お留守番の時に限って
ズニカの突然の訪問から早数日、ヘゼルさんが戻ってくるまでの間、私とリネはグーデルさんに頼まれた空の巡回の最中だ。
しかしグーデルさんからの説明通り、飛竜達の出入りがあるだけで上空を通り過ぎるような生き物は今日もいない。
食物連鎖の頂点に位置する竜の根城にわざわざ近づく生き物はほとんどいないのだろう。
蓋がされていないというだけである程度の高さまで結界があるというのも理由の一つだろうけど。
「そろそろ一旦戻ろうか」
リネがわふっと答えて屋敷の方に飛んでいく。
すると屋敷から丁度グーデルさんが出てきて、私とリネに手を振ってくれる。
「どこかに行かれるんですか?」
ふわりと着地したリネの背から降りて、グーデルさんの顔を見る。
「師匠の確認が終わったから抗議文を届けにちょっと魔法ギルドの本部に行ってくるよ。テーブルにお昼ご飯を置いておいたから食べてねー。夕方には戻ってくるから留守番よろしく」
「いいですけど…卵は大丈夫ですか?」
「わからない。わざわざ正式に取り戻しに来たくらいだし、やっぱり魔物から何かの影響を受けているかもしれない。でも渡さないよーナズナちゃんもでしょ?」
「はい。渡しません」
「もしもの時は金色の紐に魔力を込めてー誰かがきっと助けに来てくれるよ」
グーデルさんがしゃがんで私の左手を取って手首に巻かれた金色の紐を撫でる。
「私は偉い人に会ってくるから気がついてもすぐには無理かもしれないけど、ヘゼルがきっとすぐに駆けつけるから」
「わかりました」
「リネ、みんなのことよろしくね」
グーデルさんが三角帽子を被り直して立ち上がり、空間に穴を開ける。
「グーデルさんいってらっしゃい」
「うんいってくるよ」
穴の中に消えるグーデルさんを見送り、とりあえず屋敷に戻って昼食を食べることにしてテーブルに座る。
今日もレバーやモツの串焼きとお米とサラダだ。
独特な臭みにまだ慣れないけど、甘辛いたれと炭火の香りのおかげでなんとか美味しく食べれている。
リネはギルムーの肉をぺろりと平らげて大きくあくびをする。
テーブルには昼食の他にやってほしいことが書かれた紙が置いてあり、林の巡回とルドガーの様子の確認と書いている。
「リネ、このあとはとりあえず森の巡回に行こうか」
わふっと返事するリネに少し待っててもらい、綺麗にご飯を食べ終えてごちそうさまを言って、空の食器を厨房の水桶に浸けておき、リネと一緒に外に出て草原抜けて林の中に入る。
ほとんど野生と変わらない森の小動物達の姿はなかなか見つけられないけど、ルドラゴールはすぐに向こうから寄ってきてくれる。
「こんにちは」
私が林に入るといつも同じ子が必ず会いに来てくれて嬉しいけど、初対面からこうだからなんでこんなに好かれているのか未だによくわからない。
いつものように優しく頬や脇腹を撫でてあげるとグボーっと鳴いて甘えるように鼻先を私の全身に擦りつけてくる。
しばらく相手をしてあげるとグボーグボーと仲間が呼ぶ声がして、名残惜しそうに振り返りながら群れに戻って行くというのがいつもの流れで、ルドラゴール達と別れて林の奥へと歩いていく。
途中、木に大きな銀色の作り物みたいなカブトムシがいたり、白い骨みたいなクワガタムシを見つけたりしつつ、それ以外は特に変わった様子はなく林の中をぐるっと一周する。
「このまま山に行こうか」
わふっと吠えるまだまだ元気そうなリネと一緒に林の先の岩山を登っていく。
今日は珍しく飛竜達が岩山にいるようで、ゴァーゴァーとそこかしこで首をもたげて鳴き声をあげながら私とリネのことを警戒するように一定の距離を保って観察したり追いかけたりしている。
私達は好きなようにさせてあげて気にしないように岩山の頂上まで進んで、ルドガーの目蓋の閉じられた大きな瞳を見上げる。
「こんにちはルドガー。ナズナです、聞こえますか?」
ゆっくりと目蓋を持ち上げて黄色い鷲のような瞳が動いて私を見つけ、少しだけ口が開く。
「ナズナとリネか…何かあったかい?」
「グーデルさんに様子を見に行くように頼まれたんです。体調は大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。見ての通りいつもと変わらない」
「お元気ならよかったです。数日前に侵入者がいまして、岩山や林の様子は変わりないですか?」
「うーん…」
ルドガーが口を閉じてゆっくりとまばたきをしてからまた少しだけ口を開く。
「最近虫が増えた気がする。ほら、そこにも」
パンっと音がして小石が弾けたかと思ったら、何か甲虫らしき虫が飛び去っていく。
「暖かくなってきたからか、また二人が保護をしたのか、わからないがそれくらいだよ…」
さっきも変な虫がいたし私達がくる前に珍しい虫を保護したんだろうか。
「すまない…そろそろ…」
「お話ししてくれてありがとうルドガー。おやすみ」
目蓋が固く閉じられてルドガーが動かなくなってしまう。
「リネ、せっかくだしみんなと遊んできてもいいよ?」
リネが少し悩んで首を横に振り、私に身体を擦りつけてくる。
「じゃあ一緒に戻ろうか」
私がそう言うと私の前でリネが伏せる。
乗せてくれるみたいだ。
「ありがとう。じゃあお願いするね」
リネの背に股がると翼を広げてふわりを浮かび上がって屋敷の方に飛んでいく。
やっぱり盾と違って、座り心地は比べるまでもなく安心感というかなんというか、うまく言葉に出来ない。
「やっぱりリネの上が落ち着くね…」
うれしくなったのかリネがアオーーーンと遠吠えをしながら飛んでいき、屋敷回りをぐるっと一周して入口の前にふわっと着地する。
「ありがとうリネ」
リネから降りて顔をわしゃわしゃしてあげてから一緒に屋敷に戻る。
「卵のところに先に行っててくれる?私も食器を洗ったら行くから」
わふっと答えたリネと別れて、厨房で水に浸しておいた食器達を手早く洗って乾いた布の上に広げて並べておき、卵のある地下室に向かう。
「おまたせリネ、卵はどう?」
部屋に入るとリネがそわそわした様子で卵の前を右往左往していて、ちょっと可愛い。
「どうしたのリネ?」
そして私の目にリネが慌てる原因がすぐに入り込んでくる。
ひびが…ひびが入っている。
まだ二センチくらいの小さなものだけど、確かにひびが入っっていた。




