ヒライシンは勇者が考えたのだろうか
一瞬、窓が青白い閃光に飲まれた後にダーンっと鳴り響く衝撃音が窓を震わす。
かなり近くに雷が落ちたみたいだ。
「リネ様耳は大丈夫でしたか?水晶玉の光が消えてしまいましたね」
リネ様の耳を優しく撫でながら水晶玉に手を添えて魔力を流してみるけど反応はなく、やはり賢者様じゃないと使えないみたいだ。
でも一応巻物を持ってきておいて正解だった。
「二人はまだ戻ってこないですね…。揉めてなければいいけど」
耳が痛かったのかナズナがいなくて寂しいのか、くぅーんと鳴いて私の手にぐりぐりと頭を押しつけてきて可愛い。
雷のせいで水晶玉を送り返せないので一旦そのままにしておいて、リネ様の全身を撫で回してあげると、リネ様は気持ちよさそうに身動ぎながら尻尾を左右に振り回す。
子犬姿じゃなくても可愛くてついつい撫で回してしまう。
「ただいま戻りました」
レーシャの声が聞こえてはっとなって手を止めて扉を見ると、なぜかレーシャがナズナを抱っこしながら部屋に入ってくる。
「ナズナどうかしたの?大丈夫?」
「私のせいでして…」
レーシャが髪を真っ白に顔を真っ赤にしたナズナを椅子に下ろして手に持っていて包みを渡しつつ、何があったのか教えてくれる。
「雷が二人の上に…さっきのすごい音はそれだったのね。それで心を落ち着かせたくてナズナを抱っこしてたらお医者様方に見られてしまったと…」
「はい…」
「それで髪を真っ白にして変装しようとしたの?」
子供らしく膨れっ面のナズナの頭を撫でてあげようと手を伸ばそうとしてすぐにやめる。
子供扱いだと今は思われるだろう。
「はい…咄嗟に」
「さっき賢者様から連絡がきたの」
「大師匠から?」
「サンダーバードは好戦的で逃げるようなことはないだろうから、覚悟を持って挑むようにって」
「そうですか…。リネが威嚇すれば逃げてくれたりしないかと思っていたんですが…わかりました」
「あとアストルという方に仕事が終わり次第ナズナの元に向かうように伝えてあるって。賢者の杖の人?」
「はい。男性の方でなんというか…元気?熱血?な感じの人です」
「そう」
暑苦しい人なのだろうか。
あと髪が白いままなのを教えてあげた方がいいだろうか。
「そうだレイゼリアさん」
「どうしたの?」
ナズナが何かを思い出したのか俯いていた顔を上げて私を見る。
「木を金属に変えることとか、木よりも高く金属の柱を出すこととかって出来ますか?」
「出来るけど…どうして?」
「サンダーバードが私とリネに向かって雷を落とせるのかどうかわからなくて。もしそうだとしても、戦闘で雷が激しくなった時にすべて盾で受けきれるかどうかもわからないので、村やこの宿舎に雷が落ちないように避雷針を建てて起きたくて」
「そのヒライシンというのはどういう原理なのかしら」
「原理とかそこまでの記憶は…でも雷は高い建物で鉄のようなものと濡れているものに落ちやすいんです」
「高い建物…」
「灯台に雷が落ちたとか聞いたことがあります」
「そう言われると確かに大きな建物の方が被害の報告が多いわね…わかった。ナズナが集中して戦えるようにそれを作りましょう」
「ありがとうございます」
「じゃあ早速森に行きましょうか」
「では私はその間に昼食のご用意を」
「レイゼリアさんは髪は平気ですか?」
「外なら外套を着込んでいても変に思われないから」
「そうですか。リネも一緒に来てくれる?空からの方が高い木がわかりやすいと思うから」
ナズナが手袋をしながらそう言うとベッドから降りてわふっと吠える。
「じゃあ出発ね。ナズナもう髪は大丈夫じゃない?」
「あっ…そうですね」
私はクローゼットから緑色の外套を取って羽織ってフードを深く被り、レーシャに戸締まりを任せて黒髪に戻ったナズナとリネ様と外に出る。
