…まさか賢者の杖が来ない?それとも他にも侵入者がいて戦っていたりするんだろうか…。
ナズナも無事でいてほしいけど、既に屋敷へ侵入されてしまっているこっちも状況はかなりまずい。
結界の中に入って来ていて、ナズナの声に足音、侵入者も魔法使いの可能性が高い。
きっと魔法で変身してるんだ。そして魔法使いならいつ結界に気がついてもおかしくない。
棚の上にある太陽と月の置物を見ると、今は太陽の位置的に午後三時四時くらいで、そろそろ夕方だ。
グーデルがきっと帰ってきてくれる。
「リネ、そろそろグーデルが帰って来てくれる時間だよ…ナズナもきっと一人で頑張ってる。迎えがくるまで一緒に頑張ろう…」
リネが尻尾を縦に振ってくれる。
大丈夫、きっとリネと二人ならなんとかなる。
歌うのは最後の手段だ。リネと卵にどんな影響があるかわからないから極力歌うのは避けないと。
それに効果が出るまでは時間がかかっちゃうし、歌なんて歌ったらすぐにここがバレちゃう。
「おーい、誰かいませんかー」
そろそろ折り返してくる。私は短刀にまたぎゅっと力を込めて扉に向けて、息を殺してじっと構えた。




