のんびりした日々
暖かな熱を帯びた橙色の光が、藁で組まれた土台の上の卵を照らす。
卵は時折揺れ動き、その感覚を日に日に縮め、外の世界へと今か今かと力強く殻を叩く。
「リネ…手伝ったりしちゃいけないんだよね」
リネがわふっと吠えて、そうだと言う。
そんなことはしちゃいけないとわかりつつも、このまま殻を割れずに力尽きてしまわないかと不安にかられる。
「今日もー卵を見てたんだね」
「グーデルさん、予定より早いけど本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよー環境が整ったおかげで成長が早まったみたいだよ」
「それならいいのですが…」
「ひびが入っても出てくるまでには半日くらいかかるから、そんなにくっついてなくても大丈夫だよー」
「つい気になっちゃって…」
「わかるよーでもリネちゃんのことも愛でてあげないと」
グーデルさんがふわりと狼ほどの大きさのリネを浮かせてリネのお腹をなでなですると、リネはくぅーんと気持ち良さそうに喉を鳴らして大きく伸びる。
「そうですね。ごめんねリネ、いい子だからって寂しくないわけじゃないもんね」
グーデルさんと一緒にリネをわしゃわしゃしまくってあげていたら、流石に二人がかりはやり過ぎだったようで、しばらくするとリネが疲れてぐったりとしてそのまま眠ってしまう。
「調子に乗っちゃったー」
「そうですね…でも気持ち良さそう」
「このまま寝かせてあげよー。私達は餌やりにいこう」
「はい」
レイゼリアさん達と別れてアストルさんに一度城に連れ帰ってもらい、イー大陸西部の獣人の国パースの辺境のヘゼルさんとグーデルさんの家にリネと二人でお泊まりに来てから早三日、私は相変わらず赤ちゃん達に避けられているようで、グーデルさんの持つ餌の入ったバケツが空になってから渋々私の持つバケツの餌を食べるという感じだ。
いっさい近づいて来てくれなかった初回よりは進歩しているけど、ちょっと悲しい。
「うんうん。今日もみんなたくさん食べたねー」
「そういえばヘゼルさんは今日も?」
「海だよー。ナズナちゃんがお手伝いをしてくれるおかげだよ」
ヘゼルさんは仕事や生き物達のお世話の合間を縫ってペーチャさんの家族を探し回っているみたいだけど、まだあまり情報などもないらしい。
セイレーンは伝承や伝説が一部の地域に残るのみで、絶滅した、もしくは空想上の生き物として考えられていて、目撃情報もなく、捜索はかなり難航しているそうで、セイレーンに絞らずに様々な水生の魔族とも接触を続けているそうだ。
「さてとー夕方まで特に仕事はないから自由に遊んできていいよ。私は部屋にいるから何かあれば呼んでね」
「わかりました」
二人で小屋から出て、グーデルさんは屋敷に戻っていくけど、私はどうしようかな。
気持ち良くお昼寝してるリネを暇だからと起こすのも悪いし、ペーチャさんに会いに行ってみようかなと思いたって平原を歩いていくけど、子供の歩幅だと湖まで結構あるみたいで、全然湖が見えてこない。
こういう時に盾に乗ればと思って盾を出したら、何か足音が近づいて来て振り返ると、白いユニコーンが私の方へ歩いてくる。
「こんにちは。あなたは確か…アルク、だよね?」
ガガーブロロロロと返事をして私の胸に鼻先を押しつけてくるので、とりあえず頬を撫でてあげるとブロロロロロロと喉を鳴らして、エンジンという言葉浮かんで消える。
「どうかしたの?」
試しに聞いてみると、顔を上に、いや後ろだろうか、もしかして背中?
