天気はいとも簡単に
リネがサンダーバードを地面に置くと、レイゼリアさんが慌てた様子で駆けてきて、まさかまだ生きているのかと、刀を構えてサンダーバードを注視する。
「ナズナ無事!?」
レイゼリアさんの言葉に視線がサンダーバードから自分の身体に移ると、雷に打たれた影響か青いケープが煤けて部分的に黒ずんでいて、これのせいかと他人事のように感じる。
「雷に打たれまして…リネは大丈夫?雷に当たらずにすんだ?」
リネの背を撫でながら聞くと、くぅーんと鳴いて背にいる私の方に振り返る。
これはどっちなんだろう。リネなら雷くらいなんともない可能性もあるけど。
「雷っ!?すぐにお医者様に見てもらわないと!」
「いえ、意外となんともないので…それより今のうちに雲を散らさないと」
レイゼリアさんの表情が不安から怒りに変わって、拳を握り込む。
どうしてだろう。
「レーシャ、ナズナとリネ様を部屋に、そしてすぐにお医者様を」
「かしこまりました」
「えっあの…ちゃんと元気ですから、怒らなくても…」
「いいから!」
レイゼリアさんが私の脇に手を差し込んで持ち上げて、リネの背から下ろされたかと思いきやレーシャさんに渡されてそのまま抱っこされて連れて行かれてしまう。
「リネ様も行きますよ」
リネがおとなしくレーシャさんのあとについていく。
「レーシャさんわかりましたので下ろしてください」
「諦めてください。もう濡れているから関係ないですから」
「それもありますけど兵士のみなさんが!」
宿舎の前から四人の兵士さん達が歩いてくる。
もう手遅れかもしれないけど、早く降りたい…。
「おっと失礼しました」
レーシャさんが下ろしてくれて、大人しく宿舎の部屋に戻って身体を拭いて貸していただいた服に着替えて、リネの身体を拭いているとレーシャさんがお医者様を連れて戻ってくる。
「賢者の杖様こんにちは。覚えていないでしょうけど実はお会いするのは二回目です」
「二回目?」
眼鏡をした三十代くらいの茶髪の男性、全然記憶にない…。
「あなたのお腹に穴が開いた時に診察させていただきました」
「あの時ですか…」
レイゼリアさんを庇った時に会っていたらしい。
「従者から賢者の杖になられるとは立派なことですね。さて、上を脱いでください」
「はい…」
正確には賢者の杖ではないのだけれどと思いつつも着替えたばかりのぶかぶかのシャツのボタンを外して脱ぐ。
「ではベッドに横になってください」
「わかりました」
言われた通りに横になると、手を持ち上げられたり足を持ち上げられたり、髪を避けて胸やお腹をよく観察されて、ひっくり返って背中やお尻も観察される。
「失礼ですが本当に雷に打たれました?」
「多分?すごい衝撃で意識が少しの間飛んでいたので…」
「カルファスさんこちらを」
レーシャさんが私の煤けて黒ずんだ青いケープをカルファスさんに広げて見せると、カルファスさんは私と青いケープを交互に見る。
「精霊は頑丈なんですかね」
「どうなんでしょう…」
「とりあえず軽い火傷を少ししているだけのようですが、薬を塗っておきますね」
「ありがとうございます」
二の腕や胸や腰に薬を塗られて、股を開かれて太ももの内側と股間に特に入念に薬を塗りたくられるけど、鉄塊に触れていた部分だから他よりひどかったのかもしれない。
「はい。これでいいでしょう。もしも痒くなったり痛くなってきたりしたらお声掛けください」
「わかりました」
「それでは私はこれで」
「ありがとうございました」
カルファスさんが部屋を出ていき、とりあえずシャツを着直すとレーシャさんがボタンを留めてくれる。
「ありがとうございます」
「怪我が少しでよかったです。レイゼリア様ももう済んだみたいですよ」
レーシャさんが見つめる窓には雲一つ無い綺麗な青い空が広がっていて、さっきまでの暗く淀んだ天気がまるで嘘のようだ。
「これで冠水の心配はもうないですね」
「はい。お二人のおかげですよ」
「ほとんどリネのおかげです。あんなにすばしっこいとは…」
「そういえばサンダーバードはどうしますか?」
「食べれますか?」
「いや…聞いたことは…」
レーシャさんに露骨に引かれてしまったけど、嘴のことを思い出す。
「嘴を斬り落としたんですけどどこかに当たったりしませんでしたか?」
「いえそのような報告は。後で確認しましょう」
「はい」
「怪我はなかった?」
レイゼリアさんが肩で息をしながら扉を開ける。
「軽い火傷だそうです」
「精霊は頑丈なのかと驚いていました」
「そう…」
レイゼリアさんにも引かれている気がする。
「サンダーバードはどうする?」
レイゼリアさんにも同じことを聞かれる。
「私が決めていいんですか?」
「ええ」
「では仕留めたのはリネなので、リネのご飯に…」
「お昼ご飯の相談か?」
「っ!どこから!?」
突然私の隣に現れたアストルさんにレーシャさんがどこからか取り出したナイフを構える。
「俺は賢者の杖のアストル!お嬢さん、これを見てくれ!」
アストルさんが自分の三角帽子を指差すと、レーシャさんが慌てて胸にナイフをしまって頭を深々と下げる。
「失礼しました!」
「気にしてないから頭を上げてくれ。しかしもう片は付いたみたいだな」
「はい、なんとか。でも来てくださってありがとうございますアストルさん」
「とにかく元気そうで何よりだ!」
はっはっはっとアストルさんが笑いながらベッドに腰掛けて腕を組む。
「それでいつ城に送ればいい?」
「えーと…あっまずは倉庫にいる蜘蛛をお城に送っていただいてもいいですか?」
「蜘蛛?」
「それを捕獲するお仕事だったんです」
「レーシャ、アストルさんを案内してあげて」
「かしこまりました。アストル様どうぞこちらへ」
「わかった!」
レーシャさんとアストルさんが部屋を出ていき、レイゼリアさんが私の顔をぺたぺた触る。
「レイゼリアさん?」
「本当になんともないみたいね」
「はい。びっくりですね」
「他人事ね」
「意識が飛んだせいかあまり自覚が無いのかもしれません」
「はぁ…そういうことにしといてあげる」
今度はぎゅっと抱き締められて頭が混乱してくる。
「次はお兄様に会ってもらうから覚えておいてね」
「はい。また手紙いっぱい書きます」
私もぎゅっとレイゼリアさんを抱き締め返す。
「うん待ってる」
「…もしかして寂しいですか?」
「…うん。ナズナは?」
「私も…すぐに会える距離じゃないので」
「次は戦いが無いように頑張るから」
「はい…」
「戦いたかった?」
「いえ、そういうわけでは」
「なんか残念そうだった」
「うぇっ!?手合わせとか遊び感覚のは好きですけど、命の奪い合いは嫌いです」
「東にあるメトラって言う国で毎年闘技大会が行われているらしいわよ?」
「殺しは無しの健全なものなんですか?」
「そう聞いてる」
観に行くだけなら許されるだろうか。
「仲良しさんだな!まるで姉妹だ!」
心臓が止まるかと思ったのも束の間、驚き慌てたレイゼリアさんにベッドに放り投げられて大の字でベッドの上に落ちる。
「驚かせてすまない!そう睨まないでくれ!」
「心臓が止まるかと思いましたアストルさん…」
「普通に入ってきたんだが…なんかすまん!」
なんだか変な感じになった気がするけど、しんみりしたお別れをするよりずっといい気がして、私は一人でそっと笑った。




