また怪しいローブ
「この下にマーマン達の家があるよ」
ペーチャさんが笑顔で教えてくれるけど、湖は結構深いようで湖面からは何もわからない。
「どんなお家なんですか?」
「底に小さなお家を建てて住んでるよ」
「不思議ですね…」
「そう?私も水の中のお家に住んでるんだよ?残念ながら魔法を使ってるからナズナちゃんは入れてあげられないけど…」
「それは残念です…」
魔力を抑える特訓また頑張らないと。
「マリアンヌ?」
ペーチャさんが見つめる先の湖面が盛り上がり、大きな首の長い蜥蜴のような顔が飛び出して、波が立って転びそうになるのを耐える。
「侵入者が来たって言ってる」
「結界の無い空から!?」
慌てて空を見上げると、黒い大きな翼のような影が見える。
「鳥?飛竜?」
「飛竜みたいだけど…でもあんな黒いのここには住んでない」
ペーチャさんが眩しそうに目を細めながら空を見つめる。
私は盾を横に出して側面に股がり、ふわりと浮かぶ。
「ちょっと見てきます。ペーチャさんはグーデルさんに報告お願いします。部屋にいるからって言っていました!」
角にしっかり手をついて急上昇して黒い影に向かって飛んでいく。
「ちょっと!ナズナぁ!」
ペーチャさんの声が遠くなっていくけど、振り返らずに一直線に飛ぶ。
真っ黒い飛竜はその場でじっと羽ばたくばかりで動く気配どころかこっちを向くこともなくて、何か様子がおかしい。
誰かが上に乗って操っているのではと思い、下から背後に回り込んでみると、飛竜の背で仁王立ちして紙を広げる黒紅色のローブの姿があった。
「ここで何をしているんですか?」
陽の光に当たったところが怪しく赤黒くなった黒紅色のローブに、自然と魔力を全身に回して私の身体が臨戦状態になる。
「ちょっと迷子でね。パースの辺境にある魔国間特別協定動物保護区というのはこちらですか?」
そんな難しい説明されたことがないけど多分ここのことなんだろう。
でもここのはヘゼルさんとグーデルさんの土地だというし、別の場所?
「賢者の杖が管理してる土地のことですか?」
「ええ、あなたの左手首のそれのような物をしたね」
ここのことだ。それとずっと地図のような物を見ながらどうやって私のことを見て…。
「そこまで知っているならカイラルの方が何の用ですか」
「話をしに来たんですよ」
「話なら賢者様にしたらいいじゃないですか」
「生き物に用があるんでね。こちらの動物のことは管理者に聞かないと意味がないのでね。賢者の杖に連なる者…」
「なんでそれを…あなたはアルセルにいたんですか!?」
刀を右手に構え、いつでも斬り込めるように集中する。
「いろんなところにいますね。そういう魔法が得意でね」
「私達賢者の杖のー可愛い妹分にいじわるするなら帰ってもらいますよ」
箒に乗ったグーデルさんが杖を向けて相手に言い放つ。
「いじわるだなんてね。こっちも緊張してね、勘に触ったなら謝罪します。ごめんなさいねお嬢さん」
心の無い謝罪とこの状況に当惑して言葉が出ない。
「とりあえず枷を着けてもらってもいいですかー?規則なので」
「もちろんです。それくらいは当然の権利ですね」
「あとーここがどんな場所か知って来ているなら…」
鈍感な私にもわかるほどの殺気のようなものがグーデルさんから発せられ、ローブが光りの蛇のような触手で一瞬で雁字搦めになる。
「その子を解放しろ。話はそれからだ」
初めて聞くドスの効いた怖い声がグーデルさんの口から漏れる。
「これは…ぐっ!」
「いいから早く」
ローブがさらに強く締めつけられ、ギシギシと微かに音を漏らすとローブの足下に黒い靄が集まって吸い込まれていくようにして、真っ黒だった飛竜が緑色に戻っていき、黒い靄がすべて消えると飛竜が首をもたげてきょろきょろと辺りを見渡してそわそわし出す。