「もしかして乗せてくれるの?」
正解なのかガガーブロロロロと鳴いて膝を折って、私が乗りやすいように伏せてくれる。
「ありがとう」
横からよじ登って首元に股がって鬣を掴ませてもらう。
「痛くない?」
平気なのかアルクがゆっくりと歩き出す。
「湖までお願いしてもいい?」
ガガーブロロロロと鳴いて速度を上げて駆け出し、風を切って草原を突き進んでいく。
「早いねアルク!」
楽しくなってそう声をかけると、まだまだ本気じゃないとでも言うようにアルクがさらに速度を上げて私は振り落とされないように必死にしがみつくと、横から黒いユニコーンが迫ってくる。
「あなたは確か…ノーツ?」
ノーツがアルクを追い越すと、アルクがノーツを追い越し、激しい競争が突然始まり出す。
いつもこんな感じなんだろうか。
「ノーツ!湖まで競争だよ!アルク頑張って!」
終わりを伝えておかないとどこまでも二頭で走っていってしまいそうで、一応言っておく。
私という枷がありつつもアルクはノーツを追い越し追い越されながら湖が見えてくるけど、この速度でどうやって二頭は止まる気なんだろう。
速度を落とすどころかぐんぐんと湖が迫り、二頭はそのままほぼ同時に湖にそのまま突っ込んでいき、激しい水飛沫を上げながらようやく速度を落とすとぐるりと回って岸に上がって膝を折って伏せてくれ、背から降りるけど全身ずぶ濡れだ。
二頭は興奮した様子でブフォーブフォーと息を荒げながら私の肩をそれぞれ鼻先で軽く押してくるけど、正直水飛沫でどっちの勝ちなのか何も見えなかった。
「ごめんね…水飛沫でよく見えなかった」
二頭の頬を撫でながら正直に伝える。きっと嘘をついたらお利口な二頭にはきっとわかってしまう。
「でもほとんど同時に見えたよ。アルク頑張ってくれてありがとう。ノーツもすごい速さだった。二人ともかっこよかったよ」
二頭は勇ましく前足を上げて、ガガーブロロロロと鳴き、仲良く並んで水をたくさん飲んでからまた仲良く並んで平原に走り去っていく。
「ありがとー!」
走り去っていく背に向かって叫ぶと水の跳ねる音が聞こえて湖に振り返ると、ペーチャさんが綺麗に岸に着地して、手を翳して走り去っていく二頭を細目で睨む。
「すごい音が聞こえたと思ったらまたあいつらか…ナズナちゃんまでびしょびしょにして」
「ごめんなさい。湖まで運んでってお願いしたの私です…」
「そうなの?私に何かよう?」
「はい。自由時間になったので遊びに」
「ほんと?今日はでもリネ様がいないね」
「リネはお昼寝中です」
「そっかそっか。何して遊ぶ?」
「そうですね…」
「ナズナちゃんは湖に来れないしなぁ…」
ペーチャさんが腕を組んで空を見つめる。
「あっ…水中には長くいられないですけど、湖の上なら」
「湖の上?」
ペーチャさんが首を傾げるので私はブーツを脱いで岸に置いておき、足に魔力を溜めて足の裏から放出して湖面を歩いてみせると、ペーチャさんが口をぽかんと開いて固まる。
「こうやって歩いていって、疲れたらこれに乗れば」
そう言って盾を出す。
「ナズナちゃん…魔法使えたの!?」
あれ、湖面に立っているのは初めてだけど盾も見せるの初めてだっただろうか。
「いえ、魔法じゃないんです。精霊なのは知っていますよね?」
「そういえば精霊の子って呼ばれてたね」
「武器の精霊なのでこの盾が出せるんです」
「なるほどなるほど?」
「湖面に立っているのは、私の魔力が水に含まれている魔力と反発するからだと思います」
「なるほどなるほど?そっちは魔法が効かないって話ね?」
「はい」
そういえば雷に打たれて軽傷で済んだのはこれと同じ理由なんだろうか。
雷にも魔力は含まれている?
「よしじゃあ行けるところまで行ってみよう!もしもの時は私が背中に乗せて急いで岸まで戻るから」
「お願いします」
「それじゃあまずはどこに連れていこうかなー」
楽しげに湖面から頭を出して泳いでくれるペーチャさんのあとを歩いてついていく。
波はあるけど海よりも穏やかでずっと歩きやすい。
これならしばらくは歩いていけそうだ。