外ではようやく作業を終えたのか兵士達が倉庫からぞろぞろと出てきて、私達に気づいた誰かが駆け寄ってくるけど、外套のフードと薄暗い天気で誰かよくわからない。
「どこかに行かれるんですか?」
「フリル、ちょっと森に用事があってね。サンダーバードと戦うための準備をしてくる」
「戦う!?失礼しました…ベレル!トーラス!」
フリルが振り返って名前を叫ぶと、護衛として一緒に来た二人の兵士が走ってくる。
「お供してもよろしいでしょうか」
「力仕事の後でしょうし休んでいて欲しいけどお父様に怒られてもかわいそうだし…許可しましょう」
「ありがとうございます」
「お二人もよろしくお願いいたします」
「はい」
そして森に向かい、ナズナがリネ様と空中から高い木を探して、二人の案内で森一番の木に辿り着く。
「いくつか焦げた木が道中あったわね」
「そうですね。村からも少し離れているのでどこまで効果があるかわかりませんが、何も無いよりはきっと…」
「とりあえずこの木を金属にすればいいのね?」
「はい」
木の幹に手を置いて、集中して木を鉄に変えていく。
地中に伸びる根の先、枝の一つ一つ、小さな葉の一枚まで、余すことなくすべてを鉄に変化させてそっと手を離す。
「終わったわ。これだけでいいの?」
「はい。あとは木に雷が落ちやすくなっていれば…」
「そうね…二人とも、村に行ってホークさんに様子を聞いて来てくれる?冠水までどれだけ時間がありそうか」
「お三方は?」
「首尾よく雷が落ちても壊れたりしないか確かめないと」
「何かあれば私とリネがレイゼリアさんを守ります」
「わかりました」
「どうかお気をつけください」
「ええ、二人もね」
二人が木々の合間に消えたところで、私達もヒライシンにした木から離れる。
近くにいると危ないそうだ。
「二人とも寒くない?」
「少しだけ…リネは平気そうだね」
私は周りを見て空間のある場所に石で出来た天幕を作り、入口からヒライシンが見えるようにする
「さあ二人とも中に」
「ありがとうございます」
自分の身体の水分を集めて乾かし、集めた水分は天幕の外に飛ばして捨てて、石の椅子とテーブルを作り出す。
「おいでナズナ、リネ様も」
もじもじと近づくナズナの周囲を熱風で包み、リネ様も同じように包んで、リネ様の毛がふさふさとそよぐようになったところで熱風を消す。
「どう?乾いた?」
「はい、すっかり…ありがとうございます」
「さあ座って待ちましょう」
私が椅子に座ってみせるとナズナも椅子に座ってくれ、遠くでゴロゴロと空が鳴くのが聞こえる。
「うまく行くといいんですけど…」
不安そうな顔で外を見つめながらナズナが呟く。
「ナズナの盾に落ちたんだもの、きっと効果はあるはずよ?」
「そうですね」
「どう転ぶにしても戦うのは明日。いい?」
「今日中の方がいいんじゃないですか?」
「雲は私が散らすから大丈夫よ。焦りは禁物よ。時間が無い時ほど冷静になりなさい…って師匠が言ってた」
「師匠が…確かに言いそうですね」
ナズナがなんだか嬉しそうに笑ってくれる。
「師匠は今どこにいるか知ってる?」
「詳しい場所は知りませんが、最近は砂漠に何度も行ってるみたいです。植物の魔物の調査だって」
「砂漠かぁ…流石に行ったことないなぁ。ナズナとリネ様は?」
「いいえ私もないです」
伏せていたリネ様も首を横に振る。
「日中は焼けるほど暑くて、夜は凍えるほど寒いとか大変そうね」
「かなりきつそうですけど、師匠は私のために本に字を書き込んでくれたり、すごいです」
「確かに私も手書きでヨウル大陸文字の読み仮名を振ってくれた本を貰ったことが…」
ぴかっと閃光がヒライシンに走り、ダーンっと轟音が鳴ってゴロゴロと空が鳴る。
ヒライシンは裂けたり砕けたりすることなく、雨に濡れていた。
ナズナの実験は無事に成功したみたいだ。