「もう大丈夫だよー巣にお帰りー」
「ゴォーワ!」
グーデルさんがいつもの優しい声で飛竜に語りかけると、背のローブを振り落としてどこかに飛び去っていく。
そのままローブは落とされるわけではなく、グーデルさんの魔法なのか途中で落ちずに止まっていた。
「はぁー仕方ないから聞くだけ聞いてあげようか。ナズナちゃんももちろん一緒だよ」
「わかりました」
「ごめんねペーチャ!ナズナちゃん借りるねー!」
湖から手を振ってくれるペーチャさんと別れて屋敷にある応接室で、縛られたままのローブの斜め向かいに座る。
剥がされたフードの中は褐色の肌に銀色の髪をした美女で、てっきり男性かと思っていたけど違ったみたいだ。
「お名前はー?」
「ズニカと言います。ズニカ·ペト、カイラルの魔法使いです」
声は低く、青年のようだけどきつく縛られ身体には女性的な身体付きが見てとれる。
「私は賢者の杖のグーデル·フォクシ」
「ナズナです。賢者の城でお世話になっています」
「それでー何が目的?」
私は怖くてグーデルさんの方が見れないけど、ズニカは涼しい顔で平然としている。
「竜の卵がありますよね?我々の研究の一部ですのでお返しいただきたく、こちらに参った次第です」
「何のことですかー?」
「なぜか魔法で付けておいたマーキングが消えてしまったので探すのに苦労しました。ありますよね?バールローザンの卵」
あの時の卵をなんで?
「ここがーどういう場所かご存知ですよね?あったとして渡すわけないじゃないですか」
「そうでしょうね。賢者の杖の皆様にはいろいろご迷惑をおかけしてしまいましたが、カイラルはただの研究組織なんです。バールローザンもちゃんと正規ルートで仕入れた物です。書類を出させてもらっても?」
「蛇が出してくれますよー」
ズニカを縛る蛇の頭の一つが腕に噛みつくと、テーブルの上に穴が空いてそこから書簡が落ちてくる。
「ナズナちゃん開けてくれる?」
「わかりました」
書簡を取って蓋を外して、中に入った丸められた羊皮紙を取り出して広げる。
暗号か何かになっているのか支離滅裂で内容がわからなくて、グーデルさんの方に向ける。
「確かに有名な商会から買ったみたいだけど、卵なんて買ってないし雌の成体が一頭ですけどー?」
「その子が生んだ卵ですからね。血の証明をしてもいいんですよ?」
研究していたようだし血が保存されていてもおかしくない。
「お嬢さんもよくご存知ですよね?」
ズニカが顔色一つ変えず気持ち悪いくらい涼しい顔のまま私に視線を移す。
全部承知の上ならこいつは何を言ってるのかさっぱりわからない。
ぜったいに渡さない。
「ナズナちゃんがー何を知ってるんですか?」
「それは魔物と生物を融合させる実験…口が勝手にっ!?」
「へーそんな非道な実験をしていたとはー正式に抗議文を送る必要がありますね」
「なんで…」
ズニカは表情を崩さぬままに脂汗を浮かべて口元を震わせる。
グーデルさんの魔法なんだろうか。
「あなた達のすべてを否定はしませんよー。怪我や病気に強くなれば助かる人達はたくさんいる。でもあなた達はこそこそ隠れて、到底人の世のためとは思えない実験の数々…なのでお帰りください」
「何をっ!?」
「賢者ガンドルヴァルガは既にいろいろ掴んでいますよー。怒りに触れぬようにお気をつけくださいね」
「そんっ…」
ズニカの姿が光って消え、慌てて席を立った私の頭をグーデルさんが優しく撫でる。
「遠くに送ったから大丈夫だよー」
「そうですか…」
椅子にもたれかかって、沈み込むと私は何もしていないのにどっと疲れが押し寄せる。
私が関わったこと以外にもカイラルは色々危険なことをしているんだろうか。




